2009年09月29日
Great Apes skull 12
ようやく完成。今日も授業がなったので、ぎりぎりまで手をいれていた。あるコンペにエントリーの予定。

1455 x 894 mm。キャンバスにアクリル。
Great Apes skull 11
帰国した午後には大学へ行って、制作の続き。ほぼ完成したと思っていたが、手を入れ始めるといろいろと気になるところが出てくる。

チンパンジーのスカルとヒトのスカルを中心に手を入れた。

オランウータンも少し加筆。歯に至っては、ほぼ全てに手を入れた。


そろそろ完成。
2009年09月21日
Great Apes skull 10
今日、ほぼ完成させることができた。

これはまだ途中。完成した状態よりも面白いと言われると立つ瀬がないが、背景の下地処理をしているところである。

キャンバスの側面を黒くするため、寝かせて作業する。

ほぼ完成。

しばし留守にする仕事場。帰国後、最後の仕上げをする予定だ。
2009年09月20日
Great Apes skull 9
制作もいよいよ大詰め。今日はずっとヒトの頭骨にかかりきりだった。

完成が見えてきた。いよいよ大詰め。

ヒトは本物を見て描いているので仕事が早い。
2009年09月19日
Great Apes skull 8
いよいよイギリス行きが迫ってきたので、ペースアップしなくてはいけない。

今日は研究室には立ち寄らず人体表現研究室に直行して、こもって制作を続けた。授業もなく、ほとんど学生もいないので集中できる。

チンパンジーまで出来てきた。ゴリラ、オランウータンともに、細部の修正はまだ必要だ。

明日はようやくヒトの頭骨。月曜日に完成予定。
Great Apes skull 7
昨日は朝から昼過ぎまで打ち合せだったため、夕方から大学に戻って制作の続き。

これは一昨日の状態。白く残っていた部分に、カラージェッソのイエローオーカとテクスチャーを混ぜたものを塗り付けたもの。絵の具がたれないように寝かせて作業している。

オランウータンもほぼ完成している。

そしてこれが昨日。背景と同時にチンパンジーを描き始めた。

頭骨が並ぶと完成が朧げに見えてくる。

チンパンジー、今日には完成させてしまいたい。
2009年09月15日
Great Apes skull 6
ちょっと風邪気味だったので、朝から近くの病院へ。空いていていよかった。来週、SVPのANNUAL MEETINGに参加するためイギリスへ行くので、多めの薬をもらってきた(買ってきたとは言わないのだよね)。待ち時間もなく早く済んだので、今度は美容院へ。前髪が邪魔になってくると仕事中に気になってしょうがない。さわさわと頬にあたるもみあげの髪も気になっていたので、少し切ってもらった。カット前とカット後でシャンプーとマッサージがある丁寧な仕事ぶり。料金もリーズナブルだった。
午後に大学へ行って制作の続き。

オランウータンをだいぶ進めた。

どこまで描き込むかバランスが大切。

全体はまだこんな感じである。
Great Apes skull 5
昨日は出張の後、関西事務所に寄ってから大学へ。出張先が近いとこういったことができるのでよい。
授業も会議もないので、人体表現研究室で制作を再開する。


おおよそ出来上がったゴリラ。

ようやく始めたオランウータン。ゴリラに比べると面積が小さいので、もっと早く制作できるはず。ペースアップして行こう。
2009年09月13日
Great Apes skull 4
土曜、日曜と大学で制作をしていたのだけど、昨日は家に帰ってから疲れからか倒れ込むように寝てしまった。夜中少し起きだしたりもしたが、身体も思考も重くてしかたがなかった。

土曜日はここまで。細部を描き込んでいるので、劇的に進むということはない。

そして、これが今日の状態。ようやく下顎にも手を入れ始めた。

昨日から中心に手を入れているのが矢状稜の部分。特にゴリラのオスに特徴的な、強大な側頭筋が付着するためのスペースである。

眼窩は昨日ほぼ完成させることが出来た。

歯の噛み合わせも重要なポイント、描きどころである。
今日、実家から届いた、初体験の青い無花果。

熟していないのかと思ったら、これで充分熟していて食べてみたら非常に甘かった。
ちょっと小振りだが美味い。お尻のほうから三つぐらいに裂いて、歯でこそげとるように食べるのだけど、その時うっかり舌を外皮にあててしまうと、舌が荒れてしまう。子供のときは幾度となくつらい目にあったのを思い出す。でも、無花果大好きです。
2009年09月11日
Great Apes skull 3
今日は朝から教授会、夕方も会議がひとつ、そんな合間に制作。

ゴリラを進めて行く。まず最初に紙ヤスリで凸凹を少しスムーズにして、絵の具を乗りやすくしてから描き始めた。

明日にはゴリラを完成させてしまいたいが、どこまでいけるか。
2009年09月10日
Great Apes skull 2
今日もひとり、人体表現研究室にこもって制作。

細部を描き込みを始める。

ちょっとテクスチャーが極端なので、明日は少し削りながら進めて行く予定。少しざらっとしているけどスムーズな骨の質感を表現したい。
Great Apes skull 1
久しぶりに大きめの作品の制作を始めた。ずっと前からキャンバスを用意してあったのだけど、全く手を付けられずなかば放置してしまっていた。作りたい作品がたまっているのだが、なかなか消化出来ない。
今回もskullシリーズのひとつ。Great ape =大型類人猿の頭骨を縦に並べた構図。

前日に構図を決定してテクスチャーをつけておいたので、今日はまず顔料を使って色をつけていった。偶発的な絵の具の流れに任せて進めて行く。キャンバスにアクリル。145.5 x 89.4 cm。

色をのせ続けると形が分からなくなるので、途中で改めてデッサンを取り直したところ。ざっくり大雑把に描いている。

さらにテクスチャーをつけて、少し丁寧に形をとっていく。

ゴリラの部分。

モチーフたち。さすがに類人猿はレプリカ。

まだ授業が始まっていないので、人体表現研究室を独占して制作している。広くて気持ちよい。もう少し天井が高く、照明が良ければ申し分ないのだけど。
2009年08月06日
カレンダー原画
昨日は締め切りがギリギリだった、半年毎に描いているカレンダー原画の制作に追われていた。もうまったくの猶予がなく、6日着で直接印刷所に送らなければならない状況だった。そのためいまだに展覧会の片付けに、まったく手を付けられていない。

原画は無事完成。間に合った。画像はその部分です。
2009年05月26日
祖母の肖像 1
これまでも何度か描いている祖母の肖像を描く。このエスキースをもとに、油彩と銅版画に仕上げる予定である。

アルシュに鉛筆。380 x 500 mm。すでに亡くなっている祖母なので、写真と記憶をもとに描いている。

ディテール。
元になっている写真は、ヤシカの二眼レフを使って僕が撮影したもので、サイズは6x6。このカメラは、僕が生まれたときにはすでに亡くなっていた祖父のもので、僕に流れる血を再認識するように制作していくことになると思う。
2009年04月11日
Goshawk skull 六甲昆虫館スペシャル
スケジュールの隙間をこじ開けるように制作した。モチーフはオオタカの頭骨。

アルシュにチャコールペンシル、顔料。描画サイズは60 x 98mm。

嘴はアクリル。どんどん進めてしまう。ほぼ全ての行程は2時間ほど。

久しぶりのチャコールペンシルと六甲昆虫館スペシャルボックスは、とても楽しかった。
明日(土曜日)早速、六甲昆虫館へ行ってきます。
明日から始まる友人たちの展示を見に行くためでもある。
徳川広和、守亜和由紀作品展「絶滅魚とその周辺」

4月11日(土)〜19日(日)
11:00〜20:00(火曜休館)
六甲昆虫館
〒650-0003 兵庫県神戸市中央区山本通2丁目13-13 クラフトハウス1F
TEL 078-222-2529
お近くの方は是非。僕の六甲昆虫館スペシャルもあります。
2009年02月19日
アケボノゾウ復元画プロジェクト 4
ラフスケッチを制作。

氾濫原を悠然と歩くオスの群れ。背景にはメタセコイアを中心とした林が見える。
構図は過去に描いた『追跡1』を下敷きにしている。
最終的にはP120号のキャンバスにアクリル絵の具で描く予定だ。
まったくの余談だが、テレビに出てくるアラジンのストーブは、なぜにあんなに赤い炎を燃やしているのか。芯が出過ぎだ。点火するときも出過ぎているので、もうもうと煤が出てしまっている。適度な芯の出し方をすれば、美しいブルーの炎になるのに。誰も指摘しないのか、とても不思議である。
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アカデミアプラトニカ
2009年02月02日
Self Wing 09-01 4
ようやく完成。出かける用事や大学の業務などが多く、一気に仕上げる事はできなかったが、なんとか間に合った。

アルシュにチャコールペンシル、顔料。サイズは97 x 66 cm(ちょっとうろ覚え)。この作品は次に繋がるたくさんのアイデアを教えてくれた。少し自由になれた気がする。

脊椎の形はひとつひとつ違っている。下に行くほど大きな体重を支えるので、大きく太くなっていく。肩甲骨はもっとも美しい骨のひとつかもしれない。肋骨の微妙なカーブも描きどころである。

当初の予定よりも黒い面積が増えた。

骨格がより見えるように、羽の数は少なく描いた。
今晩、関東本部へ移動である。
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アカデミアプラトニカ
2009年01月29日
Self Wing 09-01 3
木曜日。午前中は、すっかり納期を忘れていた一枚を慌てて仕上げる。

もう少し味のある建物だと描きやすいのだけど、こういった無味乾燥な建築物はパース絵のようになってしまって、あまり好きではない。ガラスに映り込むイメージを描き加えるなどして、なんとか絵にしてみた。

昨日の続き。羽を中心に描き進めた。


30日から1日まで沖縄なので、仕事出来るのはほぼ1日だけ。決着つけなくては。
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アカデミアプラトニカ
2009年01月28日
Self Wing 09-01 2
夜遅くに関西事務所に戻って、今日は午後一から研究室で制作。

どこで筆を置くかが難しい。

当初から全て描き込む予定ではなかったので完成は近いのだけど、後は時間との勝負である。
こんな感じの銅版画を作っても面白そうだ。次への展開を考えさせてくれる一枚となりそうだ。
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アカデミアプラトニカ
2009年01月20日
Gorilla skull 3
Gorilla skull 予告通り完成。

56 x 38 cm。アルシュにチャコールペンシル、顔料、アクリル。毎回、背景の処理に悩む。

頭骨部分。

人間にはない矢状稜と後頭稜を描くのは非常に面白かった。


いつも通り、歯はアクリル絵の具で描いている。
2009年01月19日
Gorilla skull 2
日曜日の午前中、少しだけ作業した。

月曜日には完成させたい。
Self Wing 09-01 1
Gorilla skullと並行して制作しているもの。Gorilla skullよりも早く始めていたのだけど、途中、霊長類の頭骨に心奪われてしまい、後回しになってしまった。

人間の全身骨格を後ろから描いている。

しかし、実際の人体には見慣れないものが。鳥の肩甲骨と上腕骨である。肘から先も描いて、風切羽根まで描く予定。画面のサイズは98 x 66 cmと少し大きめである。
2009年01月18日
Gorilla skull 1
今日は全く別の作品を作っていたのだが、思いがけず昨年発注していた霊長類の頭骨が届いていて、ついついそちらに心を奪われてしまった。

左からチンパンジー、ゴリラ、オランウータン。いずれも雄の頭骨。

現在、机の上はこんな感じ。バラもモチーフ用に買ってきたもの。

いつも通り顔料を画面の上にまいて、水で一時的に定着させて描き始める。右の画面は少し描き進めたところ。

正面向きのゴリラの頭骨。頭頂にそびえる矢状稜が特徴的だ。後頭稜もよく発達している。脳函の外側をすっぽりと側頭筋が覆う事になる。

現在、こんな感じ。ここまで2時間30分ほどの制作時間である。

レプリカなので、質感は本物の骨には及ばないが、その形態はものすごく面白く、描いていてとても楽しい。おそらく、後数時間もあれば完成できるだろう。月曜日が勝負。
2009年01月13日
Goat skull 06
山羊の頭骨、ようやく完成。本当は背景は黒くしたくなかったのだけど、僕のデッサンミスなのでし方がない。

アルシュ紙にチャコールペンシル、顔料、アクリル。76 x 56 cm。

最初にこの角が描けていれば、問題なかったのに。

いつも通り、歯はアクリル絵の具で描いている。
背景は少し残念だが、これで完成。
Goat skull 05
今日、完成!のはすだったのだけど・・・。


これで筆を置くつもりだったのだけど・・・、どうしても角が気に入らず描き直し。
頭骨の角度と角の角度が決定的におかしくて、どうしても無視出来なかったのである。

ということで、まだ途中。結局、背景は黒く塗りつぶす事になってしまった。

角の修正。かなり手を加えている。明日には確実に完成です。
2009年01月12日
Goat skull 04
日曜日は大学の研究室で制作。

歯と角以外は、おおよそ出来上がってきた。脳函の部分が角を支えるスペースのため、吻部の角度に対してオフセットしている。

背景をどこまで黒くするかが難しい。

角は大胆に勢い良く表現したい。
明日(月曜日)には完成の予定。
2009年01月10日
Goat skull 03
昨日から、新しい山羊の頭骨をスタート。

モチーフをセッティングした状態。ホームズとモリアーティ教授の視線が気になってしょうがない。いつも鋭い眼光で見つめられているようだ。

水張りしたアルシュの上に、イエローオーカ、ローシェンナ、マルスバイオレットを撒く。

その後、水を垂らして一時的に顔料を定着させたものがこれ。顔料は乾燥してかろうじて画面にとどまっている状態なので、振動を与えるとすぐに落ちてしまう。練り消しである程度まで消すこともできる。

鼻先から始めて、ここまで描いた。

ディテール。

現在、研究室はこんな感じ。年末年始も少し手を動かしてはいたのだけど、さすがに少しなまっていた。イーゼルでたてて絵を描くスタイルだと、すぐにだるさを感じてしまった。1日で以前の状態に戻ったが、続けていないとすぐに駄目になってしまう。
2009年01月09日
Goat skull 02
年をまたいでの制作。
昨日、完成していたのだけど、アップが遅くなってしまった。

アルシュ紙にチャコールペンシル、顔料、アクリル。76 x 56 cm。

比較的、あっさりとした描写。

角の描写は正確さよりも、勢いを優先した。実際のプロポーションよりも大きくなっている。
個展まで残された時間は少ない。効率よく制作していかなくては。
2008年12月25日
Goat skull 01
今週の月曜日から始めた山羊の頭骨。

角が重く不安定なので、DVDボックスを使ってセッティングしている。

月曜日に2時間ほど制作したところ。腰痛が発症して、あまり集中して描く事ができなかった。

今日、さらに2時間ほど描いた。

角が描きどころ。実際よりも少し大きめに描いている。

逆に、少しあっさりとした描写の頭骨。
今回、背景は黒くせず、紙の白さと顔料の痕跡を活かす事にした。慎重に進めなくては。年内には完成させたい。
2008年12月18日
Wild boar skull 06
ようやく、イノシシのskullが完成。

アルシュ紙にチャコールペンシル、顔料、アクリル。38 x 56 cm。

標本が乾燥しすぎていたのか、少し若い個体なのか、縫合がまだしっかりしていなかった。

ほ乳類の頭骨の描きどころの一つである、眼窩と脳函の部分。

特徴ある犬歯も、魅力ある部位のひとつだ。
2008年12月17日
Wild boar skull 05
ようやく完成が見えてきた。並行して進めていた仕事が多かったため、時間がかかってしまった。

今回も歯をアクリルで描写。

毎回、書いているかもしれないが、それほど細密な描写ではない。
背景を黒くして、明日には完成の予定である。
2008年12月13日
Wild boar skull 04
金曜日は午後から2つ会議があり、なかなかまとまった制作時間がとれなかった。

歯以外の部分は、おおよそ出来上がってきた。

今回、ほぼ原寸大で描いているが、もう少し大きめに描いた方が描き込めたかもしれない。
コメント欄にも少し書いたが、版画工房で作業していたり、研究室で制作していても、あまり学生が見に来る事が無い。特に版画工房では同じ空間で作っているのに、手元を覗き込む学生がとても少ない。
様子を見ていると、クラスメートが作っているものにも、あまり関心を示していないようにも見える。どうしてだろうか。表現者というのは、人が作っているものや、人間に興味があってどうしようもない部分があると、僕は思っている。僕自身はそうだ。
銅版画の巨匠たち、アルブレヒト・デューラー、レンブラント・ファン.ライン、フランシスコ・デ・ルイ・ゴヤ。これらの作品を画集でも全く見たことなく制作している学生がほとんどだ。それはまずいだろう。
先人たちが積み上げてきた資産を活用しなくてどうするというのだろう。彼らの作品には、多くのヒントが詰まっている。どれだけ見ても見飽きる事無く、常に新しい発見にあふれている。
学生たちには、漫画やアニメだけでなく、たくさんの芸術作品に触れてほしいと切に願っている。新しい漫画やアニメを作るためには、それ以外の知識や経験のほうがずっと大切なのだから。はやく分かってほしいなあ。
2008年12月11日
Wild boar skull 03
今日は午前中に授業。昼休みに研究室で打ち合わせをして、クライアントとランチ。そして、午後から再び授業。そんなわけで、なかなか制作時間を確保出来ていない。

放課後、少し進めることが出来た。

イノシシの頭骨の形態は、微妙に移り変わる立体が連続していて、かなり捉えるのに根気がいる。

明日には完成出来るか。かなり厳しいかな。でも、歯を除いた部分までは描き上げたい。
2008年12月09日
Wild boar skull 02
ここのところ、銅版画の制作が中心になっているが、地道にこちらのシリーズも制作している。

これは昨日の状態。

そして、これが今日。

少しずつではあるが、進んでいる。明日には完成させたいところだ。
2008年11月28日
Wild boar skull 01
次のモチーフはイノシシである。牙の小ささから見て、メスだろうか。

台にしている、シャーロック・ホームズも大切なDVDコレクションのひとつ。ジェレミー・ブレット最高です。

現在の状態。下地に顔料をのせて、アウトラインをトレースしたところまで。銅版画と同時進行で、時間を見つけて制作していかなくては。
2008年11月25日
Mare skull 07
馬の頭骨、ようやく完成。

アルシュ紙にチャコールペンシル、顔料、アクリル。56 x 76 cm。

今日、完成させた臼歯。

これも、今日描いた門歯。

下あごにも、少し手を加えた。

実際の標本は折れてしまっていた鼻骨は、”復元”して描写した。

苦労した脳頭蓋も上手くいったと思う。
今回は写真を利用して、アウトラインをトレースして制作した。かなり制作時間を短縮する事ができたのだけど、トレースした形が正確なのものとはいえない。カメラは単眼のレンズで世界を見ている。一方、人間は二つの眼で世界をとらえている。絵を描く上で、この両者には大きな違いが出る。人間のほうがある意味いい加減ではあるのだけど、リアリティある空間を描く事ができるのは、人間の眼の方だ。写真はその対象物が平面、立体に関わらず、光の増減を写しとる装置である。そのものの構造を捉えられるわけではない。
人間の視線は常に一定していないが(絵を描く時は、かなり気をつけて一定に保つ努力もするが)、そのことはメリットでもある。ずれることでより多くの情報を捉えることができ、立体感や構造の的確な理解につながる。より効果的になるよう、光の増減も自在にできる。それらは写真に比較したとき、大きなメリットになる。
今、僕が描いているものを、「写真のようだ」と思われる方がいるかもしれないが、写真では写す事の出来ない世界を描いているのだ。そこにも魅力を感じてもらえればと思う。
2008年11月24日
Mare skull 06
今日は完成させることが出来なかった。歯の描写が残ってしまっている。

背景は黒くして正解だったと思う。

まだ途中。向かって左から数えて4本目までは完成している。

前歯は一層絵の具をのせただけで、ほとんど手を加えていない。
明日は確実に完成させます。
2008年11月23日
Mare skull 05
タイヤ交換を終えてから、研究室で昨日の制作の続き。

おおよそ全体に手を入れた。

下あごを中心に進めた。単純な板状のように見えるが、なだらかではあるが複雑な曲面で構成されている。微妙な違いを描き分けなくてはいけない。非常に難しい。

背景は黒くすることにした。ただ黒くすると言っても、そのストロークやタッチの方向に気を使わなくてはいけない。最終的に見えなくなってしまうのだけど、リズミカルに塗りつぶしていくことで、より充実した空間になる(気がする)。今日の制作は4時間ほど。明日には完成させてしまいたい。歯はいつも通り、アクリルで描く予定である。
2008年11月22日
Mare skull 04
前回のアップから1時間ほど描き進めたもの。


下あごを描き始めた。

脳頭蓋の丸みを強調してみたのだけど、まだ少し不足しているか。
背景、悩むなあ。
空腹に耐えかねて、午後7時30分には研究室を後にした。土曜日は売店も食堂も午後3時で閉まってしまうため、食料の確保が出来ないのだ。
Mare skull 03
今日も大学の研究室に来て、制作を続けている。ここ数日でずいぶんと寒くなったのだが、研究室もそれほど暖かいとはいえない。もちろん空調で暖房は入るのだけど、一括管理のため柔軟に設定温度を変えることができない。暑いと感じても、寒くてどうしようもなくても、設定温度は20度のままだ。また、片側が前面ガラスのため、決して断熱が良いとはいえない。足下の冷えに耐えながらの制作である。

今日はここまで4時間ほど制作した。まだ続きをやる。

脳頭蓋のふくらみがまだ足らない。非常に難しい部分である。
背景をどうするか、黒く塗りつぶすか、ある程度タッチと白さを残すか、悩みどころである。
2008年11月21日
Mare skull 02
馬の頭骨の続き。

サイズは56 x 76cm。

まだ上顎の途中までしか描いていない。描いてある部分もさらに手を入れる予定。今日の制作時間は4時間ぐらい。
立体の把握はいい感じで出来ている。

描き始めた部分もさらに手を入れている。
Mare skull 01
先日、入手した馬の頭骨の制作を始めた。犬歯がないことから、牝馬=mareだということが分かる。

横から見ると、直角三角形の中にすっぽり収まるようなフォルムだ。

最初に顔料を水で一時的に定着させる。最後に定着液で固定するまでは、非常に不安定な状態である。アウトラインは写真を拡大コピーしたものを利用してトレースしている。これで大幅に制作工程を短縮することができる。

チャコールペンシルで鼻先から描いていく。僕は右利きなので画面の左側から始めると、描いた部分を汚さなくてすむ。なので、自然と左端から始めることになる。ここまでで約15分ほど。

1時間ぐらい描いた状態。

ディテール。骨の白さを意識しながら慎重に進めていく。
どれぐらいで完成できるか。週末には完成させてしまいたい。当分、休日はとれそうにない。
Coyote skull 02
コヨーテの頭骨、夕方までに完成。

アルシュ紙にチャコールペンシル、顔料、アクリル。28 x 38cm。

歯は今回もアクリルで描写している。制作時間は約5時間ほど。
いいペースで作れている。
2008年11月20日
Coyote skull 01
最近、入手したばかりのコヨーテの頭骨を、昨日から描き始めた。

ここまでで約3時間ぐらい。

チャコールペンシルでの制作なので、それほど描写が細密だというわけではない。
今日は歯をアクリルで描き込んで完成の予定である。
2008年11月19日
Beaver skull 02
昨日、完成していた「Beaver skull」を急遽、加筆修正した。
このビーバーの頭骨の切歯は固定されておらず、歯槽の中をスライドして伸び縮みするような状態だった。そのため、どの位置が標準なのか分からず一番奥まった位置で描いてしまっていた。しかし、これではまったく歯が噛み合わず、使うことができず意味をなさない。もっと早く気がつくべきだった。

修正して完成した画像。

標本屋のカタログを見ていて気がつくとは、間抜けな話である。
もうひとつ、完成画像を載せていなかった作品。「Alligator snapping turtle skull」。ほとんど完成していたのだけど、少し加筆したものがこれである。

前回の画像に比べて、嘴の描き込みが進んでいる。

嘴のディテール。
2008年11月13日
Beaver skull 01
昨日、一昨日の授業時間を利用して、学生と同じ部屋で制作。モチーフはビーバーの頭骨。

これが昨日までの状態。ビーバーの頭骨は特異な形をしていて、その独特のフォルムをつかむまでにすごく時間がかかった。

まだ完全に捉えきれていない。

今日、完成。アルシュ紙にチャコールペンシル、アクリル、顔料。
ビーバーの頭骨には苦しんだ。こんなに難しいとは思わなかった。

歯のディテール。アクリル絵の具で描写。いいペースで制作できている。

今の研究室の様子。作業机の上は、画材より骨が目立つ。
2008年11月11日
Alligator snapping turtle skull 02
昨日の続き。今日の午後もずっと銅版画の制作をしていたので、描き始めたのは夕方遅くからだった。

1時間ほど描き進めた状態。

さらに30分ほど、嘴を描いたもの。嘴だけアクリルで描き込んでいる。画面から浮き上がってしまうような効果を狙っている。

嘴のディテール。明日、もう少し描き込んで完成の予定。
拍子抜けするほどに、スムーズな制作だった。
Alligator snapping turtle skull 01
午後の銅版画の授業にまじって制作した後、学食で軽く夕飯を済ませてから、新しい作品の制作を始めた。
モチーフはワニガメの頭骨。

