2008年06月04日
間合いが大事
間合いというか距離感の話。
2ヶ月間大学で授業をしてきたのだけど、昨今の美術体験の少なさからか、対象(モチーフ)に対する距離感が悪い学生が多いのではないかという印象を持っている。それはどういうことかというと、そのモチーフを描くときに得たいと思う情報量に対して、立っている位置が遠すぎるのではないかと思うことが多々あるのである。
これは視力の問題ではない。自分が描こうとするイメージに近づける理想的な距離というものの存在を、あまりに無頓着に考えているように思えてならない。またイーゼルをおく位置も理想的とはいえない場合があり、いちいち姿勢を崩してのぞきながら描いている学生もいる。もちろん注意するよう指導もするし、僕自身が描いてみせることで、かなり改善されてはきている。
対象への距離の問題は構図にも影響する。絵画にとっては非常に重要な問題だ。神経質になりすぎておかしくないほどに大切なことであることを、学生には認識しておいて欲しいのである。
仕事は相変わらず激務。
「まだ、終わらんよ!」(by クワトロ・バジーナ)
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2008年05月24日
骨、届く
待望の骨が届く。骨と言ってもレプリカではあるが、精巧な男女の頭骨15個。男性が8個に女性が7個だ。本当はこの倍の数が欲しいのだけど、予算の関係で今年はここまで。

夕方、内線電話をもらって教務課まで取りにいったのだけど、あんまり喜んで荷物を受け取ったものだから、「子供みたい」と言われてしまった。箱を開けて取り出してみて、出来の良さにさらににんまり。知り合いの業者にお願いして入手。納期についても金額についても相当無理をしてもらった。感謝です。
これで来週の授業から、ばっちり使えます。
成安イラストレーションクラスニュース
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2008年05月15日
ヌードクロッキー
昨日、今日と受け持ちの授業でヌードクロッキー。今回は男性モデル。僕自身、男性のヌードを描くのは何年ぶりだろう。思い出せないぐらい過去のことである。
筋肉質で贅肉がない素晴らしいモデルさんだった。積極的にコミュニケーションをとってくれるので、こちらの意図も理解してくれる。
2日間同じスケジュールでポーズをとってもらった。午前は1分 x 20ポーズ。5分 x 4ポーズ。午後からは1分 x 20ポーズ。5分 x 4ポーズ。10分 x 2ポーズ。20分 x 1ポーズ。午前は1年生、午後は2年生の授業。僕はどちらの授業も担当しているので、1日だけで合計51枚のクロッキーを描く事になる。2日で102枚。ものすごい勢いでクロッキーブックを消費している。
美術解剖学をベースに人体の構造を理解することを主眼に置いているため、骨格、筋肉がよく観察できるポーズが望まれる。その要望を的確に具現化してくれるモデルさんだった。女性に比べて筋力があるため、1分ポーズではよりアクロバティックな姿勢をいくつもとってくれた。学生たちも楽しんで描けたようだ。
以前のエントリー大学での初講義でも書いた、「ヌードクロッキー、デッサンについての心得」が学生にはしっかり浸透しているようだ。今のところモデルさんに対して失礼はないし、私語をすることなく一心不乱に描いている。常に僕も描いているので、気を抜く事ができないということもあるかもしれない。
男性モデルは数が少ないため、なかなか描く機会がないので、積極的に授業では取り入れていきたい。
これだけまとまってヌードを描くのはいつ以来だろう。どんどん上手くなっています。
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2008年05月11日
高大連携講座
土曜日。大学で開かれた高大連携講座に講師の一人として参加。
講師と言っても初めてのことで、助手のような役割。内容については詳しく書けないが、高校生に向けて大学の授業を体験してもらうというもので、僕にとって非常に勉強になることの連続だった。
僕自身、絵を描く事を基礎から訓練してきたと思っていたのだけど、その基礎を伝えるには充分な言葉と手段を持っていなかったことを痛感した。
生徒たちの作品が劇的に変遷していく様は、エキサイティングだった。
大学教員になって、もっともエポックメイキングな出来事だったのである。まだまだ勉強することは多い。
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2008年04月27日
ヌードクロッキー
先週の水曜日から、いよいよヌードクロッキーの演習と実習が始まった。
午前中の演習は80分と時間が短いため、1分x20ポーズと5分x4ポーズ。午後の実習はゆったりしたスケジュールを組めるので、1分x20ポーズ、5分x4ポーズ、10分x2ポーズ、 20分x1ポーズと徐々に時間を延ばしていくセットでそれぞれの合間に10分の休憩を挟む。当初、1分ポーズは途中1分ずつの休憩をいれる予定だったのだけど、モデルさんのリクエストで連続して次々とポースを変えていってもらうことになった。これは結果的にとても良く、枚数も描けるし緊張感を保ちながらモデルに向き合うことができた。ほとんどの学生がヌードクロッキーが初めてということもあって、粗相のないように事前に約束事をかなりうるさく伝えてあったのだけど、こちらが心配するようなことは何もなく、とても熱心に制作に取り組んでいた。この演習、実習では、僕も学生たちにまじってクロッキーをしている。1、2年生合わせて4クラスを見ているので、毎週学生の4倍の枚数を描く事になる。単純に計算して1日51枚。2日では100枚を超える枚数だ。クロッキーブックが一気になくなってしまう。といっても、1分ポーズを行う事はそれほど多くないので、今後は枚数自体は減っていくことになる。