目線の高さに合わせるために、BONESのDVDボックスを積み上げた。ちょうど良い高さである。

アルシュ紙にチャコールペンシル、顔料。28 x 38cm。

最初、画面にイエローオーカとローシェンナの顔料を画面にふりかけ、その上から水をかけて一時的に定着させている。

顔料は完全に定着しているわけではないので、触るとぼろぼろと落ちてしまう。テクスチャーを壊さないように注意しながら、慎重にチャコールペンシルで描写していく。
ここまでで1時間ぐらい。明日には完成させてしまう予定だ。
2008年11月07日
The unknown skull 08-03
今日は朝から会議。30分ほどで終わったので、久しぶりに同僚の先生とおしゃべり。そして、午後から制作を開始した。前日までに顔料をのせて、簡単にあたりをつけてあったのだけど、ほぼまっさらの状態からのスタート。

すっかり途中の段階を撮影し忘れていて、いきなり完成画像。アルシュ紙にチャコールペンシル、顔料、アクリル。制作時間は約6時間ほどだった。

顎は骨の状態で限界まで開いている。
このペースで、どんどん作っていこう。
The unknown skull 08-02 3
中国出張前に完成していたのだけど、アップが遅くなってしまった。

歯だけアクリル絵の具で描写。

歯のディテール。
サインも入って、これで完成。
2008年11月01日
The unknown skull 08-02 2
昨日は骨格模型の指示書の作成の前に、この作品の続きを描いた。

背景は黒く塗りつぶすことをせず、このままの状態で完成させる予定である。

歯の部分をアクリル絵の具で描き込んで、サインをいれれば完成。
このタイプの作品であれば、フルタイムで制作すると、一日一枚仕上げることが可能であることが分かった。
様々なバリエーションを試しながら、制作していこう。
2008年10月30日
The unknown skull 08-02
後期の授業も中盤にさしかかっている。前期と同じく、頭骨のデッサンが始まった。午後の授業はしばらくクロッキーはお休み。
僕も前回と同様、授業中に頭骨をモチーフにして作品を作ることにした。

アルシュ紙にチャコールペンシルと顔料で制作している。始めて2時間ほどの段階。

描き込む部分と描き込まない部分のコントラストを大きくつけるつもりである。バランスが難しい。顔料の色はローシェンナとイエローオーカー。
最近、色彩を使うことが楽しくなってきた。もともと苦手だったので、楽しいと感じるのはほとんど初めての経験かもしれない。
学生の作ったTシャツとトートバッグ。


動物の絵柄がかわいかったので、即決で購入。Tシャツが1500円でトートバッグが400円。シルクスクーンで刷られていて、軽やかな線が楽しい。早速、着て使おう。
今週末から週明けまで、中国出張です。
2008年10月29日
吊るされたものたち 08-02 コチョウゲンボウ 3
完成。

アルシュ紙にチャコールペンシル、顔料。38 x 56 cm。

ディテール。

ディテール。

ディテール。
2008年10月28日
吊るされたものたち 08-02 コチョウゲンボウ 2
ようやく再開。以前のエントリーで「素早く短時間で仕上げてしまいたい。」と書いているのに、まるまる一ヶ月も間が空いてしまった。有限不実行である。リンク先のエントリーの状態が、今日始めるまでの段階だった。

夕方頃。おおよそ半分ぐらい出来てきたところ。

午後から臨時の教授会があり、雑用などを済ませた後からの制作で、始められたのは3時すこし前ぐらいだった。そこからほぼぶっ通しで描き、約6時間後がこの状態である。まだディテールに甘いところがるので、明日(というか今日)さらに手を入れて完成の予定である。時差ぼけのせいで夕方睡魔に襲われることが多かったのだけど、それらに悩まされることもなく集中して描き続けることができた。
この集中力とペースで、どんどん作っていかなくては。ほぼ復活です。
2008年09月27日
吊るされたものたち 08-02 コチョウゲンボウ 1
新たな仮剥製のシリーズを制作開始。金曜日は朝から3つの会議をこなさなくてはならず、全く制作時間をとれずにフラストレーションがたまった。夕方に全ての会議から解放されて、少し描いたのがこの写真の状態。

カラスの様に真っ黒ではないので、顔料の色を利用しながら、色彩を感じさせる絵に仕上げたいと思っている。今回も中心になる画材はチャコールペンシル。素早く短時間で仕上げてしまいたい。
自分の描きたい作品を作っている時は、本当に楽しくて嬉しくて、でも肉体的にも精神的にも負担が大きくて、制作後の消耗が激しい。たとえ短時間であっても、かなりの疲労度になる。こういった作品を毎日描き続けるのが、僕にとっての理想ではあるのだけど、それが許される状況では今はない。では、描きたいものだけを描いているかというと、そういった感覚だけではなく絵に描かされていると常に感じている。画面が要求してくることに、応え続けていかなくてはらないという強迫観念にさらされる。
現在、滞っている仕事もあり、クライアントには大変申し訳ないのだけど、もう少しで復活します。今、高まっているモチベーションを、どちらの方向にも活かしていきたい。
2008年09月23日
Self Wing 08-01.4
昨日、完成のエントリーをアップしたのだけど、今日ほんの少しだけ手を加えたので再アップ。少し大きめの画像です。



といっても、ほとんど変わっていません。
Self Wing 08-01.3
完成。

前々回の画像の方が面白いのは分かっているのだけど、なかなかあそこで筆を置く勇気もつことができない。難しい。

右側の翼を、もう少し背景に溶け込ませようか思案している。

眼で捉えている情報量と、手で表現できる情報量には大きな差がある。

全てをを描ききることはできない。画材の限界を引き出して、何を描くかを選び取らなくてはならない。
アルシュにチャコールペンシル、顔料(ウルトラマリン、プルシャンブルー)。73 x 53 cm。
なんとか間に合ってよかった。
2008年09月22日
Self Wing 08-01.2
今日は午後から研究室で制作の続き。

現在の状態。翼はほぼ描き終わった。もうすぐ完成。

ディテール。今回は積極的に色の顔料を使ってみた。ウルトラマリンとプルシャンブルー。
2008年09月21日
Self Wing 08-01.1
今日、無事今年度のオープンキャンパスが終了。
先日から、週末のグループ展に出品する新作を制作している。

再び、カラス。大量のチャコールペンシルを消費するので、あらかじめ削っておくのが大変。毎日仕事終わりには、すべてを削ってから帰路につく。

現在の状態。

ディテール。

ディテール。
明日明後日には完成させなくては。
天使の翼展に出品します。
最終日は会場に詰めている予定です。
2008年09月16日
吊るされたものたち 08-01 ハシブトガラス 6
完成。

アルシュ紙にチャコールペンシル。53 x 73 cm。

チャコールペンシルだけで描いているため、それほど細密な描写はしていない。






少し時間がかかってしまった。この作品を軸に連作を続ける予定である。油彩、銅版画への展開も考えている。
2008年09月12日
吊るされたものたち 08-01 ハシブトガラス 5
今日も大学の研究室で制作。集中できている。

昨日に続いて、腹側から描き込んでいく。前回に比べて、それぞれの翼の構造が際立ってきた。ちょっとかたい感じもあるので、最後の仕上げのときに少しコントラストをやわらかくするかもしれない。

後肢と尾羽の距離感がより明確になってきている。立体の構造と空間を同時に描くことは写真には出来ない。絵画の持つ大きな特性だと思う。

背面側からも描き込む。まだ少し描き込みが足らない。画材が画材でないものに変容する瞬間まで、なんとかして持っていきたい。

頭部ディテール。

頭部ディテール。あごの下から。
今日の間に完成させようと思っていたのだけど、もう少し時間があることが分かったので、焦って完成させずにじっくり描き込むことにした(といってもわずか2日程度のこと)。
次のグループ展に出品します。
『'08 日本ワイルドアート協会展』
会期:2008年9月19日(金)〜9月26日(金)21日23日休館
会場:山脇ギャラリー 東京都千代田区九段南4-8-21
僕はこの作品1点だけの出品です。会場には1日も詰めていることが出来ません。
お時間ありましたら、ご高覧いただけると幸いです。
2008年09月10日
吊るされたものたち 08-01 ハシブトガラス 4
大津に戻ってきてから、大学の研究室でも制作を再開している。

かなり完成に近づいてきたが、まだもう少し描き込む予定である。

まだ描き込みが足らない。

くちばしに艶が足らない。全体にカラスの濡れ羽色が再現できるところまで描きたい。
2008年09月06日
吊るされたものたち 08-01 ハシブトガラス 3
滋賀へ移動するぎりぎりまで描いていたのだけど、完成させることは出来なかった。

右側には腹側からみたカラス。

あまり描き進めていない、左側の頭部

もう少し艶っぽさが欲しい。

腹側からなので、脚がはっきりと観察できる。

描いたところでそうでないところが混在している状態。
近日中に完成の予定。
2008年09月01日
吊るされたものたち 08-01 ハシブトガラス 2
昨日からさらに手を加える。

カラスの黒さが増してきた。

画面左半分。

頭部のディテール。


翼のディテール。
2008年08月30日
吊るされたものたち 08-01 ハシブトガラス
夏休み前から、復元画の仕事とは別にcontemporary artの作品を制作している。
大津にいる間に始めた作品だったのだけど、夏休みの間大きく中断した後、ようやく再開することができた。

これは前日の状態。夏休み前には頭部まわりしか描いていなかったので、ほぼ1日で一気に進めた。

そして、これが今現在。アルシュ紙にチャコールペンシル。56 x 76 cm。右側には同じモチーフを裏返したものを描く。

頭部のディテール。まだ描き込みが足りない。

翼のディテール。

これがモチーフの仮剥製。
描いても描いても描き尽くせない、圧倒的な質感を持っている。
やはり、本物を見て描くのは快楽である。
2008年08月05日
カレンダー用原画
日曜日は疲れのためか、昼頃までゴロゴロ。5日納品の絵が一点あったので、昼過ぎから制作を始めた。写真からトレースして、ペン入れし、透明水彩で仕上げるというものだ。それほど大変な作業量ではないが、個展期間中に手をあまり動かせなかったので、今ひとつ手の動きが悪かった。そのため、思ったよりも時間がかかってしまった。4日の夕方に完成、すぐに宅配便で送って一段落。

取材撮影をしたのは夏なのだけど、10月から3月までのカレンダーなので、色づいた銀杏を描いて秋の風景にしてみた。
画面右上の大きく描かれた銀杏は、完全な創作。写真でこのように写ることはない。絵画ならではの表現である。
耐水性でないセピアインクを使ったので、所々滲みが出ているが、それが雰囲気作りに一役買っている。こういった直線的な建物を描くのは、あまり得意ではない。
2008年06月19日
The unknown skull 08-01
The unknown skullの新作が完成。これは学生の課題を、一緒に制作していたもの。正確には、課題は鉛筆デッサンなのだけど、作品として制作することを考えていたので、アクリルで描いた。ずっと復元画を描く仕事が続いていたので、ものを見て描ける喜びに浸ることが出来た。

完成した画像。紙にアクリル。330 x 535mm。

背景らしい背景ではないが、頭骨の部分だけ切り取った画像。

眼窩と鼻腔のディテール。

歯列、正面から。

歯列、側面から。

全体にそれほど描き込んでいないが、この部分は特にあっさりとした描写である。

この課題は、撮影した頭骨の写真のコピーを使って画面にトレースした後、実際の頭骨を見て陰影を描写していくというもの。形をとる作業が必要ないので、描写することに集中できる。といっても、簡単なものではない。
頭骨の持つ複雑な形態を捉えることに、学生たちは苦労していたようだ。
この作品、日曜日に開催される成安造形大学のオープンキャンパスで教員展に出品します。
2008年06月14日
情熱大陸・原画
情熱大陸の原画の全貌を紹介。といっても、いつも通り小さな画像ですが。

水張りしたアルシュにアクリルで制作。大陸の直径が約48cm。

少しおかしな特徴を持った、架空の動物たち。

恐竜のようで恐竜でない。

空を飛ぶサメ。

こちらは空を飛ぶエイ。風切羽根まで持っている。
実際の画面は明るく、コントラストも高めです。
2008年06月05日
情熱大陸 LOVES MUSIC 10TH ANNIVERSARY SPECIAL ~TARO HAKASE SELECTION~
ちょっとお知らせするのが遅くなってしまったのだけど、タイトルのCDに同梱されるポスター(というよりライナーノーツの裏?)のイラストレーションを描いた。きっかけは一通の見知らぬメールだったのだけど、まさかデザイナーの佐藤卓さんと仕事をすることになるとは思わなかった。今だから彼が有名なデザイナーだと知っているのだけど、メールを受け取ったときは、全く誰だかわからなかった。連絡を受けてからは驚くほどスムーズに話が進み、僕が制作することになったのだけど、佐藤さん直々に我が家の秘密基地まで足を運んでくださるということになって、僕としては恐縮しきりだった。
今回描いたのは、架空の大陸『情熱大陸』。この地球上にはあり得ないような地形、架空の動物たちを、収録されている楽曲の波形を円形にトレースした輪郭の中に描き込んだ。

パッケージの外観。

袋から出すと二つに分かれる。この時点でビニールの袋を捨ててしまっていたのだけど、あわててゴミ箱から取り出す。ビニールのラッピングがないと、バラバラになってしまうのである。

これがイラストの描かれた面。原画のスキャンが出来たら、そちらも近々にアップする予定。
2008年05月29日
今日もskull
昨日、今日の授業はモデルクロッキーではなく、頭骨レプリカのデッサン。あらかじめ撮影しておいた写真を使って、画用紙にトレースしてから描いて行く。複雑な形態は形をとるだけで時間がかかってしまうので、その部分を省力化するためだ。
今回、デッサンではないのだけど、僕も学生と同じに頭骨を描いている。

トレースした後、セピアのインクで陰影を描写していく。この後、アクリルでディテールを描写していく予定。

一色だけなので、まだあっさりとした描写。
2008年04月17日
締め切りに追われる
大学に就職したといっても、引き続き進行している仕事も多く、締め切りが容赦なくやってくる。
ここ数日、18日納品のイラストレーションを仕上げなくてはならず、大学の授業も休むわけにもいかず、睡眠3時間ほどという日が続いていた。でも、なんとか間に合って乗り切る事ができた。まだここでは公開出来ないのだけど、僕としては珍しい広告系(厳密には違うのだけど)の仕事だった。3月に突然のメールで依頼を受けて、デザイン会社の代表が直々に僕のスタジオまで来てくれたという経緯もあり、なんとしても期限内に良いものを作りたいという意識が強かった。
最低限の制約を守れば、ほぼ自由に描いてよいという内容。きつかったけど、楽しかった。もっと時間があれば良かったのだけど、無い物ねだりをしてもしょうがない。もっと効率よく仕事出来る体制を整えていきたい。新しい仕事場、引っ越しなどを経ての結果なので、よく頑張った方だろう、多分。
このペースで気を抜かずやっていきたい。でも今日は寝ます。
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2008年02月10日
制作プロセスの違い
現在、複数の企画に関わっているため、それぞれのプロセスの進度に違いがある。これはこれで頭の切り替えが難しい。エスキースを決定するまでの試行錯誤には、かなりの時間とエネルギーが必要だ。すとん、とひらめくこともあるが、多くのエスキースは無数のラフスケッチの上に成り立っている。形にもならないような、線の集積が机の上に次々と積み重なっていく。こういったラフには主に安価なコピー用紙を使う。
古生物の復元画の場合は、この作業と同時に資料のリサーチという重要なプロセスが必要になる。なので、手が止まる事もしばしば。何時間も資料を読んだり、探したり、描く事に集中出来ない時間も多い。こういった時間を経て、ようやく納得のいくエスキースが出来たときは、本当に気持がいい。絵画的な構造がきちんと出来ている事、美しい構図である事、資料的にも科学的にも破綻がないこと、これらを理想として制作している。
エスキースが決まると、今度は本番(タブロー)に入るわけだが、ここからのプロセスは作業という側面が強い。まったく使う筋肉が違うというか、頭を使う領域が違う。何か問題が起きても、技術と力技で対応できる部分が大きい。ただし、そのためには理想的なエスキースが出来上がっている事が必須だ。良い土台なくしては、何も建てることはできない。エスキースの検討が不十分だと、迷い、苦労することになってしまうのである。
一点だけの制作ならば、集中して制作することも可能だが、同時にいくつもの絵を描いていると、それぞれの進捗具合によって、僕自身かなり混乱してくるのも事実だ。特にエスキースの作業と、タブロー制作の作業を同時進行するのは難しい。どうしてもどちらかにウェイトが偏ってしまう。もともとあまり器用なほうではないので、同時並行に進めるのは得意とは言いがたい。これまでの経験と訓練で、なんとか出来るようになってきたようなものだ。
今日は一日、エスキースの制作で苦しんだ。ぴたりと決まった感じではないが、これはちょっとラフな感じで進めてしまおうと思っている。時間的に追いつめられているが、新しいことを試してみたいのだ。
もっと手数を減らして、ラフなタッチで効果的な画面を。大作の制作で新しい領域が垣間見えた気がするので、忘れないうちに現実のものにしたいと考えているところである。
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2008年02月02日
早稲田取材
今日は朝10時過ぎに家を出て早稲田へ向かう。寒い。正午前に着いたので、ブランチを済ませてキャンパス内へ移動。大隈重信像をスケッチするためである。ある仕事のために描くのだけど、大隈重信像には肖像権があるということを聞いて驚いた。

アルシュにセピアインク。描いているとだんだん身体が冷えて来る。大隈講堂を描いているおじさんたちがいたのだけど、僕が来て帰るまでずっと集中して描いていた。僕は根性なしのプロです。

帰宅後、写真を利用しながら描き起こす。アルシュにセピアインク、透明水彩。サイズは28x38cm。

ディテールはこんな感じ。

この顎のラインを見ていると、ブライキングボスを思い出す、といったら不謹慎か。
これから、大作の制作を始めます。
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2008年01月28日
クロッキー会
およそ半年ぶりのクロッキー会に参加してきた。4月から人体を中心に大学で教えるということもあり、自分自身のスキルアップのためにも枚数をこなしていかなくてはいけない。
参加したのは、今一番気に入っている七針でのクロッキー会。ポーズのプログラムが絶妙で、毎回同じモデルさんながら非常に勉強になる。

1分ポーズ。簡潔に線を選んで描いていく。

1分ポーズ。

1分ポース。久しぶりということもあって、凄く集中できて気持ちよく描けた。最初から全開でとばしていく。

5分、寝ポーズ。いい感じで描けている。

5分ポーズ。

10分ポーズ。序盤から中盤にかけては、非常に調子が良かったのだけど、後半で息切れしてしまった。ブルペンから調子が良く、立ち上がりも完璧だったのに、終盤スタミナ切れで打ち込まれた、そんな感じのクロッキー会だった。なので、終盤の良くないクロッキーは掲載しない。
人体を描くことの難しさを痛感した一日だった。もっと精進せねば!
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2007年11月10日
The Unknown Skull 007
ここのところ、復元画の仕事が続いているので、物を見て描くことに飢えている。そこで久しぶりに頭骨のデッサンをすることにした。鉛筆でどこまで細密に描けるかやってみようと思う。といっても、僕のスタイルや個性だと、そんなに細密には描けないのだけど、どこまで出来るか試してみたい。

合間、合間で描けるようにモチーフをセッティングしてある。

昨日始めたばかり。ここまで20分ぐらいか。時間をかけて、じっくり仕上げていきます。
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2007年10月28日
「写実」と「写真」
僕はもともと、写実的に絵を描くのが好きである。高校生のときに見た芸術新潮(だったと思う)に、スペインマドリードリアリズムの特集があり、その代表的な作家であるEDUARDO NARANJOの精緻なテクニックには驚愕したものである。彼の作品は、1991年に高島屋で開催された『スペイン美術は、いま… マドリード・リアリズムの輝き』で見る事が出来たのだけど、その精緻な絵肌、驚異的なテクニックには、改めて驚嘆した覚えがある。ただ、これまで振り返ってみると、彼の絵を好きになったことも、魅力を感じた事もないというのが正直な感想である。マドリードリアリズムで紹介された作家で誰が好きかと問われれば、僕は第一にJosé Hernándezの名前をあげる。リアリズムというよりも、幻想の画家といったほうが、ぴったりくるだろうか。彼の描く奇妙な形態をした人物とも生物も言えないような物体は、僕にはとても魅力的でその空間に引き込まれてしまうのである。
金曜日に、リアリズムの画家である磯江毅展を銀座の彩鳳堂画廊へ観に行ってきたのだけど、EDUARDO NARANJOに対するのと同じような感想を持ったのである。
絵画の歴史において、写真の発明は大きな転機のなったのは確かだが、現代リアリズムと呼ばれる作品群は写真がなければ成立することはなかったはずである。写真以前には、リアリズムの絵画は存在しないと言っても良いだろう。文字通り写真のような描写、写真のような絵画、というのは写真の発明以降現れたものである。
リアリズム絵画の描写は凄まじいものである。対象にどこまでも迫っていくように、もはやタッチも見えないほどに描かれている。でも、僕には息苦しい。画面の中に入り込んでいくことができないのだ。絵画は近くで見たときと、遠く離れたときで、印象が変わる場合が多い。僕の大好きなレンブラントはその最たるもので、離れてみるとリアリティのある質感が迫ってくるのだけど、近づいてみるとただの絵の具の集積しか見えてこない。絵の具の不規則な凸凹が皮膚の毛穴のように見えたり、1本1本の髪の毛に見えたりしてくるのは、絵画の醍醐味だろう。一方、リアリズム絵画は近づいても離れても、印象は同じである。凄いことなのかもしれないが、そこまで「描く」という行為に僕自身は意義を見いだせない。画面の中に新たな世界が創出しているのではなく、ただ現実と同じものがあるようにしか見えないのである。
かつてオランダでもヴァニタス画と呼ばれる、精緻に描写された静物画の一ジャンルがあった。現代リアリズムに比べればあっさりとした描写であるが、それぞれのモチーフの豊かな質感を感じることができる。一時代、人気のあったジャンルだけに、多くのヴァニタスが描かれていた。当時の画家には仕事で描く以上、巧く手早く仕上げることが要求されたことだろう。年間に2、3点という制作点数では許されなかったはずである。
ルネッサンス期を始めとして、名だたる巨匠たちはなぜリアリズム絵画を描かなかったのか。それは写真がまだなかったからではないだろうか。実際の三次元の世界だけを体験していたら、現代リアリズムのようなビジョンを持つことはないだろうと思われる。現代は二次元のビジュアルがあふれていると言っても過言ではない。写真だけではく、映画やテレビ、パソコンのモニター、あらゆるビジュアル体験が二次元に落とし込まれている。現代人は写真が発明される以前の人々よりも、圧倒的に二次元の視覚体験にさらされていると言ってよいだろう。
だからこそ、すんなりと現代リアリズム絵画が受け入れられるのかもしれない。しかし、僕の考える絵画とは違った方向にあるものだ。個人的な感想ではあるが、彼らの作品を絵画として楽しむことは、僕には出来ないのである。
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2007年09月11日
Self Wing 010
ようやく完成。半年以上も放ったらかしにしておいて、やっと描き上げる事が出来た。

728x515mm、アルシュ紙にチャコールペンシル。

鎖骨、肩甲骨、上腕骨。

肘から手首まで。𣓤骨と尺骨。

手首から先。手根骨、中手骨、指骨(基節骨、中節骨、末節骨)。

もちろん人の手には生えていない、風切羽根。
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2007年08月21日
自画像
先日、何気なくテレビをつけていたら、思いがけずETV特集「日本人と自画像〜東京芸術大学 4800枚の証言〜 」が流れてきた。
この4800枚の中には僕の自画像も含まれている。よほどの事がない限り、もう表舞台に出る事はないだろう。買い上げ金額は確か5000円か6000円ぐらいだったかな。
卒業制作はあまりうまくいかず、自画像も気乗りしなかったことを覚えている。もともと自画像をテーマに作品を作っていたので、シンプルに画面に向かうことが出来ず駄目だった。どんな自画像だったかは、細部までは思い出す事ができない。これは僕にとっては非常に珍しい事で、これまで作って来た作品はほぼ記憶しているのだけど、これだけはどうにも記憶がかすんでぼやけてしまっている。よほど自分のなかで気に入らなかったか、描いているときにまったく心地よくなかったのかもしれない。
そんなことを思い出していたら、無性に自画像を描いてみたくなり、簡単にスケッチしてみた。

A4のコピー用紙に鉛筆。

すこし疲労感の残る目元。

無精髭もそのままの口元。
大学を卒業したのが1993年なので、すでに14年の月日が流れた。体重は10キロ増えて、白髪も年々増えている。顔の肌の張りも徐々に失われて、生物として徐々にくたびれてきていることを、鏡の中に実感する。皺も増えて、ようやく描きどころの多い顔になってきたのかもしれない。
近々、自画像をテーマに作品を制作する予定である。
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2007年08月19日
クロッキー会 in 高田馬場
土曜日は、ひさしぶりのクロッキー会。初めての空間、初めてのモデルさん。ちょっどきどきする。
金曜日までの猛暑に比べれば、ぐっと気温が下がったとは言っても、ねっとりと湿度の高い空気がまとわりついてくる。会場は早稲田通り沿いにある雑居ビルの6階。
モデルさんは、とても骨格と筋肉の分かりやすい素敵な方。

最初10分ポーズを2回。10分もあればと、ゆっくり描いていたら時間が足らなくなってしまった。久しぶりで、まだスピードに乗れていない。

5分ポーズ4回。左下のクロッキーは横構図です。

3分ポーズ。短いポーズ時間を活かして、アクロバティックなポーズを次々ととってくれる。筋肉質な肉体だからこそ、できる姿勢の数々。

こちらも3分ポーズ。バランスも絶妙。

部屋が狭く、モデルさんとの距離が近かったため、眼が広角になっている。

5分ポーズ。
非常に描きやすいモデルさんだった。20分じっくり描けるポーズも見てみたい。
3時間集中し続けると、さすがにくたくたになる。でも、心地よい疲れでした。
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2007年08月12日
Self Hands 001
イラストの仕事の合間を縫って、自分の作品の制作をスタート。今度は「手」をモチーフに、チャコールペンシルを使ったモノクロの連作を作ってみようと思う。

サイズは364x515mm。アルシュ紙にチャコールペンシルで制作していく。最初からフリーハンドで形をとっていくのではなく、写真を利用しアウトラインをトレースしてから描いている。描くときは自分の手を見ながらであるが、より描写に専念することができる。

ディテールはこんな感じ。他にこなさなくてはいけない仕事が多いので、毎日少しずつ進めていこうと思う。早く完成を見たい。
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2007年08月06日
黒猫写真04
しばらく時間があいてしまったのだけど、黒猫写真。元気です。

あまり閉じ込めておくと運動不足になるので、先住猫と接触させないように仕事机の上で遊ばせてみた。

頭でっかちで、ほそっこいです。

恐竜模型にアタック。

ちょっとスケッチしてみた。描いているとペン先の動きに反応して、かかんにとびかかってきた。
よく食べ、よく寝て、順調に育っています。
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2007年07月14日
第14回美術解剖学会
今週、土曜日。第14回美術解剖学会が、上野の東京芸術大学美術学部大会議室で開催されます。
個展会期中に関わらず、一般講演を引き受けてしまい、てんてこまいの日々。
僕の発表は13時10分からで、演題は「絵画表現における古生物の復元」。
その他のプログラムは、次のようになっています。
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■ 開会挨拶(9:00) 会長: 高橋 彬
■ 一般講演(9:10〜9:50) 座長 伊藤 恵夫 (武蔵野美大)
1. 教育現場の現状と造形教材を用いた理科教育・解剖生理学教育の実践
手塚 恵子 (海技大学校)
2. 構造学教育 アトリエ路樹絵のアプローチ報告
渡辺 一雅 (アトリエ路樹絵)
■ 一般講演(9:50〜10:30) 座長 森 敏美 (東北生活文化大・美術)
3.凝りと表現 池上 恵一 (京都精華大・芸術)
4.技法「星取り法」と形態の生成 −石膏原型と大理石の狭間から生じるもの−
福江 良純 (京都府立亀岡高校)
■ 一般講演(10:30〜11:10) 座長 島田 和幸 (鹿児島大・院・歯科応用解剖)
5.外科的矯正治療によるスマイル変化について
○寺田 員人*、吉田 満*、佐野 奈都貴*、齋藤 功**
*(日本歯科大新潟生命歯・矯正)、**(新潟大・院・矯正)
6. Motion Capture と人体機能論 市原 恭代 (工学院大・情報・デザイン)
●特別講演(11:10〜11:50) 座長 島田 和幸 (鹿児島大・院・歯科応用解剖)
風神雷神図考 小山 清男 (東京芸術大学名誉教授)
○昼休み
■ 総会 (12:40〜13:00) 美術学部大会議室
■ 一般講演(13:10〜14:10) 座長 間壁 治子 (共立女子大・家政・被服)
7.絵画表現による古生物の復元 小田 隆 (画家)
8.断面特徴量による男子高齢者体形の分析 ○堤 江美子*・柿沼 よしえ**
(*大妻女子大・社会情報、 **埼玉県産業技術総合センター北部研)
9.明治初期の美術解剖書-本多錦吉郎による美術に関する解剖書について−
島田 和幸 (鹿児島大・院・歯科応用解剖)
■大会企画シンポジウム■(14:20〜17:50)
『手の美術解剖学 −それぞれの視座−』
司会 楜沢 順(千葉商科大・政策情報) 14:20〜14:30
「手の機能解剖学」 14:30〜15:00
桜木 晃彦 (解剖学)
「不可解なカタチ…「手」」 15:00〜15:30
上田 耕造 (画家)
「手の表情 -東京国立博物館における展示から-」 15:30〜16:00
木下 史青 (東京国立博物館・デザイン室)
「仏像の手」 16:00〜16:30
西山 多寿子 (仏像彫刻)
「進化から見た手」 16:35〜17:05
香原 志勢 (立教大学名誉教授)
「手の未来形」(ゲスト講演) 17:10〜17:40
田口 安男 (画家・いわき市立美術館館長)
まとめ 17:40〜17:50
■ 閉会挨拶 (17:50) 会長 高橋 彬 17:50〜18:00
■ 懇親会 (18:10〜19:30) 大浦食堂
会費 会員:2,000円、非会員:3,000円、学生:無料
懇親会費 3,000円
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サイト上では、事前申し込みが必要とあるのだけど、当日受付でも大丈夫なようです。
興味ある方、いかがでしょうか。僕は初めての参加で、どんな感じになるのか全然つかめていません。
久しぶりの母校です。
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2007年06月13日
打ち合わせ→東大→クロッキー会
昨日は午前11時前には家を出て、帰宅したのが午前0時過ぎだったので、13時間以上家を空けていたことになる。普段、引きこもって仕事をしている身としては、久しぶりにたくさん歩いて、外の空気を吸った一日だった。
打ち合わせは、丸善オアゾでの個展について。スペースの広さも確認し、おおよその作品点数もイメージ出来て来た。担当の方は随分乗り気で、積極的に考えてくださっている。期待に応えられるよう、作品を用意していきたい。正確な会期等は、しばらくしたらこのblog上で告知していく予定である。会期中に、サイン会と絡めて簡単な講演会も開くことになりそう。作品ともども、お楽しみに。
オアゾの地下でランチにエスニックを食べ、本郷三丁目に移動。東大キャンパスへ向かう。知人である、東大情報学環教授の佐倉統さんからのお誘いで「シカゴ美大と合同ゼミ」にお邪魔して来た。佐倉さんの研究室では、美術表現と科学を結びつける研究を行っており、その一環としてのゼミである。この日はシカゴ美大から30名の学生と4名の教員スタッフも参加されていて、それほど広くない教室は活気にあふれたものだった。夕方からクロッキー会が控えていたので、最後まで参加することはできなかったが、興味深い話を聞くことができた。
でも、まだまだ科学と芸術が結びつくには、両者に距離があり、多くの課題が残されているという印象だった。微力ながら、僕のような人間も協力できばと思っている。
午後5時30分図過ぎに東大を出て、八丁堀のクロッキー会場へ急ぐ。主催者のモデルさんには、事前に遅れる旨を連絡してあったのだけど、20分ほどの遅刻で会場に着くことができた。今回は2回目となる" target="_blank">ギャラリー七針。ここの展示規約が面白く、年会費制で一年の間に何度でも展覧会を開く事ができるらしい。場所もマイナーだし、分かりにくいところかもしれないが、八丁堀の駅から近いので、やる気のある学生なんかには、ちょうど良い空間かも。
最初は1分クロッキー。これがいいウォームアップになる。

遅刻したので、ちょっと枚数は少なめ。
次に5分クロッキー。はてしなく長く感じる。

筆ペンと鉛筆。今回、インクを忘れてしまい、大好きなつけペンで描く事ができなかった。ペン先のスペアまで持っていったのに。

上と、左下が10分、右下が5分。10分は本当に長く感じる。
そして、終盤に20分x3。合計1時間ポーズ。こうなるとクロッキーではなく、もうデッサンといってよいだろう。

紙の大きさは65x50cm。鉛筆。

ディテール。

ディテール。
今回のクロッキーも、とても楽しかったのだけど、自分の課題はまだたくさんある。

これが、会場になっている、ギャラリー七針。右下に移っているのは、このギャラリーのオーナーである林谷英明さん。彼も絵描きである。終了後、近くの店で参加者とモデルさんとで食事会。仕事の悩みは皆同じ。貴重な意見交換も出来、馬鹿な話もし、とても有意義な時間でした。
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2007年05月18日
SCBWIイベント、5月12日(土)
ちょっと前の話なのだけど、先週の土曜日にSCBWIのイベントに、久しぶりに参加してきた。
今回はアメリカからネイチャーイラストレーターであるBob Marstall氏が来日するということで、どうしても話を聞きたくて都内まで出掛けてきた。彼の作品も彼自身のことも全然知らなかったのだけど、事前に彼のサイトを見てとても興味を持ったのである。
何冊もクオリティの高い絵本を出しており、評価の高い作家なのだけど、アメリカでも絵本だけを生業にしていくのは、とても難しいということだった。彼自身は油絵で風景を描く画家でもあり、大学で教鞭もとっている。そういった生活のベースがあるからこそ、丁寧に時間をかけて絵本を制作することができる。An Extraordinary Life: the Story of a Monarch Butterflyという北米の蝶をテーマにした絵本があるのだけど、その取材のためにメキシコまで足を伸ばしたということだった。科学イラストや絵本を描くには綿密なリサーチが欠かせない。1枚の絵を描くのにも、とても時間がかかる。

話をする、Bob Marstall氏。
共通することも多く、大変勉強になった。また、僕が知らなかった技法を知る事できたのも収穫だった。
後半は福音館の編集者の講演で、あらためて子供のための絵本を作る事の難しさと大切さを実感した。こちらも、とても勉強になる話だった。
その後の夕食会でもたくさん話をすることができて、スケジュールを無理矢理あけてでも参加した意義のあるイベントだった。
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2007年04月22日
選外
この3月にあるコンペに出品した作品ですが、残念ながら結果は選外でした。
でも、選外だったとはいえ、作品のクオリティが下がるわけではないので、個展の機会があれば展示し販売する予定です。「波動絵画」に拘りすぎたか?というのは冗談ですが、「選外」になるとまったく全てが徒労に終わる事も事実です。出品料を払って搬入までして、どうしてこういった結果になったかは知らされません。集金のためのいいお客さんでしかないのです。海外のコンペであれば、配送するリスクやコストはかかりますが、たいていは出品料を取りません。それが本来の姿だと思います。入選であっても選外であっても、出品料を払っただけのサービスを受けられても良いと思うのですけどね。
昨日は妻の従妹の結婚式に行ってきました。お祝い事というのは良いものだし、妻の親戚にも久しぶりに会って話もできて、有意義なひとときでした。しかし、今kikulogのエントリーでも問題になっている番組の広告が、堂々と地下鉄車内に掲示されていました。

僕は番組を見ていませんが、サイト内では「オーラ」も「守護霊」も存在するものとして扱われています。ご丁寧に「オーラの基礎知識」なんてページまであります。「体験談・ご意見募集」のページもありますが、この番組を肯定的にとらえている視聴者だけのためのものであって、批判に対しての間口は開かれていません。
やはり、この番組が子供も観ているゴールデンタイムに進出したことは、大きな問題であるといわざるをえません。
2007年03月24日
The Unknown Skull 006
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出来上がりました。応援よろしくお願いします。
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「The Unknown Skull 07-1」完成しました。

アルシュ紙にチャコールペンシル、アクリル。515mmx728mm。

眼穿、鼻腔。実物よりも拡大して描いているので、ディテールを詰めていくのが難しかった。

ラベルを見ているだけで、飲みたくなってくる(でも、決してお酒は強くありません)。

アクリルで描いた歯。チャコールペンシルの作品にアクリルを使ったのは初めての試みである。
明日、朝から搬入にいってきます。
The Unknown Skull 005
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もうすぐ完成です。ポチポチっとお願いします。
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今日(金曜)は歯を中心に作業を進める。

モチーフのセッティングはこんな感じである。絵の背景が黒いので、本を利用して周りを黒くしている。こうしないとガラスから透き通って見える背景を描写することができない。

歯をアクリル絵の具で描写していく。これもゴールデンフルイドを使っている。低粘度で艶のあるフルイドは歯の描写に適している。エナメル質で覆われた歯は、骨の部分とは一線を画するほどに密度のあるマチエールを見せる。

おおよその描写が出来上がってきた。濃い緑色の瓶が透明に見えてしまっているが、撮影した段階からさらに描き進めていて、今の段階ではだいぶ良くなっている。今から一晩寝かせて、朝起きてから最終的な判断をする予定である。

夕方になると、相変わらずご飯の催促に邪魔をしにくる。毎日の日課。
2007年03月23日
The Unknown Skull 004
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地道に制作しています。応援よろしくお願いします。
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今日(木曜日)は1日、朝から制作を続けていた。天気がよいので、天窓から落ちる光が美しい。

背景を漆黒に塗りつぶす。均一な密度でタッチを入れなくてはならないので、結構骨が折れる。手を抜いていい加減にやっては、画面から緊張感が失われてしまう。
なぜ、瓶を描いているかというと、このコンペに出すための作品だからである。

ガラス瓶なんて描くの何年ぶりだろう。なかなか難しい。1mmでもずれると、形が大きく狂ったように見えてしまう。
歯は明日、じっくりと時間をかけて描く予定。25日に搬入なので、全体の画像は完成してからアップします。
さて、間に合うかな。
2007年03月22日
The Unknown Skull 003
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春分をすぎたというのに、寒い日が続きます。寒がりの僕には、2月のほうが過ごしやすかったです。ポチポチっと応援お願いします。
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帰省前に中断していた制作を再開して進めている。

進捗が遅く、じりじりとしながら細かく手を動かしている。もうひとつ集中力に欠ける状態が続いている。でも、ようやく完成が見えてきました。
ちょっと部屋の片付けをして、気分転換をしないといけないな。
2007年03月16日
The Unknown Skull 002
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あるコンペ用に描いています。応援よろしくお願いします。
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こちらは昼間制作している「The Unknown Skullシリーズ」である。頭蓋骨に自然光があたる時間に描きたいので、制作時間が昼間に限定されてしまう。

仕事場は地下にあるのだけど、吹き抜けと天窓のおかげで、昼間なら美しい光が降り注ぐ。

頭蓋骨の部分。目の前にある対象を、オートマチックに目でとらえて描いていく。
感情を極力排して、スキャニングするように写し取っていく作業。

少し寄ったところ。歯は別の素材で描く予定なので、描かずに紙のまま残している。

眼の奥、鼻の奥には複雑な構造物があり、薄く精緻な骨で形成されている。不気味なといったことは全くなく、実に美しい。
週末、祖母の七回忌のため、実家の三重に里帰りしてきます。
Self Wing 011
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描く事が心地よいです。応援よろしくお願いします。
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かなり完成に近づいてきた。背景を完全に塗りつぶす事ができた。非常に単純な構造の絵画作品である。

ディテールの描き込みの甘い部分が多々あるので、さらに手を入れていく予定である。

背景の塗りつぶしは、寝かせた状態でチャコールペンシルを使って、ひたすらタッチを重ねて行く。以前にも書いたが、リズムよくタッチを入れていくことが大切である。ただ塗りつぶすだけと気を抜いてしまうと、不思議なもので美しい黒にならない。気持ちをいれて、ただただ黒く塗る作業。
後、もう一息。
2007年03月15日
Self Wing 010
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そろそろ完成です。応援よろしくお願いします。
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ようやく完成に近づいてきた。昼間、明るい時間は「The Unknown Skull」を制作しているため、「Self Wing」は暗くなってから始めることにしている。

尺骨にびっしりと生えそろった、次列風切羽根。とても飛べそうな翼面積ではないが、人間の骨格に非常に似合った構造物だと個人的には思っている。
鳥の尺骨には羽根の軸がくっついている痕跡がはっきりと残る。過去にヴェロキラプトルの尺骨を観察したときには、そのような痕跡を見つける事が出来なかったので、おそらくこれほど羽軸のはっきりした羽根を持っていなかったのではないかと考えている。でも、ついつい復元では描いてしてまうのだけどね。

風切羽根が全てそろった前腕部。

ディテールの描写はこんな感じである。画面が比較的大きいので、それほど細かい描き込みではない。
昨日のクロッキー会、今日の制作と、肉体的にはきついのだけど、非常に心地よい疲れである。やはりこうでなくては。
今年こそは、まめに帳簿つけますよ。月ごとにはまとめて入力していきたいです。
2007年03月14日
ヌードクロッキー会 in 六本木
昨日の午前中、作成した確定申告書類を税務署に提出。昨年は駅内にも出張提出所が出ていたのだけど、今年は廃止されていた。税務署員に聞いたところ、JRに話を通したり、市役所と交渉したりと、煩雑な事が多く断念したということだった。便利だったのに。納税者の利益を考えて、来年は是非復活させてほしい。
その後、ヌードクロッキー会に参加するため六本木へ移動。一緒に参加する友人と、アマンド前で待ち合わせ。

そこから開催場所である区民センターへ向かう。今回も、先月参加したアールブリュットさん主催のクロッキー会である。
まずはムービングポーズから。

連続して動き続けるモデルを描いていく。全身を描く事はできないので、ポイントを定めて描いてく。僕の場合は、腰から足にかけてを追いかけていった。

これらは、ムービングポーズの後の5分ずつの固定ポーズ。ムービングに目が慣れているため、静止したポーズは無限の長さに感じる。

20分固定ポーズ。同行した友人に借りた画材で描いてみた。クーピーペンシルのような描き味で、画面上での滑りが良い。光を意識して、立体感を描く事に主眼を置く。

最後の20分ポーズ。ここで初めてセピアインクでクロッキー。好きな画材で描くと、気分もまた違ってくる。楽しい。
会場にイーゼルなどがないので、描く姿勢には苦労したのだけど、いつ描いてもヌードクロッキーは勉強になる。これからも定期的に参加していく予定。いつもは一人で仕事をしているので、人と一緒の空間で描くのも刺激になる。
興味のある人、一緒に参加してみませんか。
2007年03月13日
Self Wing 009
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気にしてなかったら、がたがたと順位が下がっています。気が向いたら、応援よろしくお願いします。
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ここのところ、ほとんど同じ画面が続いている。飽きてきたかな?
今日は1日1枚の禁を犯して(嘘)、複数枚の羽根を描いた。

末節骨だけでなく、小指の中節骨、基節骨からも羽根を伸ばし始めた。

アウトラインだけだが、尺骨からも羽根を描き始めている。も少しで完成の予定。
ようやく確定申告の書類が全て完成しました。明日、税務署へ提出してすっきりしてきます。
その後、都内へ出かけて、ヌードクロッキー会に参加の予定。楽しみ。
2007年03月11日
Self Wing 008
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帳簿付け、ようやく終わりました。応援よろしくお願いします。
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宣言通りというか、怠けているというか、1日1枚ペースで羽根を描くことを厳守している(変な言葉遣いだ)。

羽根が一枚増えただけなので、それほど印象に大きな差はない。

羽根の一筋ずつ、光のあたる方向を考慮しながら、丁寧に描いていく。
ようやく1年分の帳簿の作成が終わり、ほっとしているところである。パソコンで入力していけば、全て計算してくれるので楽なのだけど、ほんの少しでも入力ミスがあると借方と貸方の勘定があわなくて、正確な貸借対照表を作成することができなくなってしまう。何度かそういうことがあったので、入力した全ての伝票をチェックしなおすという手間が、けっこうあったのである。それも全て解決。一気に制作もはかどってしまった。

当然、経費に入れる事はできない「着払い伝票」を羽根としてコラージュしてみた。作業はものすごくおおざっぱで、恥ずかしい限りである。
後は額装すれば完成です(嘘)。
2007年03月10日
Self Wing 007
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伝票入力、後2ヶ月まで来ました。応援よろしくお願いします。
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いろいろと並行して進めていることがあり、さくさくとは進んでいない。

羽根が1日1枚ペースという遅さである。

そろそろ領収書をコラージュしてペースアップしなくては(嘘)。まとまった時間がとれれば、あと1日か2日で完成するだろう。今日はさらに新しい作品も始めた。
次回絵本の制作も決まり、スケジュールも判明して来た。相変わらず厳しい。
7月の個展もほぼ決定である。詳細は後日。
昨日、嬉しいことがあった。初めてネットを通して作品が売れたのである。どうしても画像との違いがあるので、がっかりされなければよいが。

これが売れた作品「翼05-2」。末永く可愛がってあげてください。よろしくお願いします。
2007年03月08日
Self Wing 006
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ポチポチっと応援よろしくお願いします。
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なんだか、合間合間に制作をしているような状況。まとまった時間を、制作にあてることが出来ていない。
今週は始めから打ち合わせが続き、確定申告の準備もあって、気持ちがどうにも落ち着かない。火曜日は絵本の打ち合わせだったのだけど、夏出版に向けて本格的に動き出す事になった。

今、出来上がっているところまで。羽根の描写は時間がかかるので、ここから完成までが少し長くなるだろう。気分的にも落ち着かないし、中途半端に腰掛けて制作しているようで、あまり精神衛生上良くない。

焦るとろくなことがないので、じっくりといきます。さっさと申告の準備すませてしまおう。頭を使う部分が違うので、並行して進めるには切り替えるのに時間がかかる。ぐずぐずしているだけなのですけどね。
2007年03月05日
Self Wing 005
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徐々に完成に近づいてきました。応援よろしくお願いします。
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今日は朝から風が強い。太陽は出ているが、天候が崩れそうな気配の空。午前11時30分、昨日の深夜に急遽決まった打ち合わせのために東京へ向かう。まだ、決定ではないのだけど、7月頃に小さなスペースで個展が開催できるかもしれない。もちろん、はっきりしたらこのblogでお知らせします。
朝出かけるまでに、少し制作。

打ち合わせが終わった後、昼食だけすませて、どこにも寄らずに家に戻って、また制作。明るいうちでないと、モチーフをしっかり観察することができない。夕方、急に雨が降り出す。強い風と相まって嵐のような天気である。

末節骨までほぼ出来上がってきた。ここから羽根を生やしていく。

細かな部分を描写するよりも、背景を黒く塗りつぶすほうが、ずっと疲れる。塗りつぶすだけなので、誰がやっても同じようなものなのだけど、自分のリズムとストロークでタッチを入れないと、どうにも満足した漆黒にならない。どうも良い波動がでないようである(しつこいな)。背景が黒くなると、一気に完成度が増してくる。ディテールもまだまだ詰めていきたい。

前回、骨折の話題が出たので、僕の骨折箇所を図示してみた。2005年4月に右腕の上腕骨を、ちょうど画像の赤線の部分で真っ二つに折ってしまった(画像は左腕)。今も15cmほどのチタンプレートと6本のチタンボルトが入っている。○○イテンも真っ青のチタンパワーである(しつこいなあ)。
2007年03月03日
Self Wing 004
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ちょっと更新あいてしまいました。応援よろしくお願いします。
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昨日は朝から非常勤講師の日。今年度最後の授業で、講評会をかねての採点。放課後、同僚の音楽教師とキャッチボールを楽しんだ。夕方からは、図鑑の仕事の打ち上げということで、担当編集者から食事を御馳走になった。ビールはハートランド、イモ焼酎に和食を楽しんだのだけど、途中睡魔に襲われ、半分はもうろうとしたなかでの会食だった。どうもすみませんでした。まだ、疲れがたまっているみたいである。
今日は昼まで寝て、長い睡眠だった。身体にだるさが残る。
午後から、制作を開始。今日も天気がよく、奇麗な光が仕事場に降り注いでいた。

それほど進んでいないが、𣓤骨がほぼ完成。昨年、ヤンキースの松井選手が骨折した部位である。これだけ太い骨が折れたのだから、相当の衝撃が加わったはずである。

手根骨、指骨と進んで、いよいよ羽根へと進んでいく。楽しみ、楽しみ。
今晩は、本腰入れて確定申告に取り組みます。
2007年03月01日
Self Wing 003
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気が向いたら、ポチポチっとお願いします。
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昼間は作品制作の続き。天気がいいので、天窓から落ちる光が美しい。

背景は黒く塗りつぶす予定である。

チャコールペンシルで「足す」作業だけでなく、練り消しで「引く」作業も重要。どちらも「描く」行為である。

練り消しは指先で形を変えることで、さまざまな太さの違いを作り出すことができる。プラスチック消しゴムほど、消す力は強くないが、「白」または「明るいグレー」で描く感覚で使用する。
今日は夕方から、映画「硫黄島からの手紙」を観てきました。内容については、後日書きます。
2007年02月28日
Self Wing 002
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ようやく作品制作を始めました。応援よろしくお願いします。
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「Self Wingシリーズ」の制作を開始。自然光がトップライトから落ちてくる時間に描きたいので、制作は昼間のみである。

仮設で設置したテーブルの上に、モチーフを並べている。画面のサイズは760x560mm。アルシュのホットプレスである。

実寸で描いているので、計測しながら描写していく。基本的に描き直すことはせず、ほぼ一発で決めながら進めていく。それほどしつこい描き込みではない。モチーフはプラスチック製なので、頭の中で骨の質感をイメージしながら補完している。

始めたのが午後からだったので、今日はここまで。早く翼を描きたい。
2007年02月27日
ネットショップ
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いつもありがとうございます。応援よろしくお願いします。
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実は僕の作品はインターネット上でも販売されているのだけど、ネット上では今まで1点も売れたことがない。
そう、売り上げゼロなのである。そこで、販売しているサイトをちょっと紹介。
ギャラリー間瀬のネットショップアールブー。また、この関連でヤフオクでも販売されている。これとか、これとか、これとか、これとかこれである。
このサイトのstoreでも、Saichaniaの版画を販売しているのだけど、こちらも残念ながらいまだにオーダーゼロである。
今、買っていただけると、ネット上での購入者第一号の栄誉がもれなくついてきます。皆さん、いかがですか?