これらは1分クロッキー。1分で出来る事は極めて限られている。全てを描こうとしても無理だ。そこでその都度ポイントを絞って描いていく。ポーズにもよるのだけど、重心の位置、格部位のバランス、背骨の角度、的確な構図、等々。といっても、描いている最中は夢中になって手を動かすばかりである。
また、1分ポーズのメリットとしては、かなり無理のあるポーズも可能な点である。10分や20分といった長時間では無理なポーズも、1分でなら様々な体勢を試してもらうことができる。それには身体能力に優れたモデルでないといけないが、今回はとても素晴らしい方だった。

こちらは5分ポーズ。1分を経た後だと、ものすごく時間が長く感じる。クロッキーとしてもそれほど長いポーズではないのだけど、短い時間を経験した後なので、余裕を持って画面に向かうことができる。
最初のうちはどうしてもアウトラインばかりを追いかけてしまうが、それでは短い時間でクロッキーすることは、とても難しくなってしまう。なので、身体の内部構造を意識する事を常に言っている。そのためにも美術解剖学を応用する必要がある。今は出来なくても、きっと夏休み前には何かを掴んでくれるものと期待している。僕も勉強しないとね。
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2008年04月25日
関西事務所2というか大学の研究室
先週から仕事場としての大学の研究室も稼働してきたのでちょっと紹介。

一つの部屋を二人で使用しており、僕のスペースはこんな感じ。

書棚。ここだけ見るとなんの研究室なんだか。遊んでいるわけではなく、いたって大真面目な内容である。えっへん。

ようやく研究室でもネット環境が整って、すこし連絡のレスポンスがよくなると思います。今までアパートに戻らないとメールのチェックもできなかったので。懐かしの首振りiMacが大学から支給されたもの。MacBookは僕の私物。