「烏 03-1」 額寸:450x910mm 画寸:280x760mm アルシュ紙にチャコールペンシル。2003年制作。価格:105000円(税込み)。

部分。

部分。
2007年02月22日
制作現場
恐竜のいない制作現場。

昼間はトップライトから光が落ちてきて、とても美しい一角になる。

ただし、これらの写真は夜の照明の中で撮影したもの。

骨格の模型とともに参考にしている解剖図集が「General Anatomy And Musculoskeletal System (Atlas of Anatomy)」。図版が抜群に美しい。画集として眺めても遜色ない内容である。
明日は朝から非常勤講師の日。その後、夕方は打ち合わせに行ってきます。
2007年02月21日
Self Wing 001
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いつもありがとうございます。応援よろしくお願いします。
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今日から作品制作をスタート。といっても、まだエスキースの段階である。
前回、紹介した「The Unknown Skull」シリーズとは別の、「Self Wing」シリーズである。
過去にも同じシリーズの作品を作っており、改めてじっくりと取り組んでみたいと思っている。リンク先の作品は12年前になるので、もう一回りも昔のことである。

ケント紙に鉛筆で制作。
最終的にどの素材で制作するか、まだ決定していない。何点か同じ構図で、素材を変えて描いてみたいと思っている。
2007年02月16日
The Unknown Skull 001
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いつもありがとうございます。応援よろしくお願いします。
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久々に復元画ではない絵の制作を始める。まずはスケッチから。

ケント紙に鉛筆。
数年前から続けている「The Unknown Skull」シリーズ。
次の文章は2003年に、僕がこのシリーズについてコンセプトをまとめたものである。
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The Unknown Skull
頭蓋骨の絵を見た時、多くの人はなぜ「死」を感じるのであろうか。骨とはまさに人間の屍である。骨の状態では、すでに生命を失っている。だから、頭蓋骨に対して人が「死」を意識することは、しごくまともな感覚であると思う。
それでは今生きている私達は、頭蓋骨を、骨を、失っているのだろうか。そんなことは絶対にありえない。私達の身体を支えている根幹にあるものが、骨格である。ただ、表面に見えないだけに意識されることが少なく、一部の人(特殊な職業)以外は、その骨格を冷静に客観的に見る機会を持つことができないでいる。
頭蓋骨は脳を包み、守り、支える器官だ。そして、視覚、聴覚、嗅覚の機能を持つ目と耳と鼻があり、エネルギーを得るための顎までも有する。呼吸の出入り口でもある。精神的な部分と動物的な部分を併せ持った希有なパートであり、極めて人間的な部分でもある。
もちろん、私が描いた頭蓋骨がだれのものかは分からない。その人間がどんな人であったのか、どうのような歴史を積み重ねてきたのか、ということには全く興味がないが、その精緻な構造、質感は非常に美しくただただ魅入ってしまう。
私は頭蓋骨を「生」あるものとして描いている。それは「死」を象徴するものではない。私の描いた頭蓋骨を見て、「生」を感じてほしい。今、生きている私達の身体の中で、私達の命を支えてくれている尊い器官なのであるから。
私の作品は描写によって表現されている部分が多い。描写は重要な表現手法の一つであるのだが、描写することを目的に作品を制作しているわけではない。
私にとって描写は、極めて自然な行為である。眼球を通して脳が捉えた映像を、手に伝達して機械的に動かしていく。オートマティックに、感情ができるだけ入り込まないように、対象を見つめていく。しかし、人間の行為である以上、どれだけ正確にやろうとしても、間違い、迷い、感情的になり、印画紙に写るような像を、支持体上に再現できるわけではない。
ただし、カメラによって写される像は、あくまでも対象の表面に反射する光の量を捉えたものにすぎない。一方、私は対象の構造を理解して描写する。表面に見えていない部分にまで思いを馳せ、想像し、時には触って確かめながら描写していく。
頭蓋骨は「生」であり、花は「生殖」である。精神を生み出し、記憶を保管し、創造的行為を行う脳の容器と、子孫を残すために種(卵)を産み、育てる生殖器官である花。そこにあるのは「生」と「生」であり、「死」を想うことで「生」への渇望を、より強く持つことが出来る。
「The Unknown Skull」は「生」へ向かう強い力を表現した作品である。
2003年1月20日
小田 隆
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このシリーズの根幹になっているコンセプトなのだけど、今はもう一つ新しいことをやりたいと思っている。
頭蓋骨に近づいて、ミクロの視点になることで、広大な風景をそこに見たい。


新しいアイデアはいくらでもあるので、どれだけのものを具現化できるか。時間との勝負である。
2007年02月11日
久しぶりのクロッキー会
今日は午後から久しぶりにクロッキー会に行ってきた。前回は昨年7月だったので、ほぼ半年ぶりである。半年前のクロッキーはこんな感じ。
今回もmixiから見つけた会で、モデルさん本人が主宰しているクロッキー会である(クロッキー企画 アールブリュット)。会場になったのは、八丁堀にあるギャラリー七針。地下にある秘密基地のような空間。気分が盛り上がってくる。午後2時にスタート。
ポーズのプログラムが秀逸で、非常に勉強になった。
まず、短時間ポーズ。1分ポーズ中30秒観察し、残り30秒で描くというもの。全12ポーズを連続でクロッキーしていく。

これほど短時間で描くクロッキーは、僕は初めてだったのだけどとても楽しい。ディテールまで描くことは出来ないので、ポイントを絞っていく。無理に全身を描こうとせずに、体幹のねじれを表現することを心がけた。今回のモデルさん、特に身体のねじれが美しく、一番描きどころであると思ったのである。
次は10分2ポーズ。果てしなく長く感じる。どこまでも描き込めるような錯覚がある。

左はペンとセピアインク。右は鉛筆。(右のクロッキー、隠れているほうの大腿部がちゃんとつながっていませんね。反省)
5分4ポーズ。

4ポーズ中から3点。水性ボールペンと鉛筆。
1時間の固定ポーズ。20分×3回という長丁場。

こうなるとクロッキーというよりもデッサンに近い。鉛筆。

左は固定ポーズを場所を変えて10分ほど描いたもの。右は1分観察1分クロッキー。これで全てのプログラムが終了。
よく練られていて、初心者にも経験者にも面白いプログラムだったと思う。
目の前の実体のあるモチーフ(モデル)を描くのは、本当に楽しい。観察することができない「古生物」という存在と違い、同じ空間に共存している、目に見える存在を描けることは、僕にとって快楽であるとも言える。
久しぶりに爽快感のあるクロッキー会でした。
2007年02月01日
「ともだち仕事って…」
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気が向いたら、ポチポチっとお願いします。
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nijntjeさんからの以下のコメントについてエントリーを立ててみた。
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「ともだち仕事って…」
デザインやイラストの仕事をしてると友人や知り合いなどから「ちょっとやって欲しい仕事があるんだけれど」となにかと頼まれることがありませんか。いわゆる「ともだち仕事」なんですが、知ってる人から頼まれれば助けてあげたいと思うのが人情です。通常の半額くらいでやってあげようかな。赤字にならなければやってあげるか。と思っていても、提示してくるデザイン料はたいがいが非常識なほど低いのです。「1万円払うから」とか「今度飯奢るから」とか…。これってなんでなんでしょう?僕から見るととても非常識だし失礼だと思うのですが、本当に悪気はないんですよね。なぜなのかを少し自分なりに考えてみました。
●すぐに出来ると思っている
最近は特にMacなどDTPの進化で年賀状程度であれば、素人でもそれなりのものをすぐ作れるので、そんなに時間がかからないと思っているのではないか。
>とんでもありません。完成度の高いものを製作しようとするとエスキースをしっかりとして、仕上げの調整にも時間がかかります。また適切なものを製作するために事前の打ち合せはかかせません。こんなものでいいか?と作る素人年賀状とは全く違うのです。また同じであればそんな仕事に誰もお金を払いません。
>>日本人は器用な人が多いので、ちょっと絵が描けるという人もたくさんいます。そういった辺りも低い評価につながっているような気がします。しかし、デザイナーやイラストレーターが普段、仕事で要求されているレベルは全く違ったものだと考えた方が良いです。「偉い人にはそれが分からんのですよ!」と愚痴のひとつも言いたくなります。(corvo)
●経費は殆どかからないと思っている
例えばロゴを製作するのであれば、最終的に提出するものはA4のプリントアウト一枚とCD-Rだったりします。必要経費は紙代インク代(100円)?CD-R(50円)?200円もあれば取りあえず実費はまかなえるのでは?
>最終的なものがA4のプリントアウト一枚とCD-Rだとしても、それを完成するために何枚も出力し、エスキースを重ねます。それをプリントするプリンタもPCもMOドライバも電気代も通信費も家賃もただではありません。それらを分割したものもデザイン料に含まれます。またプロとしてのスキルを得るために教育や経験、資料費なども途方もない手間がかかります。それを全部デザイン料に加算する気はないですが分割して上乗せしてしかりだと思っています。
>>人間のやることなので、初めからなんの訓練も学習もなく、いきなり出来るということは決してありません。ある水準のスキルを獲得している人は、それだけの積み上げてきたものがあります。やはり、そこに対しても評価してほしいと思うのは自然だと思います。(corvo)
結局一番問題だと思うのは、プロの仕事を期待しているのに提示するギャラは素人の値段というところだと思います。
>>今は、デザイナーやイラストレーターになりたい人が多いので、「ただでもいい」「安くてもいい」という駆け出しの方が結構いるのかもしれません。経験を積むことは良いことですが、適正でない「価格破壊」をもたらしてしまう弊害を、今一度考えるべきだと思います。アメリカなどでは、フリーランスであってもユニオン(組合)がしっかりしているので、「安すぎる」仕事は受注も発注もできない仕組みがあります。この点も弱点のひとつだと思います。(corvo)
まとまりのない文章ですみません。ここはクリエイターもたくさんみているのでよかったらご意見いただけないでしょうか。またそういうことを仕事にしていない方も外からみてデザインやイラストという「仕事」がどう見えるのか教えていただけると嬉しいです。
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結構、切実な悩みでもある。実際、友達の間だけではなくて、クライアントとの関係であっても、信じ難いほど安いギャラを提示されることもしばしばである。
社会的にデザインや絵に対するプライオリティ(優先順位)の低さが問題なのだろう。そんなに払いたくなければ、デザインもせずに、イラストもなしで作れば良いのにと思うことも多々ある。
僕も友達に甘えているところもあるので、えらそうなことは言えないのだけど、きちんと払ってほしいという気持ちがあるなら、自分もしっかり払うという意識も必要だろう。
一番つらい部分をわかっている同士なのだから、そこは綺麗にいきたいものだと思う。もっと稼がないとね!
2006年12月01日
古生物復元画は現代の花鳥画である
ここに宣言します。
「古生物復元画は現代の花鳥画である」と。
古生物の世界には魅力的なモチーフがあふれています。難点は実際の生きた姿を観察できないということ。
しかし、復元という手法により、実際に生きていたであろう姿に近づくことは出来ます(場合によっては、遠のいてしまうこともあるかもしれないが)。
特に代表的な古生物である恐竜は鳥であると言うこともできます。ということは、まさに花鳥画の中の「鳥」にあたるわけです。中生代の植物も古植物学の分野によって、その環境が復元されてきています。現代の鳥が木々の枝に止まるように、羽毛に覆われたヴェロキラプトルが、シダ植物を背景に佇んでいる状況は、まさに花鳥画のモチーフにふさわしいといえるでしょう。彼らの持つ美しくしなやかなフォルムは、素晴らしいモチーフのひとつになるはずです。
若冲の動植綵絵のように、掛け軸の画面に並ぶ三葉虫も見てみたいです。
誰か描いてみませんか。この魅力あるモチーフたちを。
僕もいずれチャレンジしてみたいと思っていますが、残念ながら岩絵の具を使いこなすスキルがありません。
日本人にしか描けない、そんな古生物花鳥画を見てみたいと思っています。
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2006年07月31日
理想のクロッキー会

先日のヌードクロッキーのエントリーは、多くの反響があった。コメンターの一人である「失敗だらけだフニャさん」のblog「芸術的イエローカード」のエントリーでも、今回の顛末について取り上げていただいた。コメントを残してくれた人は、僕の主旨に賛同してくれる人たちばかりだったのだけど、mixiコミュの掲示板では反対の意見もあった。「コミュニケーションの方法」に対する意見である。「その場では声を出さず、主催者にだけ伝えるべきだ」「皆の前で声を出すことで、参加者が萎縮してしまう」こんなところである。

この話題は今回で終わりにするが、では、どうすれば理想的なクロッキー会になるのか。
明確なルールを示して、参加者に周知徹底してもらことだ。
ルールといってもたいしたことはなくて、次の3つぐらいあれば大丈夫なはずである。
1.遅刻しない。遅刻した場合は、休憩時間になるまで待つ。
2.モデルのポーズ中に入退出しない。
3.モデルへの挨拶をかかさない。
こんなところかな。これを読んでみるとはっきりするのは、ごく日常的にまもらなくてはいけないことばかりだ。「モデルのポーズ中」というのは特殊な状況かもしれないが、学校の授業や仕事の打ち合わせで遅刻したり、途中で入退室することがルール違反であることは明白である。もちろん体調不良など、やむをえない場合はその限りではない。

特にヌードクロッキーの場合はプロのモデルを使うのだから、開催の方法はプロに合わせるべきである。これは何も難しいことではなく、ルールをより明確にシンプルにするために必要なことである。クロッキーには、これまで連綿と続いてきた歴史があり、方法がある。僕もそれに倣って、クロッキーを行い、モデルへ接してきた。これを知らないアマチュアを基準にしようとすると、様々な弊害が出てくる。アマチュアにはアマチュアの数だけ、ルールと方法論が存在してしまう。毎回、この基準に合わせるなど、到底無理だろう。だから、プロの基準に合わせるべきなのである。

一般の人が参加するクロッキー会には、悲しいかな興味本位で来ている人もいるという。だからこそ、きちんとしたルールを示して、それに従えない参加者は排除していくしかない。参加費を集めるために、多くの人に参加してもらう必要があるかもしれないが、最低、何人集まればペイできるかという線がはっきりしていれば、むやみに人集めに走ることもないだろう。その線をもとにして、多く人数が集まれば、参加費を安くすることもできる。

芸術表現には、様々なものがある。舞踏、音楽、美術、文学等々。そんな中でも美術表現は、もっとも自由度が高いかもしれない。しかし、これには弊害も多いと僕は考えている。舞踏で先生の言うことを聞かずに自由に踊ったら、怪我をする危険性がある。身体の故障によって、将来の望みを絶たれるかもしれない。正確な指の運びができなければ、楽器を演奏することはできず、歌うには正しい発声も必要である。文章を書くためには、文法を理解していなくてはいけない。こういった基礎的訓練の部分が、美術だけないがしろにされていると感じている。
絵を描くにも正しい姿勢がある。正しい道具の使い方がある。基礎的な訓練を積めば、その先にある自由を手に入れることができるのに、最初から自由、自由では、表現手段の選択肢が少なくなってしまい、何も出来なくなってしまう。
基礎的な訓練の大切さを、クロッキーを通してあらためて実感したのである。
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また、ちょっとさぼり気味です。応援よろしくお願いします。
2006年07月27日
ヌードクロッキー4
今日は、前回からあまり間を空けずにヌードクロッキーに行ってきた。毎回、楽しみにしているのだが、今回はちょっと問題の多い場であった。
通常、ヌードモデルに対しては、最大限の敬意と礼儀を持って接しなくてはいけない。ポーズに入る前の「よろしくお願いします」、終わった後の「お疲れさまでした。ありがとうございました」。これらの挨拶はごく当たり前である。
ヌードモデルは、全く見知らぬ人たちの前で、一糸まとわぬ姿となりポーズをとってくれる。アトリエ内の温度管理、部外者から見えないようにする工夫等、常に気配りをしなくてはいけない。これらは、主催者だけでなく、参加する全員が共有していなくてはいけない、と僕は思っていた。
しかし、どうやら今日の会は違っていたのだ。僕にとっては信じられないことの連続であった。
ポーズ開始が午後6時30分から。もちろん早めにいって場所取りをし、画材も準備万端すぐにでも描けるようにセッティングして、友人と雑談しながらモデルさんを待っていた。時間通り最初のポーズが始まる。20分を一こまとするのだが、その中で5分4ポーズとか10分2ポーズといったふうに、ポーズを変えていってもらう。その間に休憩は一切入らない。それなのに、遅刻者が続々と入ってくるではないか!主催者も疑問も持たずに、アトリエ内に入れてイーゼルなどのセッティングを手伝っている。がたがたと五月蝿く集中できない。出入り口には目隠しのカーテンがあるので、廊下からモデルさんの姿が見えることはないが、ポーズ中に入ってきて準備をするなどもってのほかである。ましてや描いている僕の目の前を通り過ぎるなど、言語道断である!!!!!!!!!!!!
この会はヌードクロッキーを描きたい人の趣味の集まりであるが、どんな場であっても最低限の礼儀がある。集まっているメンバーには美大出身者や、プロのイラストレーターも少なからずいる。真剣に描きたいという気持ちから、集まってきているのだと思っていた。2時間30分で2000円のを支払って参加しているのだが、この金額は僕にとっても非常にありがたい。プロのヌードモデルを雇うには、それ相応のギャランティーが必要であるから、個人でこういった場を作るのはとても難しい。そんな面からも、こういった場を提供してくれている主催者には感謝していた。でも、最低限守るべきルールが守られないのでは、気持ちよく参加することはできない。
最初の20分の間に入ってきたのは、4〜5人だったと思うのだけど、あまりに気になったので休憩時間に「モデルさんのポーズ中に入ってくるとは、失礼すぎないか?」と問いかけたのだけど、「すみませんでした」という答えがあったのは一人だけだった。20分の後にかならず休憩が入る。ポーズが終わるまで、廊下で待てば良いだけの話である。なぜ、それができないのか?そして、どうして主催者は、参加メンバーたちは、この礼儀知らずたちを許してしまうのか?理解に苦しむ。
かなり集中してクロッキーしていたのだけど、最後までもやもやした気持ちが少し残ってしまった。
平日だったということで、仕事帰りの方も多く時間に間に合わなかったらしいのだけど、それなら休憩時間まで待てばよい。
そして終盤、それ以上に頭にくる出来事が起こった。休憩時間はトイレに行ったり、廊下に出て身体を伸ばしたり、様々な過ごし方があるのだけど、ポーズ開始前には自分の場所に戻り備えるのが普通である。それなのに、ポーズが始まってから入ってくる若い女性がいたのである。1回だけならうっかりということもあるが、2回続けて同じことをしたのだ。悪びれる風もなく堂々と入ってきて、当然終わった後は皆に謝ることもしなかった。この時ばかりは、僕ももう何も言わなかった。
帰り際、主催者と少し話をしたのだけど、僕の対応は場の空気を乱すのでやめてほしいという趣旨のことを言われた。どういうことだ!?ポーズ中に入ってくる人間は場の空気を乱していないのか?誰にも迷惑かけていないのか?そんな人たちよりも、僕の方が迷惑だというのである。
「遅刻しない」。「ポーズ中に出入りしない」。たったこれだけのことを守れば良いだけなのに、それが出来ない人間が擁護される場など、こちらから願い下げである。残念ではあるが、この会には二度と参加しないだろう。
たくさんの人に集まってもらわないと、モデルさんへのギャラや会場代などがペイできないことは理解できる。だからといって礼儀もない人たちが許されるというのは次元が違う。今日は友人を誘って参加したのだけど、彼女ももう来たくないと言っていた。確実に二人のお客さんを失ったのである。
いい加減な気持ちでは絵を描くことはできない。こんなことを続けていると、いつまでたっても絵描きはいい加減だと思われてしまう。僕はそれが耐えられないのだ。

今日のお気に入りの一枚。10分ポーズ。鉛筆は2B。
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2006年07月03日
ヌードクロッキー
昨日は久しぶりにヌードクロッキー会に参加してきた。
スケッチブックの日付を見ると前回が1月25日。およそ半年ぶりである。ここのところの風邪の影響で体調も悪く、出かける直前まで行こうかどうしようか迷ったのだけど、いざアトリエにイーゼルを立ててモデルを目の前にすると、「パチン」とスイッチが入る。習慣とは恐ろしいもので、どんな状態でも集中できるようになっているようだ。おかげで描いている間にどんどん体調も良くなってきて、気持ちよく描くことができた。でも、終わったあとは、かなりの疲労感が残るのだけどね。ビールが美味いです。

カラーインクで色はSaddle Brown。つけペンで描いていく。紙のサイズは65x50cm(木炭紙大)。これぐらい大きいと、ゆったりのびのび描けて気持ちがいい。

こちらは少し小さくて、51.5x36.4cm(B3サイズ)。

クロッキーで大事なのは、単純に速く描くことではないが、速く対象を捉える必要がある。そして、人体を紙の中に良い構図で収める訓練にもなる。

高校で教える時も、必ずクロッキーをするのだけど(もちろん着衣のモデル)、どうしても消しゴムを使ってしまう生徒が多い。これは使うべきではない。自分が間違ったと思った線も残していかなくては、正しい線が描けたときに比較することができない。
定期的にクロッキー会に参加して、腕を錆び付かせないようにしていかなくては。
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順位上がりました。これからも応援、よろしくお願いします。
2006年06月02日
視点の違い
ちょっと昨日の話題の補足を。
同じモチーフを同じ部屋で、二人の画家が描いたとしても、まったく同じ構図になるはずがない。同じ場所から代わる代わるモチーフを見ながら描けば同じ構図になる可能性はあるが、それは現実的な方法ではないし、身長が違えば視点が変わってしまう。
仕事場にセットしてあった静物を撮影してみた。カメラを三脚で同じ高さにセットし、モチーフからおよそ同じ距離を保ちながら、左右に1mほど移動して撮影したものである。


モチーフから近い距離で撮影したということもあるが、1mずれただけで目の前の世界は一変してしまう。大の大人が、イーゼルにキャンバスをセットして画材を広げれば、お互いに最低でも2mぐらいの距離をおかねば描きにくいだろう。
この2枚の写真を見てもらえば、同じモチーフを描いたという言い訳が、どれほど陳腐なことか分かってもらえるだろうか。
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今晩は、久しぶりに楽しいお酒を飲んできました。まだまだ厳しい日々が続きます。応援よろしくお願いします。
2006年06月01日
盗作か、否か。
6月はからっと晴れた一日から始まった。こんな天気にはふさわしくないエントリーなのだけど、コメントでもちょっと触れたので、書いてみる。
広辞苑で「盗作」を引いてみると、「他人の作品の全部または一部を自分のものとして無断で使うこと。剽窃」とある。
今、ちまたで騒がれている日本人画家が、イタリア人画家の絵を盗作したとされている問題である。
ここで画像を並べることは、許可を得てからでないと出来ないし、無断で掲載することは著作権違反になってしまう。実際の原画を見た訳ではないし、仔細に画集などをチェックした訳ではないが、報道されている画像を見る限り、盗作どころか模写にすぎない。
もし、仮に同じモデルを使って、同じ空間で描いたとすれば、ビューポイントが変わってくるはずである。違う視点からの構図にならなくてはおかしい。人物のデフォルメまで同じに見えるので、影響を受けたとか、オマージュであるといったことでもないだろう。例えば、まったく同じ構図で、同じ人数の人物像であっても、まったく違うモデルを使ったり、空間をかえるだけで、新しい作品が生まれる可能性はあるし、それならオマージュであるとも言えるだろう。
今回のケースは、トレースしたようにぴたりと絵が一致してしまう。どう言い逃れをしようとも、模写であるとしか判断できない。贋作に近いと言えるだろうか。
自分の修練のために模写をすることはあるし、過去の巨匠の模写から、まったく新しい作品を作ることもできる。以前、ここで紹介したホルスト・ヤンセンにも、巨匠の模写から独自の作品を作り上げたものが何点もある。
僕自身は、あまり窮屈に考えて、なんでもかんでも盗作だといって、他者からの影響を排除することは反対であるが、今回のことはそんな次元の問題ではない。油絵を描くには、長い時間がかかる。しかも何点も描いている。制作している時間、彼の精神はどういった状態にあったのだろう。誰が見てもあきらかに分かる両者の絵の共通点。画家本人にとって、結果的にメリットのない行為に駆立てたものはなんだったのか。画商から課せられた、厳しいノルマだったのか。
この画家の正直な告白があれば、自分の弱さを省みることで、我々も学ぶところがあるかもしれない。
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2006年05月29日
来年の予定
先週の金曜日、非常勤講師を終えた後、車検から上がってきた車を取りに行き、自宅へ帰る途中に懇意にしてもらっている画廊へ立ち寄ってきた。過去にも一度、個展を開いているギャラリー間瀬である。時間があると時々、顔を見せてオーナーと四方山話をしてくるのだけど、静かな語り口にいつも心が和む。僕の仕事の中心は、ここ数年は古生物の復元画の制作で、展覧会を開くときも、復元画による個展ばかりであった。
僕はもともと復元画や恐竜に興味があったわけではなく、contemporary作品を制作することが中心であった。もちろん、作品がどんどん売れるわけではなく、フリーターをやりながら難しい時期を何年か過ごしていたのだけど、偶然「恐竜」に出会ったことから絵を生業にすることが可能になった。
しかし、今でもcontemporary作品は僕にとって重要な位置を占めている。だからといって、復元画をやめてしまいたいということではなく、どちらのジャンルも切っても切れない関係になっている。両方の制作をやっていないと、自分の中でバランスをとることが出来ない。今のように復元画を制作する時間が長く続くと、僕の中でバランスが取ることが出来なくなっていく。
また、僕の復元画以外の作品の発表を、心待ちにしてくれている人もいる。そこで来年、「個展をお願いできませんか」とオーナ−に話をしたのである。「いいよ」。即答であった。とても嬉しそうに「いいよ」と言われた一言が、僕はとても嬉しかった。
来年、おそらく個展を開くことになると思います。ちょっと先のことですが、記憶の片隅に置いておいてもらえると嬉しいです。まだ、正式に決まったわけではないですが、新作を制作していきます。
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順位へのこだわりがなくなってきました。応援よろしくお願いします。
2006年05月25日
ホルスト・ヤンセン Horst Janssen
実は昨日の夜、同じタイトルでほとんど書き上げていたのだけど、あることを検索しようとググってそのサイトへ飛んだ途端、なにかソフトのプラグインの問題だろうか、Safariが落ちてしまい書いた物が全て消えてしまった。しばし呆然。一昨日の夜から、どうにもデジタル機器が反抗期である。これは「MacBookを買え」という神の啓示なのか、僕の気持ちを知った既存機種の抵抗なのか。僕自身、機械に対してそんな幻想は抱かないのだけど、2日続けてはちょっとつらい。おかげで早く寝ることができなかった。
気を取り直して、日曜日の「ホルスト・ヤンセン展」の話。
日曜日は朝から天気もよく気持ちのよい日だった。朝から、代車マーチで妻と埼玉県立近代美術館まで出かける。美術館で僕の友人と待ち合わせて、3人での鑑賞。

この美術館は公園のなかにあり、休日ののどかな光景を見ながら建物まで歩いていく。なかなか雰囲気もよく、自然と気持ちも落ち着いてくる。この美術館は駅からも近く、都内からアクセスの良い美術館のひとつだろう。公園内にあるということで、駐車場がないことが難点か。市営の駐車場が10分ほど歩いたところにあり、少し離れているが、駐車料金も安く(1時間210円)それほど不便は感じない。

公園内の噴水が涼しい風を運んでくれる。
一緒にいった友人と僕は、美大を出ていて30代という共通項があり、そんな僕らにとってヤンセンはまさにアイドルだった。これまでもヤンセンは日本でも紹介されていて、画集もたくさん出ているが、重要な展覧会は80年代前半に集中している。その頃、僕はまだ中学生だったので、ヤンセンの「ヤ」の字もしらなかった。僕にとって初期の木版画や、鉛筆画は画集の中の存在でしかなかった。
とにかく画集や図録はよく見ていた。高校生、受験生の時は随分影響を受けて、たくさん真似て描いたものである。今でも持っているが、「みづゑ(1968年10月号)」とケストナー協会で開かれた1965年の個展の図録は、僕にとってバイブルといっても過言ではない。

ヤンセンの自画像を使った巨大なポスターが、僕らを迎えてくれる。
午前中に着いたこともあり、会場は空いていてゆったりと観ることができた。ほとんど貸し切りのような状態である。こうでなくては、きちんと作品と向き合うことができない。60年代の鉛筆画。ストロークのひとつひとつが、形を紡ぐように画面を埋め尽くしている。極めて精緻で抑制の効いたタッチ。凄まじい集中力で描かれていることがよくわかる。尖らせた鉛筆の芯の先に眼がついているように対象を捉えていく。
彼は身の回りのものをモチーフにする。人物も、動物も、植物も、物も。この時代のモチーフは、ほとんどが人物だが、それらは画面の中で歪められ、大きくディフォルメされているが、不快な印象はない。高校生のとき、画集でこの時代の作品を見て僕は衝撃を受け、大好きになったのだけど、あまりに近視眼的な描写にヤンセンは形を正確に描けないのではないかと思った覚えがある。しかし、それは間違いだった。
70年代後半から80年代にかけて、花のモチーフが増えてくる。これらは写実的で正確に描写されているのだけど非常にエロティックだ。鉛筆などの乾いた素材で描かれているにも関わらず、匂いたつエロティシズムがそこにあると感じさせる。植物にとって花は生殖器なのだから、そういった感想を持つことは自然なことだと思うが、ヤンセンの描く花はそれが際立っている。儚さと、性と生のもつエネルギーを、切り取られグラスにいけられた花から描出してみせる。美しい。
ほかにも書きたいことがあるのだけど、長くなるのでまた後日に。
残念だったのは図録がなかったこと。ひょっとしたらこの本「画狂人ホルスト・ヤンセン―北斎へのまなざし」をもとに、企画された展覧会だったのかもしれない。紹介されている作品がほぼ重なる。ヤンセンを俯瞰的に輪郭をとらえるなら良い本だと思う。ヤンセン自身が書いた「私自身について(自叙年譜)」は必見。彼の無軌道ぶり、複雑な人間性を垣間みることができる。
展覧会を観た後は、美術館に併設されたレストランで食事。最近の美術館、博物館のレストランは、非常に良くなっている。値段もリーズナブルで美味い。

写真は大好きなビールのひとつ、キリンのハートランド。帰りは妻に運転してもらうことで、グラスビールを頼んだ。ハートランドを置いてあると、ついつい飲みたくなってしまう。この瓶は、レストランが水を出すために使っていたもので、デザインもよく、陽光の中で緑が鮮やかで美しい。味も、瓶のデザインも、全て含めて大好きなのである。飲んだことのない人は、ぜひ試してみてください。
ヤンセンについては、また近いうちに。この展覧会、21日の日曜日が最終日だったのが残念。もっと早い段階で観に行って紹介するべきだった。ぜひ、都内で開催してほしい展覧会の一つである。また、観たい!そして欲しいなあ。
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2006年05月19日
MacBookを見てきた
今日は非常勤講師の日。
夕方、杉並区にあるガレージサンクへ車検に出す予定になっていたので、朝から車で出勤となった。雨ということもあり、渋滞が酷い。都内某所にも関わらず、2時間近くかかってしまった。遅刻しないかとひやひやしたが、無事、授業の10分前には到着。
今日はさらに車を出した後、大丸へ増刷りした版画を届けなくてはいけなかったので、なかなか慌ただしかった。版画も学校へ直接送ってもらい、エディションナンバーとサインをいれて納品。全て、滞りなく予定を消化することができた。
僕の車はルノールーテシアRSという、ちょっぴりスペシャルな車なのだけど、代車で借りてきたのが古い日産マーチ。これがとにかく遅い。それなりの年式だし、貸してもらっている車なのだけど、たとえこの車が新車だったとしてもそれほど変わりはないだろう。遅いというのは単純にスピードだけの問題ではなく、自分が意図したとおりに車が反応してくれないことにいらいらする。これは実に危険なことでもあって、とっさに危機を回避できないことにもつながる。さらに怖かったのは、ブレーキが効かないことである。効かないと書くと語弊があるが、ちゃんと止まることは止まるのだけど、自分が意図したタイミングで速度が落ちてくれない。少し遅れるのである。早め早めにブレーキをかけなくてはならず、いつもの運転のリズムを崩してあわせていく必要があり疲れる。
車屋から大丸へ移動する間に、少し時間があったので銀座のアップルストアに寄ってみた。もちろんMacBookを見るためである。 店に入るとスタッフがすぐに近づいてきて、MacBookを手渡してきて説明を始める。薄くて、持った感じはとてもよく、ワイドになったプロポーションはかっこ良く美しい。白いものは、従来のiBookと同じような質感で、後継機としての違和感がない。今回の最大の目的は、黒いほうを見ることだったのだけど、結論から言ってしまえば僕は白い方でOK。当然、白い奴のほうが強いはずだし、黒い方は3台集めないと威力を発揮しないし、という冗談は置いておいて、わざわざ高い金額を払って黒にすることはないなと思った。「まっくぶっくぷろ」という響きに対して「まっくぶっくくろ」は似ていて良いなあと、くだらないことも考えていたのだけど、つや消しのボディにべたべたと手の脂が残ってしまうのが気になる。いつも綺麗にしておこうと思うと、眼鏡のレンズを拭くように神経質になっていないと駄目だろう。その点、つるんとした白のほうが、気兼ねなく持ち歩ける。やはり白だな。後はタイミングだけ。
今、大丸ミュージアムではニキ・ド・サンファル展を開催していて、これがなかなか面白かった。巨大でふくよかな女性像を派手な色彩で着色した彫刻「ナナ」シリーズが有名で、見ればすぐに分かる人も多いと思う。僕も有名な作品のスタイルしか知らなかったのだけど、初期の作品から見ることができて興味深かった。22日月曜日までの開催なので、興味のある方は是非。
残っている小カットを数えたら、後28点。墨入れが終わっているのが24点で、まだ半分以上ある。明日のうちに決着をつけるつもり。
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2006年04月14日
藤田嗣治展
今日から、非常勤講師の新年度がスタート。毎週、金曜日は都内へ出かけることになる。
授業を終えた帰りに、東京国立近代美術館へ藤田嗣治展を見に行ってきた。金曜日は、午後8時まで開館しているため、比較的空いた状態でゆったりと観覧することができた。今回は珍しく、会期の前半に見に行くことが出来た。
作品は時系列で並べられている。東京芸大時代の自画像に始まり、パリへ渡って次第に人気作家へと上り詰めていく前半から、第二次大戦中、戦意高揚のための大作を描いた転換期を軸に、再びパリへ戻ってから晩年までの作品を展示した後半へとつながっていく。
前半の展示では、藤田がその独特の技法と、絵の世界を獲得していく過程がよくわかる。もちろん、最初から完成されていたわけではなく、試行錯誤を繰り返し、あの素晴らしい乳白色の画面に鋭く切り裂くように引かれた線と、柔らかな色彩が次第に表出してくる。
帰国後、戦争画を手がけるようになった藤田の画面は一変する。茶褐色に彩られたモノトーンの画面のなかから、血と汗がにじみ出てくるような緊迫した戦闘シーンが描かれている。戦意高揚のための絵画のはずなのに、そこからは戦争の愚かさと悲惨さを強く感じる。これらの大作で、藤田の筆は凄まじい冴えを見せる。卓越した描写力、戦争のあらゆる物を描き出そうとするかのような想像力、大画面に群衆を描ききる構想力。どれもが、見事にバランスしており、きわめて完成度の高い作品である。これらの作品を、藤田の最高傑作のひとつと呼んでも過言ではないだろう。
敗戦後、再びパリに渡り、フランス国籍を取得し、洗礼を受けた藤田。この時代の作品は、戦前のパリ時代に見られた、成功したいと切望する執念のようなものを感じない、優しく落ち着いた画面に見える。それでも筆の冴えは衰えることなく、数々の作品を描き上げていく。個人的には戦争画以降の作品のほうが好きであるし、充実しているように思う。
技術に裏付けられた表現からは、揺るぎない自信と、強固な完成度を感じる。見ていて、非常に心地よい。
その後、常設展を見たのだが、そのほとんどの作品から力強さを感じることはなかった。何点かの戦争画の展示もあったのだけど、技術、表現力、どちらも藤田には遠く及ばない凡作であった。
この展覧会は必見であると思うので、未見の方は是非、竹橋まで足を伸ばしてほしい。良い展覧会です。
帰りの千代田線で、再び「恐竜の科学展」の広告を発見。
黒バック仕様のポスター。そろそろ会期が迫ってきて、ちょっと焦ってます。
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2006年04月08日
打ち合わせ→死者の書→いもや
金曜日は午後から打ち合わせ。先日、お伝えした版画制作のために、登戸にある版画工房(小林美研)まで行ってきた。自分の原画とはいえ、持ち運びにはけっこう緊張する。普段、行きなれていないところに行くと、距離の感覚がつかめず登戸で降りるところを、ついつい乗り過ごしてしまった。本を読むのに集中していたのも原因である。
打ち合わせは1時間ほどで、無事終了。その後、神保町で妻と待ち合わせて、岩波ホールへ映画「死者の書」を見に行く。友人からmixiの日記を通じて教えてもらったのだけど、ぎりぎり最終日に間に合って良かった。いつもながら、最終日でのお知らせで申し訳ないのだけど、これは多くの人にぜひとも見てほしい作品だ。
折口信夫原作、川本喜八郎監督・脚本、桜映画社制作の人形アニメーションで、70分という長編。川本喜八郎といえば、NHKで放映していた人形劇「三国志」を覚えている方も多いと思うが、あのときの人形作家である。「三国志」は人形劇を映像収録するというスタイルであったが、今回の「死者の書」は一こまずつ撮っていく、アニメーションの手法で出来ている。
アクションは大きくないのだけど、衣擦れの音が聞こえてくるような、繊細な動きが随所に見られる。衣装の造型も見事で、人形の動きに合わせて、きちんと皺も動く。嵐の中を歩く表現は圧巻で、衣は濡れながらはためき、髪はみだれて後ろにたなびく。それらを一こまずつ、少しずつ動かして撮影したことを想像すると、気の遠くなるような作業量だ。そんなことを別にしても、とても美しい映像美の連続であった。
物語もとても興味深いものであったが、ここで語れるほどに咀嚼できたわけでなく、原作を読み、奈良時代の宗教を理解しなくては、深いところまでは堪能することが出来ないのかもしれない。
とにもかくにも、素晴らしい映画であったことは、確かである。
この映画を見る前に、ひとつハプニングがあって酷い目にあってしまった。チケットを買って、待ち合わせの時間まで時間をつぶそうとビルを出たところで、鳥の糞を頭から背中にかけて落とされてしまった。すぐにトイレに駆け込んで、とにかく洗面台で頭の汚れを水で流す。コートにも水をかけて流し落とした。
幸い今回、来ていたコートがBarbourというブランドのもので、オイルをしみ込ませ防水加工された生地で出来ており、水をかけるだけで全ての汚れを洗い流すことができた。

これからは、建物の壁のすぐそばは歩かないようにしよう。
夕飯は近くにある「いもや」で天丼。ひとつ500円なのだが、これがじつに美味い。神保町へ来たときには、一度食してみるのがおすすめです。他に同じ「いもや」で天ぷら定食の店と、トンカツの店があり、どちらも格安で美味い。

神保町の交差点から、白山通りを水道橋に向かって少し行ったところです。

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2006年03月20日
blog「絵本の仕事・実情と問題点」
僕の場合、専業の絵本作家というわけではないのだけど、出版と関わって仕事をしてきている。かねてから、絵本や挿絵の印税やギャラが低いと感じており、次のような問題提起をmixiで参加しているコミュニティにしてみた。
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「絵本の印税は安すぎないか?」
絵本の印税は、どうしてこんない安いのでしょうか。
小説であれば10%。
絵本の場合は、文章と絵の両方を描いても、8%、ときには7%。
絵と文章の印税の配分は1:1。
これが小説に挿絵などを描いた場合は、印税で受け取ると1%ぐらいとなります。
絵本を印刷するためにコストがかかったり、原価自体が大きいのかもしれませんが、絵を描く側の立場が考えられているとは思えません。
僕の仕事の中で経営的に判断するなら、絵本を一冊出版することは道楽ぐらいに考えないと、やっていられないのが現状であると思います。
原稿料プラス印税を手にするか、印税をもっとあげていくか、そういったことを考えていかないと、あまりに寂しい現状であると思うのですが、いかがでしょうか。
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今、とても活発に意見交換がされているのだけど、SNSという閉じた世界でのことでもあり、公開した状態で意見交換、情報交換ができるようにと、友人で絵本作家の田中清代さんがblog「絵本の仕事・実情と問題点」を作成してくれた。誰でも読めるし、コメントの書き込み、投稿も可能です。興味のある方は、是非、ご覧になってみてください。

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2006年03月17日
ボローニャ国際絵本原画展、今年も落選でした。
昨年10月に応募したボローニャ国際絵本原画展、今年も残念な結果でした。ネットで調べて、しばらく前にわかっていたのだけど、今日郵便で結果通知が来たのでお知らせです。
今回、出品したのは次の5点。

Cat Skull

Cat Head

Wolf Skull

Wolf Head

Skull & Head
当然、来年もチャレンジします(出品は今年中)。しつこく入選するまで、出し続ける予定。

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特に落ち込んでいる訳ではないのですが、応援よろしくお願いします。
2006年01月26日
ヌードクロッキー2
昨日の夜、mixiで知り合った画家、大河原愛さんの主催するクロッキー会に参加してきた。午後6時から9時までと遅い時間であったが、銀座の貸しアトリエでの開催ということで、家から比較的、行きやすい場所である。平日、仕事帰りに寄る方もいるらしい。
雑居ビルの中にある貸しアトリエは、美術予備校の雰囲気もあり、外の銀座の景色とはまったく異質な空間である。ここで、裸の女性を囲んでクロッキーするのだから、不思議な気分である。今回のモデルさんも、実にプロフェッショナルで雰囲気作りの上手い方だった。
昼間、家で仕事をしてから行ったので、手も良く動く。前回は朝からということもあって、なかなか身体が目が覚めるも時間がかかったのだけど、今回は最初から調子が良かった。

まずはBの鉛筆で。5分ポーズ。全体の流れをとらえ、構図に注意する。

水性ボールペンで。指先など、ディテールにも気を使いながら、形をとらえることに重点をおく。

今度は太い鉛筆で。光と陰のバランスで、量感を描くことを目標にした。
様々な素材を使うことで、紙が変わるごとに、違う課題を試していく。いつも同じパターン、同じ素材で描いてしまうと、描くことが惰性になってしまう。
この日のクロッキーは、合計22枚。もっと、もっと、巧くなりたい。

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2006年01月23日
ゲルハルト・リヒター展
昨日は佐倉の川村記念美術館まで、友人と車で出かける。雪で行けるかどうか、心配だったのだけど、前日の雪かきのおかげもあって無事行ってくることが出来た。22日が最終日だったので、この日を逃すともう見に行くことが出来ない。美術館のある佐倉市は、自宅の近くに比べると幾分、雪が深いように感じた。

この美術館には、何度も訪れているが雪景色は初めて。美しい。
ここは常設展も充実していて、20世紀美術を俯瞰できるような作品が揃っている。印象派、キュビズム、構成主義、抽象表現主義、シュールレアリスム・・・。20世紀美術ではないが、レンブラント、長谷川等伯(等伯を変換してくれなくて、ATOKにがっかり!)もコレクションしている。
リヒターの展覧会はこの美術館では二度目である。ただし、今回は回顧展であり、彼の多用な画風を揃えた充実したもの。全体の作品数が少ないため、もの足りない感じもするが、各時代の質の高い作品を見ることができた。時系列で展示してくれると、もう少し見やすいかなとも思ったのだけど、展示スペースを考えると、これがベストだったのだろうと思える。キャプションにも工夫がこらされており、床に設置された作品との境界を示す三角の木材に、作品のデータが書かれている。ニュートラルな壁面で、画面だけに集中することができる。意外と、壁のキャプションは鑑賞の邪魔になるものだと思う。ついつい作品のタイトルや、データを見てしまうことで、余計な考えが頭に浮かんでしまう。
リヒターの作品の多くは、額に入っていないため、直接画面を見ることが出来る。本当はもっと間近で見たかったのだけど、展示監視員の目が光っていて、神経質なほど注意をしていた。
彼の具象作品は、全て写真をベースに制作されている。単眼でとらえられた世界だ。そして、ピンもぼけている。ブラシストロークにとても気を使っており、的確で無駄なタッチがない。物質としての完成度の高さも素晴らしい。
大画面の抽象画が、思った以上に良かった。色彩とテクスチャーの氾濫が、様々なイメージを生み出し、長時間、眺めていても全然飽きない。また、全身を包み込んであまりある画面の大きさが、圧倒的な存在感を放っており、このサイズでなければならない必然がある。
「11枚のガラス板」は、本当に面白かった。まさにリヒターの具象絵画の再現である。作品の前にたつと、輪郭がぼやけて、存在が曖昧になった自分の姿と展示空間を見ることになる。刻々と変わる、ガラスの中のイメージが、時間の経過とともに揺らぎ続ける感覚は、新鮮でひょっとしたらリヒターに見えている世界なのかもしれない。

美術館を出た後の、風景。空が、リヒターの描く空の絵のようだった。グレーと雲の白の対比が美しかった。大変、満足した一日だったのだけど、さすがに風邪の影響で体調は最悪。
ミヒャエル・ゾーヴァの世界展
先週土曜日の雪で、風邪気味だったものが、本格的な風邪になってしまった模様。つらいです。
そんな体調ながら、土曜日は午後から六本木まで。SCBWI主催のランチに参加するため。12人ほどの集まりで、和やかな雰囲気のランチでした。
友人の絵本作家数名と、日本で外国人向けの図書館に勤める人たちが参加。SCBWIは子供向けの本のための組織なので、図書館でも日本の絵本に関する関心は非常に高いようである。一番、問題になっているのは、翻訳されている書籍が少ないこと。日本の出版社には、在日外国人のための翻訳本も出してほしいというこだった。
また、翻訳されたものでも、対象年齢にあわせた翻訳になっていないことが多く、アンバランスなことが多々あるらしい。これは、お互いにそういったケースがあるそうだ。
「ティラノサウルス」を通訳してもらいながら、プレゼンしたのだけど、恐竜は子供たちに人気があり、常に本は不足しているので、是非、翻訳本を出してほしいということだった。決して多くないとはいえ、確実に需要が見込める部分ではないだろうか。そのまま輸出することも出来るだろうし。
ランチの後、友人に誘われて銀座(松屋銀座8階大催場)で開催中の「ミヒャエル・ゾーヴァの世界展」を見に行く。全然、その名前を知らなかったのだけど、映画「アメリ」で彼女の部屋にかかっていた絵や、電気スタンドを制作した作家だった。大きな画面のものもあったが、多くは小品であった。精緻なタッチで、正確なデッサンで描かれた空間と、創造されたキャラクター-時にはサルモネラ菌まで!が、静謐な画面に、それでいて活き活きと描かれている。
全ての絵から、そこはかとないおかしさがこみ上げてくる。友人と画面を指さして笑いながら楽しんだ。なのに、会場は驚くほど静か。もっと笑いながら、お喋りしながら楽しんでもいいのに。
1月18日から23日までという短い会期。もう、今日までですね。
もっと大々的に、大きな会場でやるべきだと思うのだけど。充分、集客できるはず。
土曜日もかなりの混雑だった。
家に帰ってから、駐車場の雪かき。これをやっておかないと、日曜日に車を出すことが出来ない。いい汗かきました。

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2006年01月16日
アカデミアプラトニカ
日曜は、土曜日の荒れた天気から一転、気持ちの良い晴れ。
昼から妻と水戸へ出かける。気温も上がってきて、車での移動だと暑いぐらい。高速道路も空いていて、気持ちよく走れる。途中、寄ったサービスエリアで、フェラーリとランボルギーニを見る。フェラーリはテスタロッサ、ランボルギーニはネットで調べたところMurcielagoだろうか。

速い車は、後ろ姿が美しくないといけない。抜いていくばかりだから、他の車が見ることができるのは後ろ姿ばかり。ほんの一瞬ではあるが。だからこそ、リアに印象的なデザインが求められるのだろう。

どちらの車、走る姿、エンジンの音を聞けなかったのは残念。ランボルギーニはハンドル奥にパドルシフトが付いていたので、セミオートマチックだろう。実際は幅も、長さもかなりあると思うのだけど、デザインのせいかコンパクトに見える。

水戸芸術館に着くと、ちょうどパイプオルガンの演奏が始まるところだったので、展示を見る前に少し演奏を聴くことにする。パイプオルガンを演奏する姿は、ダイナミックな動きが多く、見ていて楽しい。演奏者は小柄な方だったが、身体を精一杯使って、迫力ある音を聞かせてくれたどんな楽器でも、生音はやはりいい。企画展「われらの時代」を見る。立体作品に面白いものが多かったのだけど、平面作品が全体に低調だった。
その後、那珂町のアカデミアプラトニカへ。ここでは僕も過去に、数回のグループ展と個展を企画してもらっている。この日は「にしよしみ展」のオープニングパーティー。にしさんとは、このギャラリーを通じて知り合った。彼女は、やわらかで色彩豊かな世界を描き出す。
ここのオープニングパーティーはスタッフの皆さんのおいしい食事と、楽しい雰囲気を味わうことが出来る。オーナーと話をするのも久しぶりで、友人たちとも大いに盛り上がった。腹が痛くなるほど笑ったのは久しぶり。
充実した休日で、とても楽しいひとときでした。