再開した新作絵本。大きな机のある学校で制作中。図書館の本も大活躍。
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2008年04月21日
YOKOHAMA INTERNATIONAL SCHOOL
今日は朝から、YOKOHAMA INTERNATIONAL SCHOOLへ特別授業の講師として行ってきた。1時間目は午前8時30分からということで、15分を目指して家を出たのだけど、ほとんど渋滞にはまることなく随分早く到着することができた。でも、少し時間を遅らせて出たとしても、大きな渋滞にはまる可能性のほうが大きいので遅刻してしまったかもしれない。きっと、絶対に到着出来ない時間帯があるのだろう。
お題としては「恐竜の復元画」についてのお話。事前に図書館でまとまった数の僕の絵本や図鑑を購入してくれており、読んでくれている子供たちも多かった。朝一のクラスは4年生。INTERNATIONAL SCHOOLでは基本的に全ての授業を英語で行っているのだけど、僕に英語で授業というのは無理な話。そこで生徒の中から一人、ボランティアで通訳してくれるという。45分という短い時間のなかで、実質喋る事ができるのは半分ぐらいの時間だ。短めに準備したスライドショーを見せながら、「復元」についてと「制作のプロセス」を紹介した。通訳も的確でとてもスムーズ。専門用語の部分は僕も補足しながら話してもらった。なかなかはしょるのも上手くて、「6500万年前に恐竜は絶滅してしまったのだけど・・・」という下りは「ものすごく昔に恐竜は絶滅してしまって・・・」なんて意訳になっていた。僕が話したい事は伝わっているので、もーまんたい。
4年生の授業の後は1時間ほど休憩の後、今度は3年生の授業。先生が通訳の立候補を募るのだけど、たくさんの子供たちが元気よく手を挙げてくれる。今度の小さな通訳さんは、本当に丁寧に通訳することに心を砕いていた。でも、通訳することに一生懸命になるあまり、少しずつ声が小さくなっていってしまうのだけど、なんというかとても誠実な人柄と言うか、なかなかすてきな通訳だったのである。
お昼は校内のカフェテリアでビュッフェタイプのランチをごちそうになった。トマト系の味付けが多かったのだけど、さっぱりした味付けで美味しくいただいた。
午後からは2年生。先生方からは「集中力が全然続かない年齢ですから・・・」ということだったのだけど、にぎやかな雰囲気ながら熱心に僕の話を聞いてくれた。さすがに2年生となると通訳は先生がやることになったのだけど、僕の言葉を非常に平易な表現に訳していて、子供たちの目線で話をされているのだなあという部分が良く伝わってきた。この時面白かったのが、僕と先生の間で英語で簡単なやりとりをしていたら、前に座っていた女の子が「なんだ、英語しゃべれるじゃん!(って英語で)」叫んだのがおかしくておかしくて。でも、君たちに正確に言葉を伝えら得るような語学力は僕にはないのだよ。勉強しなきゃねえ。
その後は、当日に急遽頼まれた5年生の授業でも、短時間で簡単に授業。合計4クラスに授業をするというハードな一日でした。