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2006年01月14日
ヌードクロッキー
今日は朝から、ヌードクロッキーに出かける。クロッキーとは、短時間で描くデッサンのことで、主に人体を描く訓練になる。
プロのモデルを描くのは、もう10年ぶりぐらいだ。人体を描くことは難しい。絵を描く全ての要素を含んでいるとも言える。人間の身体は形態が複雑で、様々な運動機能を備えている。
今回のモデルは非常に優秀な方で、ポーズのバリエーションも多く、ほとんど動くことなく時間内キープしてくれる。また、ポーズが不自然だったりすると、途中で疲れてきて重心がどんどん移動してしまったりということがある。

最初に20分ポーズ。クロッキーとしてはかなり長い時間なので、じっくり描くことができる。セピアのカラーインクにつけペン。紙のサイズは65x50cm。

こちらの4点は5分ポーズ。今の僕にはちょっと短い。まだまだ手が素早く動かない。7分はほしいところ。
今日は、2時間30分で19ポーズ。ヌードクロッキーは、これからも時々続けていこうと思う。
来週から水口さんのファンタジー小説の配信が始まるのだけど、その挿絵の制作のためにもクロッキーで訓練しておく必要があった。
人体を描くのは、本当に奥が深い。まだまだ未熟である。

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2006年01月11日
井上直久<星をかった日>原画展
今日も9日の話。六本木を出た後に、表参道へ向かう。
南青山のPinpoint Galleryで開催される、井上直久<星をかった日>原画展のオープニングパーティーに参加するためである。
実は年末に突然、井上さんからメールをいただき、是非お会いしたいと思い出かけていったのである。それまで井上直久さんの名前を全然知らなかったのだけど、スタジオジブリ作品「耳をすませば」で、主人公の雫が描く小説世界の背景画を制作した方だということを知り、驚いてしまった。
今回の出品作も、ジブリ美術館で上映されている短編映画「星をかった日」の原作となったものである。
オープニングパーティーは大変にぎわっていて、井上さんの優しさあふれる雰囲気が場を和やかにしていた。作品世界もそんな人柄を反映するように柔らかい。井上さんとは、慌ただしい時間の中、随分時間を割いていただき、いろいろな話をすることができた。また、是非お会いしたい方である。(今年中に何度か会うことになりそうです)
展覧会は今月21日まで開催。会期中は無休。(ただし井上さんは、関西在住なため会場には詰めていないということです)
昨日は、出版社と打ち合わせ。これまで進めてきた絵本の企画とは違う出版社の仕事で、これはすぐに始めなくてはいけない。今年の夏の恐竜展にあわせた出版が多いので、これからどんどん制作期間が重なってきそうだ。
今のうちにしっかり準備しておこう。今日は引き続き、指示書の制作である。論文を調べながらなので、なかなか進まない。図面から立体をとらえてもらわなくてはいけないので、頭の中でも立体を構築しながらの作業である。完全にちかい形で発見されている標本ならよいのだが、なかなかそうはいかない。明日には完成できるかな。

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2006年01月10日
杉本博司ー時間の終わりー展(続き)
昨日の続きを少し。
杉本博司のシリーズに「ジオラマ」がある。
これはニューヨーク自然史博物館にある、古生物などの生態を復元したジオラマ展示を撮影したものである。彼はこれらの展示を最初に見たとき、とても陳腐でリアリティのないものだと感じたらしい。ジオラマは剥製や復元モデルが、書き割りに描かれた背景の前に設置されている。三次元で作られた模型と、二次元で描かれた背景画が同居している、きわめて不可思議な存在だ。そんな時、片眼で展示を見たところ、にわかにリアリティが出てきたということが、キャプションに書かれていた。
そう、片眼でみることと、カメラで撮影することは同義である。カメラの世界も単眼で見た世界だ。写真になることで、新しい世界と空間が創出することになる。
肖像写真のシリーズがある。しかし、実はそれらは全て蝋人形を撮影したもの。見ている時に、写された対象に生気を感じなかったので、すこし混乱があったのだけど、後でキャプションを読んで納得することができた。一瞬、シンディ・シャーマンや森村泰正を想起させたのだが、「違う」という警告がしばらく頭の中に鳴り響いた。生きた人間のコスチュームプレイではない冷たさが、印画紙に定着されることで、生きた人間を写したように見えてくる瞬間があったのも事実だ。
昭和天皇の肖像写真-実際は蝋人形を撮影した物だが、静謐な中に凛とした強さを感じる。
図録を購入したかったのだけど、日本語版は売り切れであったため、バックオーダーで後日配送してもらうことにした。
二日続けての記事で、ちょっと長くなってしまった。
それほどに多くのヒントと、刺激に満ちた展覧会であったと思う。最終日に、無理をしてでも見に行って正解であった。

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投稿者 corvo : 22:20 | コメント (5) | トラックバック (0)
2006年01月09日
杉本博司ー時間の終わりー展
今日は午後から、六本木の森美術館へ。最終日である「杉本博司ー時間の終わりー展」を見に行くためである。
天気も良く、暖かな日。祝日であるためか、チケット売り場前から混雑している。まさかチケット買うまでに、並ぶことになるとは思わなかった。行列する通路が建物の中とはいえ、外気とのしきりがないため寒い。といっても、15分ほど待っただけでチケットを買うことができた。
一番、心配していた会場の混雑もなく、ゆっくりじっくり作品と対峙することができた。
最初の展示室、白く巨大な直方体の柱(壁)が、林立している。展示空間の入り口からは、作品の画面を見ることは出来ない。すべての画面が柱の裏がわに設置してある。ひとつひとつの作品は、シルバーゼラチンプリントを額装したもの。印画紙に定着された光の芸術、写真である。額から印画紙、作品のキャプションに至るまで、徹底した美意識で作られている。僕は多少、写真も撮るのだけど、デジタルでなく印画紙に保存された光の美しさに、いつも圧倒されてしまう。僕の手で描くことは不可能な領域だと、絶望させられるほどの美しさと強さがそこにある。
写真の有利な点のひとつに、画面の大きさをある程度、自由に設定できることがある。撮影されたフィルムの大きさによって、引き延ばすことができる限界はあるが、小さい物を撮っても、大きなものを撮っても、または空間であっても、自在に画面の大きさを変更することができる。これが、絵画の場合だと出来ない。最初に設定した画面の大きさ、肉体の限界など、物理的、身体性に関わる制約をどうしても受けてしまう。デジタル絵画であれば、この制約を取り払うことができるが、従来の絵画の持つ身体性を失ってしまうことになる。
この展示を見る限り、インスタレーションなどという表現形式は、吹き飛んでしまう。これが真のインスタレーションだろう。ひとつひとつの作品が美しく独立して、さらに大きな空間を形成する単位として機能している。展示するとき、杉本博司は、必ず展示空間の設計(もちろん既存の空間の制約の中で)まで自ら行うという。僕は、今日、彼の徹底的に磨かれた美意識の中に浸りきることが出来たのだ。これは最高に幸せなことであり、最も悔しい瞬間である。
彼は、僕など比べようもないほどのキャリアを積み上げてきた作家ではあるが、作品を作っている以上、それが世の中に出てしまった時には、全ての物が同列に評価されなくてはいけない。同時代に生きる人間の作った、圧倒的に美しい物を目にすることは、敗北感に苛まれる瞬間でもある。これは正直なところだ。しかし、負け続けるわけにはいかない。美しいものを作りたい、見たいという欲求は人間にとって自然なことなのだと実感する。
水平線を撮り続けている作品のシリーズ。展示室には能舞台が設置してある。会場に鳴り続ける高周波の音が、少し僕には辛い。でも、その音がひとたび鳴りやみ、しばしの静寂が訪れたとき、不思議な感覚を味わった。今まで高い音に引っ張り上げられていたような感覚が、すっと脱力したように心地よく落ち着く。そして、ふたたび音が鳴り始めると、少しの不快感とともに緊張感が増してきて、画面に向かう感覚が変化してくる。能舞台の檜の香りもあいまって、静かな中にも心をざわつかせる不思議な体験であった。
彼のインタビューをまとめた映像を、会場で流していたのだけど、その中で「写真」は「化石」であるという話をしていた。写真は時間の瞬間を切り取り定着させる。化石はその生物の時間がとまり、定着した状態である。だから同じ物なのだと。これには目の覚める思いであった。僕の中に別の視点を開けてくれたように思う。
これまで、僕は化石から生きた姿を復元することを試行錯誤してきたわけだが、それは、化石となってしまった生物を、我々の時間の中に蘇らせるような感覚であった。しかし、本質的には、その化石の時間を巻き戻していくことが復元なのだ。僕は、そのことをあまりに軽視し、忘れてしまっていたかもしれない。また、杉本博司は「化石」をいくつか、大切にコレクションしている。過去の生命に対する敬意を忘れてはいけないのだと。さらに彼はその保管庫を「神棚」として、手を合わせるのだと語っていた。
今日が最終日で、もう見ることは出来ない展示ではあるが、大変満足した展覧会であった。ここでお薦めと書けないのが残念。おしむらくはこの美術館が、六本木にさえなければ、ヒルズタワーの中にさえなければ、とついつい思ってしまう。
僕はどうも六本木が苦手なのである。

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2005年12月24日
シュテファン・バルケンホール展
今日も寒い。
昼間から夜まで出かけていたのだけど、日中と夜間でそれほど温度差を感じなかった。それぐらい昼間を寒いと感じていたのだろうか。雲一つなく晴れ渡って日差しがあったにも関わらず、身を切るように冷たい空気であった。昨日の予告通り、昼から平山さんのところへ打ち合わせに。これまた予告通り、打ち合わせ以外の話題で大いに盛り上がった。 予告通りでなかったのは、目的以外の話題が半分どころか8割ぐらいであったことだろう。
夕方、初台のオペラシティアートギャラリーへ、シュテファン・バルケンホール展を見に行く。
ざっくりとした荒々しいタッチの彫刻と平面作品(純粋には平面ではないが)。巨大な丸太から掘り出される、人物や動物の彫刻は30cmあまりの大きさしかない。丸太の部分はそのまま台座になっている。そのポーズはただ立っているか、少し重心をずらして佇んでいるだけであるが、天井の高い大きな展示空間の中で大きな存在感をはなっている。
平面の作品は、厚いベニヤ板にレリーフして着色した風景をモチーフにしたものだ。描かれているものはなんてことはない、旅行先の売店にある絵はがきのようだ。しかし、削り取られ立体感を持った描線は、非常に強い力を持っている。平面作品を鑑賞する場合、正面からずれてしまうと絵画空間がゆがんで見えてしまうが、彼の平面レリーフ作品は斜めからでも絵画空間を維持する強度を持っているように感じた。これは、僕にとって新しい発見であった。ヨーロッパでギリシャ彫刻のレリーフを見たときには感じなかったのに、バルケンホールの作品にはそんな印象を持った。技術的にははるかに拙いのにである。一つは絵画的に着色されていることが原因かもしれない。
彼の作品は木材を素材にしているが、表面は仕上げられておらず、ささくれた木くずがそのままに残されている。これでは輸送のときに、ばらばらと落ちてしまうだろう。気になったのでスタッフに聞いてみると、かなりの量が展示設営の段階で落ちてきたらしいが、作家は気にすることもなく鷹揚と構えていたということである。彼の作品は移動するたびに、微妙にそのテクスチャーを変化させていっているのかもしれない。

写真は、バルケンホール展の入場券。遊び心があって、とても楽しい。早速仕事場に飾ってみた。
収蔵品展は相笠昌義展を開催していた。これが予想以上に良い作品であった。無個性にデフォルメされた無機質な群像と、乾いた油絵のタッチがバルケンホールの作品と響いて見える。意図的なキュレーションなのか、思った以上に楽しむことができた。
今回もぎりぎりの紹介で申し訳ないのだけど、会期は明日25日までである。

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2005年12月23日
ハエトリグモ
相変わらず寒さが厳しい。子供の時からものすごい寒がりで、冬が人一倍きらいだったのだけど、年齢を重ねるごとに冬の寒さに耐えられるようになってきた。温暖化しているせいではないと思うのだけど、からっと晴れた空ときりっとした空気が心地よい。地下のアジトもアラジン一台で19度をキープ。経済的である。
今日はハエトリグモを制作。これも掲載前なので、部分の画像を紹介。ロットリングの0.2mmを使用。

ハエトリグモは室内に入ってきたハエを捕らえてくれる益虫である。子供の時には、よく実家でアシタカグモを見つけたが、彼らはゴキブリを食べてくれる益虫ということで大切な同居人であった。
なので蜘蛛はそのままいてもらうのがよい。最近、日本に入ってくるようになった毒のある外来蜘蛛は問題だけど、むやみに忌み嫌って殺すことはない。

TACHIKOMAはハエトリグモをモデルに設計されているのだろう。動きもよく似ている。
今日もさらにダミー本を詰めていく。かなりいいところまで来た。明日は監修を引き受けてもらう予定の、平山さんのところへ行って打ち合わせである。でも、半分以上は他の話題になってしまうに違いない。

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2005年12月21日
ダミー本、さらに改訂
昨日、編集者と話し合った結果、ダミー本を改訂することになった。
今日、さらに電話とメール、ファックスを使って打ち合わせ。
テキスト原稿をもう一度練り直すことと、ページの台割りが変わるため構成も変更することになった。でも、これらは改良なので、確実に良い方向に向かっている。相当に面白くダイナミックなものになりそうである。
とにかく今は企画を通すことに集中。ダミー本のためのスケッチにも力が入る。
夕方から、別件のため都内で打ち合わせ。これは他の出版社の企画である。これも僕の方からダミー本を作り、企画を通さなくてはいけないのだが、面白い絵本になりそう。
これらの企画がうまく通ると、来年3冊の絵本を出版することになる。かなりハードではあるけども、とても楽しみな内容ばかりである。

ラフスケッチの途中。相変わらず資料に囲まれて作業している。

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2005年12月20日
絵本「ティラノサウルス」が・・・!?
今日、出版社から連絡があり、拙著「ティラノサウルス」が社会保障審議会推薦文化財に決定したということである。
なんだか、とても稀少なことらしいのだが、売り上げにはまったく影響しないということ。社会的にもほとんど認知されていないのではないだろうか。喜ばしいこと・・・ですね。あまりピンとこないのだけど。
のびのびになっているサイトの更新、今急ピッチで進めています。これ以上、お待たせすると狼少年になってしまう。
ただいま原稿執筆中。

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2005年12月19日
サソリーイラスト
今日は、以前お知らせしたサソリのイラストを描く。
掲載前のものなので、全体をお見せすることは出来ない。そこで一部を紹介。

ロットリングで線描を描いてから、透明水彩で彩色している。
普段脊椎動物の復元が多いため、現生のサソリではあるが時々描く無脊椎動物が楽しい。
かつてのサソリは海の中に生息していた。その名もウミサソリである。大きなものは2mもあった。水中に生息し重力の影響を受けなかったために、大きくなることができたのだろう。決して出会いたくない生物のひとつである。
「古生代ー節足動物」

今、ヤフオクでちょこちょこと部品を集めながら、自転車を組み立てている。ここ10年以上自転車から離れていたのだが、部品の規格が大きく変わっていて驚く。一から勉強し直し。今のところ、写真のようなところまで出来てきた。まだ、揃わない部品があるため、走れるようになるのは来年になってからだろう。
今日はさらに年賀状の原画を制作。ここ最近はずっとプリントゴッコで制作している。いつもは大晦日頃に刷って正月に出すという、不届き千万なことをしていたので、今回はちゃんと年内に出すつもりである。

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2005年12月16日
ラフスケッチ
今日は一日、絵本のためのラフスケッチを続ける。
昨日の取材の成果を活かしての制作。例のごとく、内容にふれられないのだけど、画像を見るとものすごく勘の良い人は分かるかも。非常に面白い内容であるのは間違いないと確信している。

カバ。描いてみるとかっこいい。

カバときて、イノシシ、ラクダ、キリン、ウシ。全て偶蹄目である。草食獣はおとなしく、肉食獣は凶暴であるという擬人化されたイメージが定着しているが、まったくおかしな話である。カバは同じ生息域にいるクロコダイルよりはるかに凶暴な猛獣であり、キリンはその前脚でライオンを蹴り殺すらしい。
古生物、現生の動物にかかわらず、擬人化されたイメージは大きな危険をはらんでいる。冷静に謙虚に自然を見つめていくべきである。

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2005年12月14日
お結び展
今日は、午後から突然の打ち合わせが入ったため、都内へ出かけることとなった。
ちょうど「お結び展」も今日からオープンだったので、夕方会場へ顔を出してきた。なかなかにぎやかな展示である。

会場は1階と2階とに分かれており、2階の会場は絵画を中心に展示されている。この写真は2階の会場で、僕の作品もこちらに全て展示されている。新作と楽天ショップ出品中の作品を会わせて、全部で11点。右下のハマーはおまけ。さすがに迫力のある巨体である。しかし、せまい神田小川町の街に路駐は迷惑以外の何ものでもない。しかも交差点の近くである。センスのない路駐は嫌いだ。

こちらは1階の会場。陶器など工芸品が主体の展示。
17日土曜日は16時から会場に詰めているので、お時間のある方是非お出かけ下さい。この日はギャラリー20周年記念パーティーも開催されます。こちらも一般の方の参加もオーケーです。

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お結び展ー開催
今日(まだ深夜ではあるが)14日から「お結び展」開催です。
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2005年12月14日(水)〜22日(木)18日(日)休廊 AM11:00〜PM7:00(最終日PM5:00終了)
世界観ギャラリー(ギャラリー間瀬内)
千代田区神田小川町3-28-13 電話:03-3293-6334
17日(土)PM4:00からパーティーが開催されます。僕も出席しますので、興味のある方気軽にご参加ください。
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新作4点、無事に搬入してきました。

師走ではありますが時間のある方、近くまで出かけられる方、ご覧になっていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

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2005年12月13日
スクラッチボード
スクラッチボードによる制作を試してみた。幼稚園か小学校ぐらいの時、紙に黒いクレヨンを塗りたくって、ニードルのようなもので引っ掻いて描いた記憶がある。原理としては全く同じ物である。市販されているスクラッチボードは、あらかじめ黒い塗料が塗布してあり、アートナイフなどを使ってイメージを削りだしていく。
このスクラッチボードも日本での入手が難しく、アメリカの画材店から個人輸入して手に入れた。日本の画材屋はアマチュアに売れるものばかり扱うので、プロ用のものがどんどん減っていっているように感じる。

黒い長方形のものがスクラッチボード。まさに漆黒である。横にあるのはニードルと、アートナイフ。

アートナイフで削っていく。鉛筆などの描写と違って、明るく光りがあたっている部分を描写していく。主にアートナイフを使用するが、刃先の角度を変えることで描線の太さをコントロールすることができる。なかなか楽しい。
僕は銀筆やスクラッチボードのように、やり直しがきかない素材が好きである。後戻り出来ない緊張感が嬉しい。マゾかもね。多分。

完成したもの。白い部分に透明水彩で着色している。かなり幅の広い表現が可能だ。大きさは105x150mm。

ディテール。削った白い部分と着色した部分の違いが分かってもらえると思う。

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お結び展-出品作
お結び展に出品のための新作4点が完成。明日、搬入である。
1点は先週、blogの記事で紹介した銀筆で制作したもの。
展覧会の前から出品作を紹介してしまおうと思う。今回のグループ展は小品が中心とはいえ、出品者が70名を超える展覧会である。会場で作品を見つけてもらうことも、なかなか大変なことかもしれない。
そこで、もしご来場いただけるなら、ここで見た画像を目指して探してもらえればと思う。展示するときは額装もするので、まったく違った見え方をするだろう。ここで画像を紹介してしまったからといって、会場で作品の魅力が落ちてしまうことはないと考えている(そうあってほしいという希望もこめて)。

猫工房でもおなじみ、黒猫のポーである。アルシュ紙にチャコールペンシルと透明水彩。白い部分は、紙の白を残して生かしながら制作している。大きさは150x105mm。

そして、こちらが猫工房の主役、三毛猫のちょび。こちらは銀筆用紙に銀筆と透明水彩、アクリル絵の具。大きさは150x105mm。
もう1点は新しい技法を試したので、次の記事で紹介したいと思う。

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2005年12月12日
インチキ日本画!?
先日の記事で「インチキ日本画など見たくない。」と書いたところ、美術教育問題で知り合った尻別川の畔よりの依田昌也さんが、歯切れの良いコメントとともにblogの記事で紹介してくれた。
日本画の材料は岩絵の具、膠、墨などである。僕が「インチキだ」と書いたのは、最近膠の代わりにアクリルのメディウムを使う技法が増えているからだ。膠は獣や魚の骨、皮、腱などを煮て作るゼラチンを主成分とした材料である。普通、固形の状態で入手出来るのだが、これを湯煎で溶かして使用する。天然の素材で出来ているため、液体の状態では腐りやすく管理に気を使う材料でもある。
一方、アクリルのメディウムは化学的に作られたアクリル樹脂を主成分としている。アクリルは強く安定しているため絵の具のメディウムや、アクリルガラスとして広く普及している。
しかし、僕はこのアクリル絵の具が嫌いである。乾燥の速さなどから普段よく使うのだけど、油彩に比べるとどうにも発色が良くない。これは膠の代わりにアクリル樹脂を使った場合も同様である。市販されているアクリルのメディウムを見ると、どろっとした白濁した液体である。乾燥すると多少透明度は増すが、膠や油彩のメディウムの比ではない。また乾燥したときのぶよぶよとしたビニールのような質感が、好きになれないのである。
膠を使って固定された岩絵の具は素晴らしい発色を見せる。膠の澄んだ透明度と相まって、岩絵の具の一粒一粒が言葉を語るように画面に定着する。これがアクリル樹脂を使うと、鈍くなってしまうのである。
昨日、川端龍子を鑑賞して、伝統的な画材を正しい技法で使用することの意義を実感した。
そもそも「日本画」という呼称もかなりおかしなものである。これまでも多く指摘されてきたことであるが、「油彩」に対してならば「膠彩」とか「膠絵」という呼び方が正しいだろう。「西洋画」に対してなら「東洋画」であると思う。「日本画」と呼ばれているものは、決して日本だけに独自に発展した技法ではない。「中国画」「インド画」「アメリカ画」「ドイツ画」「フランス画」などという呼び方をしないことから言っても、そうとうに特異な存在であるといえるだろう。
僕は「日本画」を貶めようと考えているのではない。僕は岩絵の具を使用した技法や、岩絵の具や水墨で描かれた絵画が大好きである。だからこそ、今一度整理して美術上の立ち位置を明確にしてはどうかと思うのである。
伝統的な画材の正しい技法と書いたが、以前見たドキュメンタリーの中で加山又造氏が面白い描き方をしていた。
天井に飾る巨大な雲竜図を描く様子を追った番組である。番組中、彼が墨の説明をするのだけど、それらは厳選された入手も困難な高価な墨ばかりである。硯もそれにあった質のものでなくてはならない。そうして擦った墨汁をおもむろに、工業用エアブラシのガンに容れて、墨を吹き始めたのである。これはけっこう痛快であった。
「この墨は大変高価で貴重な物です。色味も重要です。」と語った側から、工業用ガンで噴いてしまう自由さ、軽やかさに驚くと共に嬉しくなってしまった。
伝統を知り、敬意を払った上で、今を考えることの重要性を痛感するのである。

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2005年12月11日
川端龍子展
今日は昼前から、妻と江戸東京博物館へ出かける。企画展「川端龍子展」を見るためである。残念ながら今日が最終日であった。
車で出かけたのだけど、日曜日だというのにものすごい渋滞。師走だからだろうか。平日のほうがよほどましだ。
最終日で日曜日ということもあり、かなりの混雑を覚悟していたのだけど、拍子抜けするほど空いている。
前回の「北斎展」の混雑に比べれば天国である。やはり絵はゆっくりと見たい。
川端龍子はこれまで実際の作品を見たことがなく、横山操の師であったという程度の予備知識しかなかったのだが、作品の数々は、予想以上に素晴らしかった。毎秋「青龍社展」へ出すために制作していた、横7.2m縦2.4mの大作を始めとして大画面が会場を飾る。圧倒的な質量で迫ってくるが、清潔感のある美しい画面だ。
岩絵の具の質感も美しい。岩絵の具で描くことは、まさに宝石を画面に定着させるようなものである。油絵の具やアクリル絵の具ではこうはいかない。油やアクリルでは描写することで、空間や質感を作り出す必要があるのだが、岩絵の具の持つ質感はそれだけで存在感を獲得してしまう。逆に、岩絵の具は油絵のような空間や立体感を描くことには向いていない。龍子の描く画面は、岩絵の具の魅力を余すことなく使い切っている。
岩絵の具を使う以上、こうあってほしい。アクリルのメディウムで岩絵の具を溶いた、インチキ日本画など見たくもない。
大画面の作品を見ていると、僕も大作を描きたくなってきた。ここのところ小さい作品の制作が続いているため、思いっきり身体を動かして描きたい衝動にかられる。来年は大作を描くことを、目標の一つにしよう。