こんな感じで原画を展示しての授業。このためにわざわざ車で行ったのである。

子供たちの前でホワイトボードに落書き。
INTERNATIONAL SCHOOLを訪問したのは初めてだったのだけど、面白い経験だった。日本の中にある異国であり、まったく違った文化がそこにある感じだ。何度か日本の小学校でも喋ったことがあるが、常に積極的に発言しようという姿勢はほとんどなかった。皆の前では「恥ずかしい」という気持が先にたってしまうのかな。今回、喋っている途中でも気になったら質問してね、なんて言っておいたら、一言二言話す度に次々と手が挙がる。まったく進まないので、急遽最後に質問タイムを持ってきたのだけど、それでも話をしたくてうずうずしているのが見ていてよく分かる。
僕が一番嬉しかったのは、彼らが僕を「絵描き」だと認識していてくれたことだ。最初に断りをいれなかったのだけど、恐竜に関する学術的な質問はほとんどなかった。「いつから恐竜を描く事になったの?」とか「どういうきっかけで恐竜を描く事になったの?」とか「今まで何枚ぐらい描いたの?」とか、職業としての「イラストレーター」や仕事の内容について興味を持ってくれる子供たちが多かったことに驚いたのだった。
少々寝不足で向かった横浜だったのだけど、とても有意義な経験の出来た一日でした。また足を運びたい学校ですね。話を聞いてくれた子供たち、スタッフの皆様、ありがとうございました。
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2008年04月12日
大学の図書館
関西事務所もかなり機能していきているのだけど、大学の研究室も制作の場としてかなり整いつつある。今は両方で違う性格の仕事を並行して進めている。もちろん僕の身体はひとつなので、行ったり来たりしながらなのだけど、大学と関西事務所が近くて本当に助かっている。
自宅から関西に移るにあたって一番問題だったのは資料。僕の仕事の大部分は論文等の資料によって支えられている。この10年にわたってこつこつと集めてきたものだが、それらの全てを持って移動するわけにもいかず、今抱えている案件に必要な最低限の資料だけを持ってきている。そんなとき、大学の図書館が非常に役立つ。造形大学なので古生物の専門書が揃っているわけではないが、町の図書館並みには自然科学系の書籍が並んでいる。動物図鑑等を見る事ができるのは本当に助かる。また、教員は20冊の本を2ヶ月間借りることが出来る。先日、山のように本を抱えて研究室へ持ち込んだ。
自宅にいる時は町の図書館を利用したこともあったけど、どうしても時間のロスが大きく、目的の本がなかったときには徒労に終わってしまう。なので、かなりの金額を使って書籍を買いそろえるしかなかったのである。専門書に関してはこれからも購入する必要があるが、大学図書館にリクエストを出す事も可能だということだ。予算の許す限り、いろいろリクエストを出して行こう。
風邪をひく暇もなく走り続けている、いまはそんな感じです。
なかなか更新できず、コメントへの返答も送れて申し訳ないです。さすがにアクセス数は落ちますね。仕事のペースはつかめてきたけど、生活のペースがまだもう一つなのです。
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2008年04月09日
大学での初講義
今日、大学での初講義。実技カリキュラムなので学生に任せる部分も多いのだけど、ガイダンスの内容も含んでおり喋る事も多い一日だった。僕が担当するのは1年生と2年生で、美術解剖学をベースにした人体描写のクラスである。僕自身、あらためて勉強しなおさなくてはいけないことも多い。
予想外というか思っていた以上に、みな真面目だ。女子学生が多いので、男子学生が少し萎縮しておとなしいようなところがあるのかもしれないが、真剣に課題に取り組んでくれた。この緊張感を半年間持続出来れば、学生それぞれに着実な進歩が見られるだろう。いや、そうあってほしいと願っている。
僕の講座ではヌードモデルを描く事が中心になるのだけど、ヌードクロッキー、ヌードデッサン未体験の学生が多かった。事前にある程度分かっていたので、ヌードモデルを描く時の注意点をまとめたプリントを配り、ルールとマナーを徹底して守るよう学生には伝えた。
その文面は次のようなものである。
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ヌードクロッキー、デッサンについての心得 小田 隆
ヌードモデルを描ける機会というのは、とても貴重なものです。限られた時間を大切に使うようにしましょう。そして、もっとも大切なことはモデルさんに対する敬意です。常にモデルさんを気遣い、尊敬の念を忘れることのないように、心がけてください。
1.遅刻は厳禁です。もしやむをえない理由で遅刻してしまったときは、ポーズが終わるまで部屋の外で待つようにしてください。ポーズ中の部屋の出入りは原則として禁止です。(気分が悪い時は、遠慮なく申し出てください)
2.ポーズ中の私語は厳禁です。携帯電話も電源を切るか、マナーモードにしてください。
3.ポーズ前と後に、必ずモデルさんに挨拶しましょう。気持も引き締まるし、感謝の気持を表現することは大切なことです。
4.演習、実習開始時間の10分後に最初のポーズが始まります。それまでにすぐに描き出せるよう準備をしておいてください。
5.画材はモノクロの素材を中心に使用します。クロッキーブックはできるだけ大きなものを用意してください。
とにかく良く観察すること。集中すること。全身を使って表現しましょう。
目と脳と手を直結するように、画面に集中してください。
最初から描けなくても悲観することはありません。枚数を重ねることで、着実に力がついてきます。
それでは半年間、一緒に頑張っていきましょう。
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もともとクロッキーは他人に見せる事を前提にしていない。自分のための訓練という側面が強い。なので作品を並べた講評会はしないということを学生には伝えてある。アドバイスを受けたい時は、直接僕のところへ見せにきてもらうつもりだ。どうしても人と比べたくなってしまうところもあると思うが、自分の描いたもの拙さについつい悲観的になってしまうことも多い。それでやる気をなくてしてしまっては元も子もないので、それぞれが自分に課題を持って、少しでも前進出来るようサポートしていきたいと思っている。
まだ、始まったばかり。僕もたくさん失敗するかもしれない。でも、自分の作品と同様、学生たちにも真剣に向き合っていきたい。
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2008年04月06日
新学期
先週から大学の新学期が始まっており、いろいろな行事に参加。まず2日には入学式と辞令式、そして教員の懇親会。3日はイラストレーションクラスの新入生歓迎会。未成年がほとんどということで、ノンアルコール。僕が学生だったときは、新歓の季節になると連日救急車がやってくるという、そんな無茶苦茶さだった。褒められた事ではない。