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2005年12月09日
トリトン航海記ー水口博也著

以前から予告していたファンタジー小説について、ようやく告知できることとなりました。
クジラやイルカなどの海洋写真で著名な水口博也氏が描く、海洋ファンタジー小説です。これまでも、水口さんの小説「リトルオルカ」で挿絵を担当しました。今回が二度目のコラボレーションです。
この「トリトン航海記」はインターネットで配信という方法をとります。
以下は水口さんのサイトから、配信開始のお知らせの引用です。
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水口博也の書き下ろし海洋冒険ファンタジー「トリトン航海記」がネットで配信されます。今回配信されますのは、シリーズ第1作「消えた酸素石」です。
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海中に暮らすトリトン族の村で、村人たちの命の綱である酸素石が消えはじめた・・・。新たな鉱脈をさがすために旅だった少年ウータが旅先で出会う謎の人びとと、そこからはじまる新たな冒険。
原稿用紙500枚におよぶ渾身の書き下ろし。クジラやイルカも登場して、子どもから大人まで楽しめる壮大な海の冒険物語です。毎回、画家・小田隆さんの精緻な挿画が、読者をより深い海中の世界へ誘います。
配信開始:2006年1月17日(金)
以降毎週火曜日と金曜日
配信回数:40回
購読料金:1680円(消費税を含む)
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水口さんのサイトはこちらです。
ご購読についてのお問い合わせはこちらです。
ご購読の申し込みはこちらです。
まだ、準備中なのですが、挿絵のメイキングブログを公開予定です。イメージを作り上げていく過程を、水口さんとのやりとりを交えながら見せていきます。コメントの書き込みも可能ですので、読者の皆様からのご意見ご感想も大歓迎です。

ロゴの入っていない状態のカバーイラストです。

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銀筆ーsilver point
「お結び展」のための作品が一点完成。
しばらくぶりに銀筆での制作。銀筆とは鉛筆が発明される前に一般的であった描画道具である。黒鉛の芯のかわりに、純銀の芯を使うと思ってもらえればよい。ルネッサンスの時代、多くの芸術家が銀筆によるデッサンを残している。
鉛筆と違うのは、下地を塗った支持体を必要とすることだ。どんな紙や板にも描けるわけではない。
アクリル絵の具のジェッソや、炭酸カルシウムを基調とした白亜地などが適している。皆さんは銀の指輪をしていて、漆喰の壁に手をついたり触れた時に、黒く線が残ったりした経験はないだろうか。銀筆で描くことと同じ原理である。
僕は専用の用紙をイタリアのゼッキから個人輸入している。銀筆もここで手に入るのだけど、銀線と呼ばれる純銀製の針金を貴金属屋から入手してもよい。これをステッドラーの芯ホルダーに入れて使用している。
銀は柔らかく、描画していると先が丸くなってくる。そこで先をとがらせるために紙ヤスリや、オイルストーンを使って先端をとがらせる。
銀筆の魅力のひとつは、鉛筆では描けないほど細い線が引けることだ。常にとがらせておけば、微細な線描を重ねることができる。鉛筆と違い黒鉛の粉でこすれることがないので、極めてシャープな描写が可能だ。ただし、消しゴムで消して修正することはできない。描写は全て一発勝負である。どうしても消したい場合は、下地ごと紙ヤスリで削り取るしかない。

モチーフは人の頭蓋骨。セッティングしたところ。クリーム色のものが、銀筆用紙。

これは線香花火を遊んでいるところではなく、硫黄水を作っている。銀は硫黄に触れると、黒く変化するため硫黄水を使って、描線に変化をつけることができる。これは日本画のテクニックでもあり、銀箔に表情をつけるときに使うらしい。「焼く」と呼ばれる技法である。

面相筆を使って、描線を焼いているところ。陰影を意識しながら、変化をつけている。

完成した画面。サイズは150x105mmの小品。素材は他にアクリル、透明水彩を使用している。

ディテール。

もうひとつディテール。歯の部分をアクリルと透明水彩で描いている。
銀筆はさらに時間を経るごとに、味わいを増していく。好きな素材のひとつだ。

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2005年12月08日
ダミー本完成
今日の昼過ぎにダミー本完成。
ダミー本とは絵本が出来た時をイメージしやすくするため、ラフスケッチに文章を入れたコピーを、簡単に製本したものである。早速、編集部と監修者へ郵送。
これがあると、ぐっと現実味がわいてくる。前回の「ティラノサウルス」では、3回ぐらい改訂を繰り返した。このダミー本の出来に、企画が通るかどうかがかかっている。

これが製本中のダミー本。簡単な造りとはいえ、わざわざ製本テープを使用している。この段階で明確なイメージがあればあるほど、ここから先の絵本作りがスムーズに進む。
今日は、これから「お結び展」の新作制作。夜はまだまだ長い。

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ラフスケッチ完成
昨晩、遅くまで次回絵本の文章に手をいれていたため、遅い朝。
ラフスケッチも完成。一度出したダミー本に、編集者から駄目だしをしてもらい、半分を描き直す。前半の文章も大幅に変更し、編集者のアイデアも盛り込む。着実に良い方向に向かっている。
今日はダミー本に製本する作業と、編集者へと監修者への発送作業である。
信頼できる編集者との仕事は楽しい。アイデアとサジェスチョンが有機的に絡み合い、加える部分、削る部分が明確に見えてくる。
残念ながら内容については、ほとんどお知らせすることができない。前作のスタイルを踏襲しつつ、かなり違ったものになると思う。機能形態の側面から、恐竜をとらえてみたい。

この季節、朝仕事場には斜めに光が入る。床に映るアラジンの影。

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2005年12月07日
お結び展
「お結び展」とは、日本各地のお結び(おにぎり)を持ち寄り、郷土の味に舌鼓を打ちながら語り明かすことを目的とした展覧会です。そして、作品のテーマは全て「おにぎり」。嘘です。
日頃、お世話になっているギャラリー間瀬さんの主催するグループ展が「お結び展」である。
DMから挨拶文を転載。
「お客さまと作家と画廊を結び、ことしを締めくくる恒例の”お結び展”を開催いたします。日頃たくさんの作家たちといろいろなかたちでおつきあいをいただいていますが、その中から約70名の様々なジャンルの作家にご協力いただきました。楽しいユニークな作品がたくさん揃います。どうぞお出かけ下さい。」
2005年12月14日(水)〜22日(木)18日(日)休廊 AM11:00〜PM7:00(最終日PM5:00終了)
世界観ギャラリー(ギャラリー間瀬内)
千代田区神田小川町3-28-13 電話:03-3293-6334
17日(土)PM4:00からパーティーが開催されます。僕も出席しますので、興味のある方気軽にご参加ください。
展覧会一週間前であるが、これから作品の制作である。小品とはいえ厳しいスケジュール。
今日(6日)はずっと次回絵本のためのラフスケッチを制作。昨日の打ち合わせの内容を活かして、大幅に変更を加えていく。最初の段階でぎくしゃくしていたり、流れの悪いところがあったのだがかなり良くなってきた。「ティラノサウルス」のときはシンプルな展開だったので筋道はすんなり決まったのだけど、今回は複雑な要素が多い。
うまく伏線をはってクライマックスへ持って行きたい。前回は文章がやや冗長気味だったので、文章が説明的になりすぎないように気を付けている。そして、分かりやすいビジュアルイメージを模索しているところである。

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2005年12月06日
アンデルセン
昨日の記事に、「corvoさんがアンデルセンを描かれたらどんな絵を描かれるのかしら~って想像してしまいました。」というコメントがあったので、遊びでちょっと描いてみた。
アンデルセンをきちんと読んだことがないので、まったく世界観が構築できていない段階での制作。
モデルはなく完全なイメージ。

紙にロットリング。ちょっと男性的かも。
これを機会にアンデルセンをちゃんと読んでみようと思います。

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2005年12月05日
田中清代展
今日は午後から自宅で打ち合わせ。次回、絵本のために詳細に意見交換をする。企画が通る前だというのに、非常に熱心に担当編集者がサジェスチョンを与えてくれる。かなり内容が明確になってきた。打ち合わせ中、アイデアを出すたびに資料が机の上に積み上がっていく。その有機的な状況が面白い。2時から始まった打ち合わせは5時まで続いた。充実した3時間であった。
その後、夕方から都内へ出かける。友人である田中清代さんの個展を見に行くためである。アンデルセンの「木の精ドリアーデ」を主題にした、彩色銅版画の数々。彼女は9月にデンマークを訪れて、これらの作品の構想を練ってきたということである。ドライポイントで描かれた線描は繊細で柔らかく、エッチングとは違った暖かさがある。
彼女は絵本作家として活躍しており、多数の著書が出版されている。絵本の分野では、僕の大先輩である。
展覧会の詳細なデータはここにあります。

作者の田中清代さんと、会場風景。
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2005年12月5日(月)〜17日(土) 12:00〜19:00
日曜休廊 土曜日18:00まで
月、火、金、土、作家午後1時より在廊予定。土曜日のみ終日在廊。
ギャラリー福山
104-0061 東京都中央区銀座1-23-4 明松ビル303
tele. 03-3564-6363 facs. 03-3564-6366
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個展DMから。出品作のひとつです。
絵本の好きな方、アンデルセンの好きな方は是非!

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北斎の鵜図
先日の北斎展の図録を見ていて、どうも気になることがあった。
北斎の描く鳥の造型は、特に顔の描写にリアリティを感じない。眼が横に長く楕円で、鵜図では頭の上のほうについているように見える。
しかし、それ以上に気になったのは脚の描写であった。鵜の脚の形をしていない。鵜の指は第一指から第四指まであり、第四指がもっとも長くなるのだが、北斎の鵜は第三指が一番長い。北斎ほどの「眼」であれば、鵜を見て気が付かないはずがない。実物を写生したことはなかったのだろうか。

図録「北斎展」P252「巌頭の鵜図」から部分を転載。

鵜の脚部。紙にペンで描いてみた。時間がなかったので右脚だけである。左脚はあたりをとったところまで。通常、これぐらいのあたりからペン入れをしている。
だが科学的正確さがないからといて、北斎の描く鳥に魅力がないわけではない。
どれも素晴らしいものであった。
時代と個性の違いはあるが、僕は蕭白の描く鳥図のほうが好きだ。でも、これは蕭白が好きで好きでたまらない、一マニアの言葉として聞き流しておいてほしい。

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2005年12月03日
画狂人 北斎
金曜日は講師の帰り、夕方に都内で出版社との打ち合わせ。具体的に何か決まっていての打ち合わせではなかったのだけど、実現できそうなプランがいくつか出てきた。面白い本が出来そうだ。
その後、上野の東京国立博物館でやっている「北斎展」へ向かう。この展覧会、昨日までその存在を知らなかったというていたらく。最終日が4日日曜日ということもあって、あわてて行くことに決めたのである。幸い金曜日は夜8時まで開館しており、夕方からでも見ることが出来る。多少、混んでいるかもしれないが、昼間ほどではないだろうと高をくくっていたのだが、6時40分頃博物館に着いてみると「20分待ち」のアナウンス。半信半疑で平成館に着いてみると、外に並ぶ列は短い。ところが玄関を通って中へ入ると、延々と蛇のように行列が続いている。
当然、展示会場に入ってからもかなりの混雑である。最初は柄にもなく列に並んで、おとなしく順番を待ちながら見ていたのだが、とてもじゃないが全て見終わる速度ではない。まさに牛歩。
途中からしびれを切らし、比較的空いている展示物から見ていくことにする。おもしろいことに肉筆画の前は比較的空いている。これが見たかったのだ。冨嶽三十六景などの有名な版画の前は、ひとだかりでどうにもならない。それよりも肉筆画に限る。まさに北斎の手の動きが、画面に結晶化されているのである。驚くほど保存が良い物が多い。ある程度の修復もなされているのかもしれないが、ついさっきまで描いていたような瑞々しさがある。なんと自在な運筆だろう。
実はこれまで不勉強で、北斎をまとめて見たのは初めてであった。まさに「画狂人」。恐るべきは、最晩年の作である。衰えるどころか、その筆力はますます高みへと昇っていこうとしている。とても齢90の老人の手によるものとは思えない。
僕にとっての東洋美術最高のスターは、曽我蕭白であった。それは今も変わらないが、葛飾北斎も同じく傑出した存在であることを再発見した一日であった。
この展覧会は世界中から集められたコレクションで構成されている。ざっと見ていただけでも、ホノルル美術館、シカゴ美術館、メトロポリタン美術館、ベルリン美術館、ベルギー王立美術歴史博物館、ボストン美術館、ケルン東洋美術館、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館、アムステルダム国立美術館、大英博物館等々・・・・・。複雑な気分になる。もちろん日本にもたくさんの良質なコレクションが残されている。しかし、海外へ流出している傑作も数多い。前述の曽我蕭白もその一人である。
もっとどうにかして守れなかったのだろうか。バブルの時、買い戻すことはできなかったのだろうか。そもそもそういった動きはあったのだろうか。
日本人の手になる世界的遺産を、日本で味わうことが出来ない不幸に、美術教育も含めた根の深い問題を感じるのである。

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2005年11月29日
クロコダイル skull 04
クロコダイルのskull、一応完成である。ひょっとしたらもう少し手を入れるかもしれない。
僕の場合いつものことなのだけど、頭骨などを描くときは標本画として描いていない。あくまでもモチーフの一つとして、対象に向かっていっている。そう、標本画として見た場合は、かなり不正確な描写なのである。
きちんと正確に描くためには各パーツの計測が必要であるし、視点を一点に定めて描かなくてはならない。
ところが僕の描き方は、計測もしなければ視点も一定ではない。特に視点は大きく動くため、キュビズムの手法で描いていると言っても過言ではない。どうしても立体として把握しようとすると、色々な角度、ずれた視点から観察する必要に迫られる。
また、今回のように制作期間が何日かにまたがっている場合は、その日その日で視点にズレが生じてしまうことになる。もっとも標本を正確に描くことを目的としていないので、これで良いと考えている。
描くことは快楽のひとつである。見る、認識する、描く、この3つを繰り返し、イメージが画面に定着されていく過程は、ぞくぞくする。最後に筆(鉛筆)を置くときには、一抹の寂しさを感じる。

これがモチーフのクロコダイルの頭骨。あまり大きくない。目線に合わせるため、本を積み上げて高い位置にセットしている。

完成したデッサン。素材はアルシュ紙極細目に鉛筆(HB、B、F)。290x380mm。

歯の周りのディテール。

目の周りのディテール。

制作現場風景。机の上に転がっている鉛筆は、先が丸くなってしまった鉛筆。1時間ほどの制作でも、鉛筆をこれぐらい消費することになる。大量の鉛筆を常に削っておく必要がある理由が、分かってもらえると思う。

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2005年11月26日
クロコダイル skull 03
ようやく上顎がほぼ出来上がる。
金曜日に一日出かけていてからの制作だったので、時間が遅くなってしまった。

全体。下顎はこれから。

眼窩の周りのディテール。

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2005年11月24日
クロコダイル skull 02
今日はクロコダイルの描写にそれほど時間をとることが出来なかった。
なのでそれほど進んでいない。昨日、書いたステッドラーについての補足を。芯の硬さや色味にもばらつきがあるのだが、それ以上に大きいのが軸に使っている木の質である。全ての鉛筆はナイフを使い手で削るので、軸や芯の質の違いは如実に分かる。
デッサン用の鉛筆を削るときは、通常の字を書く状態のものよりも芯を長くだして削る。ストロークの長い線を引いたり、先端の自由度を大きくするためである。細い毛筆を操るような感じを、イメージしてもらえればよいだろうか。
細密な描写に用いる鉛筆は、先端が常に鋭くなくてはいけない。描いている間、常に鉛筆を削っているのでは時間が勿体ないので、かなりの数の鉛筆を削った状態にしてから作業を始める。なので仕事が終わった時に、全ての鉛筆を削ってから休むのが日課となっている。

昨日、アップした画像はグレースケールであったので、今日は同じ画像をカラーでスキャンしたものを載せている。それほど違いはないかもしれないが、こちらの方が柔らかくみえるかもしれない。

これが今日の段階。少し眼窩の周囲まで描写が進んできた。だんだん物が見えてきているので、昨日描いたところに不満が出てきた。後で修正する必要がありそうだ。

ディテール。

これもディテール。描写に入る前の、軽いあたりの線が見えている。

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ありがとうございます。順調にランキング上がっています。
2005年11月23日
クロコダイル skull 01
今日はクロコダイルの頭骨をデッサンする。
これは仕事ではなく、また作品を作るという意図でもなく、目と手の修練として描いているものである。
まずは途中経過まで。
いつものようにアルシュの極細目に、ステッドラーの鉛筆を使用する。鉛筆はHBとBの二種類。これだけ複雑な凸凹のテクスチャーを、短時間で完全に再現することは無理である。これは標本の記録としてのドキュメントを作成するわけではないので、ある程度いい加減に描いている。
とはいっても、出来る限り正確に描写しようと観察し、手を動かしている。全体のバランスも大事だが、僕の場合は徹底的にディテールから描いていくことが多い。このデッサンも端から順に描いている。ディテールを造り上げていくことで、次のプロセスへのプレッシャーをかけているという意味もある。そうでもしないと進まないぐらい、怠け者なのだ。
ひとつひとつの凸凹を目で追っていくときは、虫になったような気分で形態を追いかけていく。出来るだけ細かい解像度で物を見ようとしている。今回は予想以上に消しゴムを使うケースが多かった。これまでこのblogで紹介した狼や猫の頭骨のときは、ほとんど使用していない。

まだまだこれからというところ。

ディテール。鼻先。

これもディテール。
細かなテクスチャーにばかり気を取られると、立体感、空間感を喪失してしまう。光の方向に注意して、立体物を描いていることを忘れてはならない。虫の目になりながら、鳥の目で俯瞰する意識を常に持っていることが大事である。

誰だ、ズゴックリクエストしたやつ!
また描いてしまった。

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2005年11月22日
タツノコプロ
続けてアニメの話題。
僕らが子供の時、アニメというとタツノコプロのものにも多くの影響を受けていたかもしれない。
マッハGO!GO!GO!、ハクション大魔王、キャシャーン、テッカマン、ガッチャマン等々。
哀しい過去や宿命を背負った主人公が多く、シリアスな話も多かった。しかし、なんといってもアメコミタッチのリアルな人物造型が僕は好きだった。
学生のとき、タツノコプロでアルバイトをしたことがあるという先輩(芸大の卒業生)に話を聞いたのだけど、このアニメ会社では古くから人物造型の教本に美術解剖学を取り入れていたということであった。その教本はアルバイトにも各自持たされるということで見せていただいたのだけど、確かアメリカで出版されたものだったと思う。関節の動き、筋肉の付き方、骨格の構造などが精緻なスケッチで描かれていた。タツノコプロのキャラクターが、リアルなアメコミタッチであったことに妙に納得したのである。
最近も時々深夜アニメなどを流し見することがあるのだけど、とにかく絵が酷い。特に人物の動きは最悪なものが多い。アニメーションとは動画である。絵を動かすことに醍醐味があるはずなのに動かない。動いたとしてもあまりに不自然な動きが多い。質の高いものもあるが、圧倒的に少数派である。
アニメーションの世界でも、徹底的にデッサンは鍛えるべきであろう。特に人物の描写は、クロッキーやデッサンを繰り返すことで培われる。これらの訓練を拒否しては、まともなスキルを身につけることは無理なのではないだろうか。
せっかくデジタルなど技術が発展してきたのだから、いままで積み上げてきたものに、新たなものを積み上げていってほしいと思う。今のままでは、ただ単純に省力化するために置き換えているだけで、むしろ退行してしまっているように思える。
アナログの技術をきちんと使いこなすことが出来て、デジタルを充分に活かすことが出来ると僕は確信している。
今の時代だからこそ、アカデミックな技術を習得し次代へ伝えていってほしいと思う。

また勢いで描いてしまった。記憶で描いているので、細かいところは突っ込まないように!

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2005年11月21日
ガンダム展
良く晴れた日曜日、友人と上野へ「ガンダム展」を見に行く。
午前中のためか、思ったほど混んでいない。もっと混雑を予想していたのでほっとする。ゆったりと見ることができた。
僕は36歳とどっぷりガンダム世代である。もっともちゃんと見ていたのは「ファースト」「Ζ」「逆襲のシャア」までかな。それまで勧善懲悪で、毎回敵ロボ敵キャラが入れ替わり立ち替わりが当たり前だったアニメのなかにあって、戦争と人間ドラマを持ち込んだ「ガンダム」に興奮したのを今でも覚えている。セリフに結構難しい言い回しが多くて、大人の言葉を学習したという効用もあったかもしれない。
そんな世代の若いアーティストが集まって企画されたのが、このグループ展である。
作品については実際に見に行っていただいて、いろいろな感想をもってもらえればと思う。入場料1300円は多少高いかなという印象があるが、充分に楽しむことが出来た。
大型の立体の作品、インスタレーションの作品に面白く良い作品が多かったと思う。一方、平面の作品、特に絵画は良くなかった。完全に空間の中で負けてしまっている。
最初はあまり乗り気ではなかったのだけど、友人に誘われて「ニュータイプテクノロジーラボ(フラナガン機関内)」に参加してみた。
この作品については、以前あるシンポジウム(僕は聞きにいっただけです)でチーム主任のカズヒコ・ハチヤ氏(八谷和彦氏)から聞いていたので、興味を持っていた。そのときに八谷氏が話していた、作品についての面白かったエピソードがあって、
「自信満々で自分はニュータイプに違いないという人が来るわけです。最初に一次試験(5枚伏せられたカードのなから、2回続けて星印のマークを見つけるというもの)で、ニュータイプの適正を選別するわけですが、その人1枚目のカードであえなく間違えてしまいました。もう気の毒なぐらい落ち込まれて帰っていかれました。」というものである。
でやってみたわけである。1枚目当たる。ここでちょっと欲が出たのがいけなかったのか、2枚目で撃沈。ちょっと落ち込む人の気持ちが分かった。2枚続けて同じ場所とは。後悔している時点で、僕は立派なオールドタイプである。
この作品の詳細については展覧会を見るか、ネットなどで調べていただければと思う。

これは出口に展示してあった撮影してもよいオブジェ。係の人にblogへの掲載許可を求めたら、分からないということであった。なので、問題があるということでしたら、すぐに削除します。関係者の方ご連絡下さい。
後、もし第二回展がある時は、是非ご一報を。参加、出品したいです。
「ガンダム展」の後に国立科学博物館でランチを食べて、常設展を見学。仕事、プライベートも含めて何度も来ているのだけど、来るたびに発見がある。それにまだまだ見ていない展示も多い。全ての展示をちゃんと見ようとすると、一週間ぐらいはかかるかもしれない。
今回、初めて新刊の地下3階に行ったのだけど、これが面白かった。まだまだざっとしか見ていないのだけど、眼で見ることが出来ない物理の事象を分かりやすく(それでも分からないことがいっぱい)、展示している。
宇宙線を見ることができる霧箱が美しい。何時間でも見ていられるほど飽きない。

この写真は地下2階に展示されている、有孔虫の電子顕微鏡写真。美しい。これを描くだけで充分作品になるだろう。
前日の夜のPCトラブルで少々寝不足であったのだけど、充実した展覧会日和であった。
blogランキングというものに参加してみました。
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追伸:勢いで描いてしまいました。

2005年11月14日
楽天ショップ
ちょっと宣伝を。
2003年に個展を開催したギャラリー間瀬(ギャラリー銀舎)さんのサイトから、小品を出品しています。ショッピングをクリックしてみてください。直接、楽天市場からも行けます。鉛筆、銀筆、チャコールペンシルを使った、モノクロの作品が主です。
時間のある時にも、覗いてみていただければ幸いです。
荒俣宏講演会
13日、金沢からとんぼ返りした次の日、今度は群馬県立自然史博物館へ荒俣宏氏の講演会を聞きに行く。
先月、このblogでも紹介した「ニッポン・ヴンダーカマー 荒俣宏の驚異宝物館」に関連したイベントである。
ちょっと言い訳なのだけど、連日の疲れからほぼ半分は落ちていました。興味深い話も、面白い画像も多かったのだけど荒俣さんのたんたんとしゃべる語り口に、睡魔が呼び寄せられて・・・・(全ては僕が悪いのです)。残念。
講演会後、御著書にサインをいただき握手していただく。テレビなどで見る、そのままの印象。飾らず、マイペース。講演会も予定の90分を大きくオーバーして、2時間以上休憩なくしゃべり続けるというタフさ。
この日は博物館のある公園内で、他のイベント(地元の経済界関連のようなものであった。「産業祭」だったかな?)も催されており駐車場の誘導などに問題が多かった。このイベントに伴った講演会も、荒俣さんの講演会と別に催されていたようで、博物館から離れた駐車場に誘導されてしまった。
あとで案内の人に確認をすると、荒俣さんの講演会の存在を知らないというのである。同日に同じ施設内で行われるイベントを把握していないとは!しかも、博物館内のホールを利用しているのにである。
荒俣さんの講演会は盛況で、満席であったのだけど、ちょっと水を差された気分になってしまった。
産業にたいして、博物館、美術館の存在が軽視されているように感じたと思うのは、考えすぎだろうか。
2005年11月07日
自画像ー鼻から描いてみる
以前、人の顔を描くときに鼻から描くということを書いたのだけど、実際にやってみたのでプロセスを紹介したいと思う。(他の動物の時も鼻というか吻部から描くことが多いです)
鼻から描く理由は、顔の中心にあること。顔の中で最も高い位置にあること。また鼻の長さを基準に、各部のプロポーションを決定しやすいなどがある。
これはあくまでも一例であり、僕にとってやりやすい方法であるというだけで、絶対的なものではない。