学内のカフェで。料理が美味い。
関西事務所の中も、仕事場机のまわりだけは整備されてきた。

6畳間の壁際一杯に並べた机の上に、仕事に必要な物を配置している。絵を描くにはこれだけでは手狭なので、繋がっているもう一部屋のほうにも作業机を設置する予定である。大きな画面については、大学にも部屋をもらえているのでスペースはあるのだけど、資料の持ち運びなど煩雑な手間も増えてしまう。
しかし、ここのところ引っ越しなどでばたばたしていたため、かなり腕が鈍ってしまった。この週末でかなり取り戻せたが、ベストの状態にはまだもうひとつである。

自宅はIHなので、ガスを使うのは久しぶり。業務用にも使える強力なガス代を導入してみたのだけど、これは優れもの。手際が悪いと火の回りの早さに手が追いつかない。ぱらぱらのチャーハンがすぐに作れます。
明日は、初のゴミ出し。これで少し部屋がすっきりする。また、午前中には大学で健康診断。フリーの間に痛めつけた身体の状態がどの程度になっているか。
ようやく生活と仕事のペースをつかみつつあるところである。
それと、久しぶりに猫工房が復活。覗いてやってください。
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2008年03月31日
滋賀へ移動
31日にいよいよ滋賀へ移動。一日かけて車で西へ向かいます。
まだ、運ばなくてはいけない荷物が多いため、カングーに満載していきます。少しの間、連絡がつきにくくなると思いますが、4月1日にはネットも開通している予定です。
急用の方は、携帯電話まで連絡お願い致します。
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2008年03月24日
モデルの手配
4月から始まる授業のために、年明けからカリキュラムを考えたり、モデルに入ってもらう時間割を決めたりという事をしていた。いよいよ時期が迫ってきて具体的な計画を立てる必要があり、人体デッサン、クロッキーの授業を担当する僕が責任をもってモデルの手配もすることになっている。
まだ、どんな学生が入ってくるのか、どういった内容の授業になっていくのか、僕にとっても手探りの部分が多いので失敗もあるかもしれないが、良質で濃密な時間を提供できるよう努力しなくてはならない。とはいえ、大学なのでこちらが手取り足取りすることはないが、求める学生に対してはどんどん応えていきたい。
ただ最初の授業では、モデルに対するマナーとモラルは、かなり厳格に伝えておくことが必要だろう。常に気遣いを忘れずに、敬意をもって接して欲しい。美術モデルの仕事は肉体的に極めて過酷だ。夏と冬は室内温度の管理も重要で、少々の暑さ寒さは描き手のほうが我慢して、モデルにとって一番快適な温度にしなくてはならない。
なぜ、こんなエントリーを書いたのかというと、ちょっとネット上に気になるスレッドが上がっていたからだ。結論から言えば、そのやりとりの内容はそうとうに酷い(一部まともな書き込みもあるが)。心ある人はスルーするのが良いと思うが、僕の職業にも関わることでもあるので、無視する事も出来ずリンクだけ貼っておく事にする。
ヌードデッサンのモデル
ヌードデッサンのモデル3
数年前の2チャンネルのほうが、よほどまともなやりとりである。
女性ヌードモデルって
ある特定の職業に対する差別意識は、虫酸が走るほど嫌なものである。
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2008年03月20日
卒業式
昨日は非常勤講師を勤める高校の卒業式だった。僕も今年度で辞めるので、気持ちに一区切りをつけることができた。
この数年間の授業を振り返ってという主旨で当日配布されたPTA通信に一文を寄稿したので、ここでも紹介しょうと思う。
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xx校での7年間を振り返って
一枚の絵を仕上げるということは、とても時間がかかるし大変なことです。特に油彩は守るべき約束事も多く、自由気ままに描けるものではありません。そんな伝統的な絵画の技法を中心にした僕の授業は、とても堅苦しいものだったかもしれません。
僕が美術の授業を通して伝えたかったことの一つに、絵を描くという事はとても論理的な思考が必要なのだということです。本来、「感性」なんてあやふやなものは、ほとんど立ち入る余地がありません。画材の特性を理解し、それぞれの材料を丁寧に、ときには大胆に、投げやりになることなく、辛抱強く画面に向かっていく。そうやって2年間に描ける油彩画の枚数は、2枚だけでした。
美術は、自分で発想し、計画し、そして作品を創り上げることが出来ます。あらかじめ答えは用意されていません。課題はありましたが、どんな作品を創りたいかは、各個人にゆだねられていました。迷ったり、混乱したり、分からなくなってしまったり、やる気を失ってしまったり・・・。でも、そんな経験から色々なことを学んでくれたらいいなあと思っていました。
僕はあまり褒めなかったり、単刀直入な物言いが多かったりと、それほど良い先生ではなかったかもしれませんが、真剣に絵を描いたあの時間を、記憶の片隅にでもそっと置いておいてもらえればと思います。
非常勤講師という形でしたが、7年間xx校で教えられた事は、僕にとっても多くの学びの場でありました。とてもとても、感謝しています。
また、いつか会える日まで!
小田 隆
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昨日になって気がついたのだけど、7年間ではなく実は6年間でした。最後の最後に間違えてしまった。
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2008年03月03日
授業中に描いた絵
非常勤講師をしていた高校では、授業中に時間を見つけて同じ課題を生徒と一緒に描いていた。もちろんずっと描き続けるわけにはいかないので、毎週2、30分程度の制作だったと思うが、久しぶりに描く油絵を楽しんでいた。最初の頃の課題は静物が中心で、途中から自画像や手を描く課題へと移っていった。ここで紹介するのは、僕が描いたものなのだけど、きちんと完成したものは残念ながらほとんどない。生徒達が描く参考になればと思い、描いていたものだ。