文字通り、鼻から描き始める。

次に口、鼻の位置を決定していく。

ディテールの描き込みを進めていく。

このあたりの段階から輪郭を意識していく。

大体の輪郭を描いてきたが、まだ決定ではない。

完成。ここまでおよそ60分。輪郭を決定するのは、ほとんど最終段階である。
自画像を描く難しさは自分がモデルであるため、画面に眼を落とすたびにモデルが動いてしまうことである。描くことと同時にポーズを取り直すことも意識しなくてはならない。それでも非常に良い訓練になる。顔の立体感がよく分かるようなライティングで描くことも、重要な要素である。正面からストロボがあたったようなライティングで描くことは極めて難しい。
眼球の白目の部分は確かに色としては白なのだけど、モノクロのデッサンの中ではそれほど白い要素ではない。どういうことかというと、眼球はまぶたの奥にあるため、上からのライティングだと直接光が当たることがなく、陰の中に存在することになる。白目といえども比較的暗いトーンになるため、鼻や頬の周辺のほうが明るく見えるはずだ。
この作例でも、白目の部分はほとんどグレーである。
久しぶりに描いてみると、まだまだ駄目な部分がある。眼で見て、脳で知覚し、手で描くことの大切さを実感する。
2005年11月06日
シュヴァンクマイエル展
昨日、葉山にある神奈川県立近代美術館葉山へ「シュヴァンクマイエル展」を見に行ってきた。
11月だというのに暑い。まさか車のクーラーのスイッチを入れることになるとは思わなかった。
シュヴァンクマイエルはチェコの映像作家で、シュールレアリズムを映像で具現化したような作品を作り続けている。
今回の展示の中心は映像作品で使われたオブジェと、創作ノートとも言える精緻なコラージュ、そして彼の妻で画家であるエヴァ・シュヴァンクマイエルの絵画である。
葉山の美術館はコンパクトではあるけど、美しい空間で構成されている。シュヴァンクマイエルの展示には上品すぎたかもしれない。
驚いたのはオブジェの大きさ。大きい。本物の骨格や剥製を使って繋ぎ合わせているので、自然と大きくなってしまうのだろう。映像の撮影にもちょうど良い大きさなのだろう。以前、見たアードマンスタジオ(「ウォレスとグルミット」などが代表作。)の展覧会でも、オブジェの大きさに驚いたことを思いだした。また、コラージュが丁寧で美しい。

美術館外観。

敷地内から海を臨むことができる。潮の香りが懐かしい。
残念ながら、この展覧会は今日までである。
2005年11月02日
ファンタジー小説の挿絵
あるファンタジー小説の挿絵を描くプロジェクトが始まったところ。
ここで全て公開するわけにはいかないのだけど、若干フライング気味に紹介してしまう。近々、別のblogで紹介できると思うので、それまでのちょっとした繋ぎぐらいに考えておいてください。
今日、始めたのはこの小説を象徴するようなカバーイラスト。
メインになるのは人間の手(正確には人間の手ではないのだけど)。手を描くことは、本当に難しい。顔を描く難しさの比ではない。
手は空間の中で様々な表情を見せる。それぞれの指は独立して動き、極めて繊細な機能を持っている。手を描くことは、「観る」「描く」ということの基本を突きつけられる行為でもある。いつも以上に集中力を必要とする。
描くたびに、いまだ未熟であることを実感する。

描き始めて15分ぐらい。まだまだ序盤。

少し寄ったところ。エスキースまで完成しているのだけど、最初に書いた事情があるのでここでは公開できない。
もう少しお待ちください。
2005年10月16日
ニッポン・ヴンダーカマー 荒俣宏の驚異宝物館
今日は群馬県立自然史博物館へ妻と出かけた。天気予報では雨が上がる予報だったのだけど、出かける時はちょうど土砂降り。群馬に近づくにつれて、雨があがっていった。
今日の目的は企画展「ニッポン・ヴンダーカマー 荒俣宏の驚異宝物館」を見ることと、日本大学藝術学部教授である木村政司先生の講演会を聞くためである。
展覧会、講演会ともに非常に面白く、興味深い内容であった。
木村先生は日本におけるサイエンティフィック・イラストレーションの第一人者である。その昆虫画は精確で美しい。昆虫の研究者との綿密なコミュニケーションから生み出される画像は、その生物の存在した証拠として残されていく。極めて公的な目的も持っているのである。
写真は対象を正確に写すことができるが、余分なものが写ってしまったり、本当に知りたい情報が欠けてしまう。人間が眼で見て、脳で情報を整理し、手を使って描くことで、その生物の真実の姿により近づくことが出来る。
よく写真のような描写と言われることがあるが、このような目的を持って描かれたものは、写真を超えることができるのである。

写真は木村先生の講演会の様子である。ちょうどスライドに映っている画像は、Ernst Haeckelの描いた有孔虫のイラストレーションである。極めて美しい画面であり、精確な生物の記録である。ただひたすらに目の前の対象を精確に描く行為が、「美」という力を持って立ち上がってくる。
次の画像は企画展の様子。まさにごった煮といってもいい空間である。木村先生はこの展覧会の仕掛け人でもあり、彼の教え子たちが中心になって展示空間を創り上げた。またタイトルに冠のようについている「荒俣宏」氏は現在、日大藝術学部の大学院の教授であり、この学生たちのもう一人の指導教官である。

この展示の面白さを画像や言葉で伝えることは難しい。遠方ではあるが、是非実際に見てもらいたい空間である。
気持ち悪い物や、苦手なものがある人も多いだろう。実際に僕の妻は昆虫が駄目で、木村先生のイラストレーションも大量の標本も正視することができない。
でも、これだけのバリエーションがあれば、きっと何か引っかかるものがあるのではないだろうか。こんな展示から何かに興味を持って、深く追求したいと思うものが出てくるかもしれない。
博物館に常設してほしい空間のひとつだ。

ここに展示された博物画は、おそらくエッチングに手彩色されたものと思われる。全て荒俣宏氏のコレクションである。(画像の一部に木村先生の昆虫画も写っています。これらは荒俣氏のコレクションではありません)
エッチングの精緻な線で描かれた羽根の毛の一筋一筋が、息を飲むほどに美しい。構造が手に取るように分かる。写真ではこうはいかない。やはり手で描かれた強さがある。
大変充実した一日であった。お薦めの展覧会である。
期間は11月27日まで。来月13日には荒俣宏氏の講演会が開催される。
話はかわりますが、今朝ボローニャへイラストをEMSで発送しました。31日必着。まずは無事に届くことを願って!
2005年10月13日
狼のskull & head 07
狼のskull & headが完成。
頭骨側の背景を黒にするかどうか丸一日迷っていたのだけど、漆黒の背景にすることにする。
これで skullシリーズの背景と整合性がとれる。当初から黒と決めていたのだけど、少し弱気になって判断がおそくなってしまった。迷っていなければ、昨日の夜には完成していた。
でも、今日は全く別の仕事を片づけなくてはならなかったので、背景を描いたのは夕方になってからである。

画面の真ん中にマスキングをして、頭骨の周囲から黒を決めていく。

すこしアップに。

完成画面。背景を黒にして正解であったと思う。

完成画面のディテール。
ようやくこれで5点揃った。これからボローニャへ出品する予定である。昨年に続きノンフィクション部門に挑戦。
アメリカへ行く前に出来上がって、ホッとしているところである。
しかし、まだまだやるべきことが山積している。
2005年10月12日
狼のskull & head 06
いまだしつこく制作中。
でも、明日に響くので、そろそろ寝ることにする。
頭骨部分のラフな下塗りが終わったところ。

生体との境界をマスキングして、作業を進める。
明日(といっても今日か)には頭骨を完成させる予定。
2005年10月11日
狼のskull & head 05
午後9時、一応、半分完成。
これから右半分の頭骨にとりかかる。

頭骨の背景を黒にするかどうか悩みどころである。生体の背景は白バックで残したいので、どちらがよいか。

眼のディテール。
狼のskull & head 04
午後6時の状態。

大体、全体に手が入ってきた。

ディテール。
3時過ぎにカーテンレールをつける作業をしたのだけど、これがちょっと手に悪影響を与えてしまった。
電動ドリルドライバーで簡単につけるはずだったのが、カーテンレールの隙間にドライバーのヘッドがあたってしまうため使えず、しかたなく手でドライバーを回したのだけどこれがいけなかった。
力を入れて作業したため、絵を描くための手の感覚が戻らずしばらく苦労した。
無理矢理続けて、ようやく調子がもどってきたところである。
狼のskull & head 03
午後3時現在。見た目としてはあまり変わってないか。

眼の周り、耳を中心に手を入れる。

鼻の周りのディテール。こちらも少し手を入れている。
スター・ウォーズ コンプリート・パック。これは欲しい。スターウォーズのDVDは一枚も持っていないので、なんともお得なセットである。アマゾンジャパンオリジナルセットらしい。
狼のskull & head 02
昼食前12時15分頃の状態。
アクリルを使った作業に入る。

全体の色調を整えながら、毛を描き込んでいく。

ディテール。この作業をひたすら続けることになる。
食休みに少し読書。ドアーズ。古本で手に入れ、試しに読んでみたら面白くて。アマゾンでも古本の扱いしかないようである。
狼のskull & head 01
狼のskull & head をスタート。今日はライブでその模様をお伝えしようかと。(これまでの制作もリアルタイムでお伝えしてきましたが、大体一日の作業が終わったところでblogにアップしていたので、制作中を逐一アップするのは初めての試みです。)
もちろん動画中継ではありません。

始めてから20分ほどたったところ。

少し寄って。透明水彩のアイボリーブラック、ペイニーズグレー、ローシェンナを使用。

ここまでで1時間。

これまた少し寄ったところ。この段階でいちどデザインコートを吹き、つぎからアクリル絵の具で描き込み始める。
今日のうちに完成できるか。
2005年10月09日
猫のhead 03
猫、完成。
狼と比べて描く面積が小さいこともあって、速く仕上げることが出来た。
最後の仕上げは日本GPを見ながら、コマーシャルの度に手を動かす。不謹慎な制作態度ですまん。
誰に謝ることでもないのだけど、結構普段から仕事場のテレビはつけっぱなし。

猫のhead全体像。skullと対応する構図になっているので、少し中心からずれている。

head部分のアップ。

眼のディテール。

狼、少し加筆したので再び登場。

眼のディテール。
次の制作は狼のskull & headの着彩。
2005年10月08日
猫のhead 02
猫の続きに苦戦。最近、苦戦続きである。
うちの猫もなかなか落ち着いて観察させてくれない。それでも、ときどき無理矢理さわって骨を確認。
黒猫なので、使用する絵の具の種類は少ない。
ただし、黒だけで4種類使っている。(正確には黒に近い色も含めて)
透明水彩のアイボリーブラック、ペイニーズグレーとアクリル絵の具のマルスブラック、ペイニーズグレーの4色。
これにホワイトを加えて、面相筆で毛を一本ずつ描写していく。

猫写真集も見ながら。

顔の全体。およそ6分程度の出来。眼を中心に一気に仕上げていく。予定。は未定。

眼の周りのディテール。眼の透明感をどれぐらい表現できるか。
昨日から鈴鹿では日本グランプリが始まっている。
今日の予選は序盤雨は降っておらず路面はウェット。しかし、残り5台のアタックとなったところで雨が激しくなり、まったくタイムアップは望めない状況に。明日のグリッド順は非常におもしろい結果となった。
地上波で初めて生中継をするということであるが、いったい今まで何年中継やっているのか。歓迎すべき事だが、今更遅すぎるだろう。せめて日本グランプリだけでも定着してほしい。
明日の決勝結果の予想せねば。荒れるかな。
2005年10月07日
猫のhead 01
猫のheadを始める。
エスキースも制作したのだけど、出来の悪さにアップはなし。
もう一度エスキースをやり直すつもりで、透明水彩でフォルムを描いていく。

黒猫ということもあって、濃いグレーで描き進める。
資料として猫の写真を多数使用する。なかなか横顔の写真は少ない。うちの飼い猫の写真も撮ってあるのだけど、なかなかおちついて撮らせてくれないので良い写真が少ない。デジタル一眼がそろそろ欲しい。

前回の狼の反省から、飼い猫の頭を触らせてもらい、頭蓋骨の位置を確認してみた。いつもと違う触り方に、普段ならいくらでも甘えてくる黒猫が途中からいやがっていた。眼の周りやほお骨をぐりぐり触られたらイヤだよな。
画面の上での面積が小さいので、狼よりも早く出来上がる予定。
2005年10月06日
狼のhead 05
一応、完成である。まだ手をいれる可能性もあるのだけど、ここで筆を置いておかないと際限なくなりそうなので。
時間が許せば、もう一点描き直すかも。
現生の動物を骨格から描こうとしたことが、そもそもの間違いであったのかもしれない。
骨格にもそれぞれの個体の特徴があるので、生体の剥製や写真を利用して、その骨格にあわせたものを描くことに無理がある。かといって、手元にある骨格を生体にあわせて変形させるわけにもいかず、骨格に合わせた生体を描くことで整合性を持たせようとしている。これが難しかった。

使用した画材は、透明水彩とアクリル絵の具。筆はほとんど面相筆1本。

眼のディテール。

これが次のエスキース「Skull & Head」。
2005年10月05日
狼のhead 04
狼に大苦戦中。
朝から眼の位置を修正する。

黒い線描で描かれているところまで、眼を移動する。

眼の位置の修正も終わり、かなり進んだ状態だが、耳の位置を修正することにする。
狼に対する理解が決定的に不足しているのに始めてしまったため、描きながら勉強しているようなものである。

今、現時点での目の周りのディテール。手が相当につらい。
全ての元凶は2日のエスキースの出来の悪さにある。
予定よりも時間をオーバーしており、焦ってきている。こんなときこそ落ち着かなくては。
間違いなく明日には完成。
2005年10月04日
狼のhead 03
狼を集中して進める。
明日中には完成させてしまいたい。

暗部を透明水彩で描き込んでゆく。暗いトーンだが、大まかな立体感をつかむ。

資料に囲まれて作業中。どんどん必要なものを広げていくので、様々な物が折り重なっている。
ティッシュペーパーは必須の道具のひとつ。

ホワイトを混ぜたアクリル絵の具で、ひたすら毛を一本一本描く。まだまだ手を動かさなくてはならない。
恐竜以外の制作だとコメント少ないですが、つまんないですか?
ご意見、ご要望お待ちしています。
2005年10月03日
狼のhead 02
今日は色を付け始める。
最初は透明水彩で、褐色を中心に塗り重ねていく。今回は白バックで仕上げるため、丁寧に進める。

資料写真を見ながらの作業。毛の生える方向に注意する。

もう少し描き進んだ状態。ここから一気にディテールを詰めていく予定。
僕の性格的なものもあるかもしれないのだが、全体のバランスを見ながら進めることはない。あるディテールをほぼ完成に近いところまで進めて、それに合わせて他の部分を描いていくパターンが多い。どうもこつこつと持久力で仕事をすることが苦手で、短期的な目標を定めて瞬発力で描いていく。これを繰り返すことで完成に至る。
今日は夕方から友人の個展を銀座まで見に行く。先週に続き、初っぱなから出かける用事。

画像の男性が作者の向井三郎さん。彼との最初の出会いは、僕が芸大に入学したときで、向井さんは助手になったばかりであった。かれこれ16年ほどのつきあいになる。
「向井三郎 個展 − Silent」
2005年10月3日(月)〜10月8日(土)
12:00〜19:00(最終日17:00)
港房
104-0061 東京都中央区銀座1-9-8奥野ビル3F
Phone & Fax.03-3567-8727
静謐な空間にひたれる展覧会。興味のある方がいたら是非、出かけてみてください。
2005年10月02日
狼のhead 01
狼のheadをようやく始める。
数日前から描いていたのだけど、時間がとれず遅々として進まなかった。
博物館でスケッチをして、写真を撮り、資料を数多く集めても、納得いくまで理解することができない部分がある。
目の前に剥製が欲しい。本物がいればベスト。それはまったく無理な話。

こんな感じで資料に囲まれている。

エスキースが一応完成。これをもとに絵の具の仕事へ移る。
ある程度、絵の具のタッチで誤魔化していく部分が必要になるだろう。
これから時間との勝負。集中していかねば。
日曜画家
先週は月曜日から土曜日まで、毎日出かける用事が入ってしまい、家で仕事をすることがほとんど出来なかった。
昨日はSCBWIのイベントで表参道へ。その後、飲み会にも参加して遅い帰宅であった。SCBWIとは子供の本に携わる人々のための、国際的な団体である。
今日、日曜日になってようやく家で落ち着いて仕事ができる時間ができた。
はたと気づく、まるで「日曜画家」ではないか!
しかし今日も黒猫が体調を崩し、動物病院に連れて行ったりしていたため、まとまって制作ができない。
今日中にすませておきたいノルマを設定していたのに、これではまた深夜までかかってしまう。
話は変わって、TBSで問題のある絵画商法のドキュメントをやっていたのだけど、なかなか興味深い。あの街頭で勧誘しているキャッチセールスである。
なかなかセールストークがふるっている。「ここで買わないと、もう出会えませんよ」「絵画と出会うのは縁ですよ」「良く考えてしまうと、絵というのは必要じゃないって思うのですよ」、だから今ここで買えという論法である。
面白すぎる。断言するが、よく考えていらない絵を買うべきではない。よく考えても、寝ても覚めても、想い出されて気になる、というのであれば買ってもよいかもしれない。
絵の値段はあってないようなものと言われるが、決してそんなことはない。市場がある以上、相場というものは存在する。
版画であれば、調べればおおよその原価は分かる。これが有名作家となると、原価とはまったくかけ離れた値段がつくようになるのだが・・・。
普通、高額な買い物をするときには、その商品をよく調べるのではないだろうか。カタログをかき集めて、ネットで情報を収集して、友人に相談するだろう。
買ってしまった人のインタビューがあったが、絵にも興味もなかったのに、セールスのしつこさに買ってしまったという。買ってしまった人に同情はしない。
ただ、こういったことをきっかけに、美術品に不信感を持たれたり、嫌いになってしまうことはやめてほしいと切に願う。
2005年09月25日
見られて描く
前回、博物館の展示場でスケッチをする話を書いたのだけど、「見られて描く」ということにいくつかコメントをいただいた。
もちろん、いつも人にみられながら描いているわけではない。
描いた絵は必然的にものとして残っていく。ラフスケッチや、エスキースも捨ててしまわない限り手元に残る。ということは僕が死んでしまったときには有名無名に関わらず、誰か第三者の目に触れることになってしまう。そんなことまで考えて、いい加減なものは作れないなあと勝手に思いこんでいるのかもしれない。
ちょっと話がそれてしまったが、博物館の展示空間などの公共の場で描く場合は、みられて描くことを意識するのは当然の事と思う。また、見てもらって楽しんでほしいとも思う。
「うまいねえ」なんて一言かけてもらえたら、「そうでしょ!」とかいいながらノリノリで手も動く。
コメントにも少し書いたのだけど、今回は樽さんから解剖学的、生物的な間違いの指摘を受けたり議論をしたり、短い時間ではあったけど活気のある空間ができていたと思う。
そんなふうに投じた一石が、波紋を広げていくのが理想だと思ってはいるのだけど、なかなかそうはいかないのが現実である。
これからブラジルGP。日本の裏側なので地上波といえども生中継であるが、寝ることにする。
明日の午後は、芸大での集中講義。今日一日講義の準備のために忙殺された。実技が中心の講義なのだけど、どんなふうに造ってくれるか楽しみである。
2005年09月24日
神奈川県立生命の星・地球博物館2
昨日の取材の時に展示室でスケッチの作業をさせてもらったのだけど、観覧者の反応を見ていると面白い。
腕章をして、いかにも仕事でやっている博物館スタッフという感じであったかもしれない。

描き始めて15分ぐらいたったところ。見に来る人はほとんどいない。
たいていの大人は無視である。興味があるのかどうかも分からない。もっとも標本も流し見しているだけかもしれない。声をかけると悪いとでも思っているのか、全く関心がないのか。気分の良いものではない。
子供は気になってしょうがないそぶり。何人かの子供たちは、何度も進捗具合を覗きに来ていた。でも、男の子限定。女の子はまったく関心がないようである。
最悪なのは男連れの若い女性。男のほうも同様か。標本すら見ていない。まあ、目的が別のところにあるから、そんなものだろう。
絵を描いているところに関心を持たれないというのは、非常に残念である。

展示室で描いたスケッチ。

収蔵庫で描いたスケッチ。
剥製を描くというのは、とても難しかった。
剥製は製作の過程で中の骨格を抜いてしまう。ようするに張りぼての状態なのだ。なので剥製の出来、姿勢の善し悪しは職人の腕によるところが大きい。
関節の位置を明確に理解することができないので、骨格の知識を総動員して頭の中で再構築しながら描く必要があった。次は生きた個体を見に行かなくては。(動物園にいくしかないのだけど)
2005年09月23日
神奈川県立生命の星・地球博物館1

長い名前の博物館である。手帳に予定を書くときに実に大変で、「・・・生命の星」で止まっていることが多々ある。
今日は狼の剥製を取材させてもらうために、(もう一度書く)神奈川県立生命の星・地球博物館まで行ってきた。
ここは名前が長いだけでなく、道のりがはてしなく遠い。日帰りで取材に行くにはちょっときつい。
この博物館では「ザ・シャーク展」などでお世話になっている学芸員の樽 創さんが、標本の取材などで色々と便宜をはかってくれる。

今、開催中の特別展化石どうぶつ園-北アメリカ漸新世の哺乳類-に展示されている狼の剥製。(神奈川県立生命の星・地球博物館所蔵)
今回は館が収蔵する狼の剥製を全て見せてもらい、スケッチもじっくりさせてもらうことが出来た。また、骨格の標本も観察し撮影することが出来、収穫の多い取材であった。

これも特別展で展示されている狼の頭骨。(神奈川県立生命の星・地球博物館所蔵)
樽さんは専門分野が哺乳類ということもあり、僕自身がまったく気づいていなかった事を指摘してくれて、非常に勉強になることが多かった。古生物、現生に関わらず研究者とのディスカッション、研究者からのサジェスチョンは有意義であり、多くの刺激を与えてくれる。
こういった取材は樽さんとの個人的な信頼関係によるところも大きいのだけど、この博物館が社会に開かれた存在としてあることが重要なのだと思う。
公共の博物館である限り、社会に対して開かれた存在であることが原則であると思う。もちろん、誰彼無く収蔵庫に立ち入り、全ての標本を手にとって良いというのではなく、しかるべき手続をとり標本に対して真摯な態度で臨める人物でなくてはいけない。
しかし、残念ながら公共の博物館でありながら、そういった体制でない博物館も存在する。
博物館は公共の財産であり、共有できる生きた知識の収蔵庫であってほしいと願う。
2005年09月20日
狼のskull 05
ようやく狼のskullを完成することができた。
今日、一気にフィニッシュまで持って行った。作品を完成させるときは、とてもエネルギーを必要とする。

ちょっと前回から間があいてしまったが、制作を始める。

おおよそ骨格の部分の描写が終わったところ。

背景を黒く塗りつぶしていく。この時、skullのアウトラインを慎重に選び取っていく。

背景を塗りつぶした後に、アウトラインにもう一度手を入れる。とても微妙な作業。
光のあたる方向を意識して、再度描写していく。そして、完成。
今回も少し中央からずれた構図である。
2005年09月16日
狼のskull 04
これまた久しぶりの狼のskullである。
ようやく描きこみ始める。これまでアクリルで制作するときは、全ての過程をアクリルだけで通していたのだけど、前回の猫のskullから透明水彩を併用している。
アクリルは速乾性で手軽で便利な素材ではあるのだけど、発色や透明感などは油彩に対して非常に劣る。そのため透明感のある表現をするときに非常に不自由に感じていたのだけど、透明水彩を併用することで理想的な状況に近づけることができた。
ただし、透明水彩は水に濡れると溶け出してしまうので、上からアクリルを重ねるときはデザインコートなどの定着材を使用することが必要である。

褐色の絵の具を中心に作業を進める。

まだまだ序盤。これから先が長い。
復元画を描くときには、生きた対象を観察することができない。これは非常にストレスになる。
今、描いているのは頭骨であり生きた姿ではないが、この頭骨が生きていたときの姿(もちろん同一の個体ではないが)を知ることが出来る。
対象を前に描くことは、ものを見るということ、描くということの大切さを実感させてくれる。
2005年09月10日
猫のskull 06
猫のskull完成。
サイズは270x370mm。素材は紙にアクリル、透明水彩。

画面全体。のびのびというか、無駄というか、異様に背景が広い。

skullの部分だけを