のっけから油絵ではないのだけど、アクリルで石膏像を中心にした静物を描いたもの。

これは油彩。大きさは全てF6号のキャンバス。

ミロのヴィーナスとクジャクの羽根。静物画というよりも肖像画ような構成になってしまった。

背景に自分の好きな世界を描いて、自画像と組み合わせる課題。骨好きとしては、やはりskullでしょうということで。

これも背景の世界と組み合わせる課題なのだけど、時間がなくて手を描くだけで終わってしまった。
どれもこれも未完成だなあ。描いてみせることで、どれだけのことが伝わったかは分からないけど、集中して細心の注意を払って作業するという面は見てもらえたかな?
土曜日の夜、テレビで「それでもボクはやってない」を見た。男性にとっては身につまされる、ある種の恐怖を感じる内容だろう。なんとも言えないやるせなさ、無力感。そして憤り。もし、仮に僕が同じシチュエーションに立たされたら、一目散にその現場から逃げるしかない、と強く思わざるを得ない。僕は法律について詳しいわけでもないし、裁判の現場を知っているわけでもない。警察の取り調べ、拘置所の中の実際も知る由もないが、映画で描かれていたことが現実に近いとすれば、正々堂々と裁判で闘うというのは、はなはだ不利でしかない。やってもいないことを、やったと認めて、わずかな罰金ですませるか。その場から逃げ去るかだ。僕はこれまでフリーランスでやってきたので、こういったことに巻き込まれても、それほど困ることはないだろうな、なんてお気楽に考えていたのだけど、それはまったくの間違いだ。
この映画を見たら、「痴漢に間違われたら、とにかくその場から逃げる」という人が増えるような気がするのだけど、実際はどうなんでしょう。何度も書くけど、僕は逃げます。全力で。
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2008年03月01日
非常勤講師、最後の授業
昨日の金曜日は、非常勤講師として高校最後の授業。2001年7月からだったので、7年やっていたことになる。けっこうあっという間だったという気がするが、とても良い経験だった。僕は予備校の講師の経験もなく、人に教える経験が不足していたので、最初は試行錯誤の連続だった。あくまでもアシスタントという立場ではあったが、油絵とデッサンの授業を担当し、成績もつけなくてはならなかった。僕を講師に誘ってくれたのは高校の先輩だったのだけど、大変お世話になったとともに、多くのことを学ぶことが出来た。
ということで(仮)野球部のコーチ(だったらしい)も辞めることに。最初は同僚の音楽教師と放課後にキャッチボールを楽しんでいただけだったのが、いつの間にか生徒が集まってきて、最後はノックで守備練習をするまでになっていた。初めはキャッチボールもまともに出来なかった生徒も、短い距離でならボールを受けて投げることができるようになっていた。これからが楽しみだったのだけど、成長を見守ることができなくて残念。
最後の練習を終えた後、顧問の音楽教師と(仮)野球部の生徒たちと食事に行くことになっていたのだけど、学校を出るときにタイミングが合わず一人で行くことに。聞いていた乏しい情報は、「池袋のサンシャイン」と「もばら」という名称の「しゃぶしゃぶ屋」だということ。ところがこれが微妙にずれていた。とりあえず、サンシャイン60の地下駐車場に車を停めて、インフォメーションへ。サンシャインは案内ボードがほとんどなく不親切。受付のお姉さんに、乏しい情報を頼りに聞いてみると、「もばら」という名のしゃぶしゃぶ屋はサンシャインにはないということ。ただ、近くに「モーモーパラダイス」略して「モーパラ」ならあるということを教えてもらうことができた。わざわざ地図まで書いてくれたのだけど、「サンシャイン」ではなくて「サンシャイン通り」だったのだ。幹事はちゃんと情報を渡してださいこの隙の多さが高校生らしいというか、なんというか。次に予定もあったので、1時間ほどでその場を後にして、丸善オアゾに向かう。友人である日本画家の佐藤宏三さんの個展を見るためだ。充実した仕事をされています。長谷寺の屏風絵、春と秋の風景を描いた連作は精緻な描写ながら、非常に迫力がある。時間のある方は是非。リンクはここ。
帰宅してからも制作し一枚完成。しかし、楽しくもくたくたになった一日だった。

(仮)野球部員達が寄せ書きしてくれたバット。子供用なので短くコンパクト。楽しいメッセージが綴られている。ただし、僕が勤めるのは滋賀の大学です。三重ではありません。僕の実家の情報がごっちゃになったのか、誰かに確認すればいいものを、ここでも隙の多さというか、脇の甘さを露呈した高校生達だったのである。
でも、ありがとうございました。
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2008年02月16日
STUDIO D'ARTE CORVO 関西事務所開設の準備
タイトルについては、半分冗談、半分本当のことである。4月から成安造形大学に勤務するための部屋探しに、木曜日に妻と出掛けてきた。

天気も良く富士山が綺麗に見えていた(らしい、というのもこのとき熟睡中)。名古屋から京都までの間は雪が吹雪いていた。そのため予定よりも15分遅れで京都に到着。
事前にインターネットで調べておいた物件を紹介してもらうため、連絡をとっていた不動産屋へ直行。ネットには情報が出ていなかった物件も含めて、5件ほど見せてもらうことに。車で移動して各所を見ていく。一番見たいと思っていた物件は、どうも良くなかった。まずまわりのロケーションが非常に暗かった。駅からはそれほど遠くないのだけど、奥まったところにあって静かというより寂しい雰囲気。部屋は充分に広いのだけど、立って手を伸ばすと届くほど天井が低い。圧迫感がある。築15年ほどということもあって、水回りの設備もそれなりに古くなっている。しかしこの物件、敷金と礼金で28万円という金額が設定されているのに、どうもそれを有効に使っているとは思えない。汚れのこびりついたガス台がそのままになっている。高い金額をとるなら、しっかり直しておいてもらいたい。大家の考え方が見えたようで、早々に撤退。その後いくつか見せてもらうが、あまりピンとこない。結局、ネットに情報のなかった担当者一押し物件に決定。築年数も4年と新しい。駅からも近く、徒歩圏内だ。それほど広くはないが、敷金礼金も常識的な範囲内であり、更新料も無料。見てすぐにほぼ決めてしまった。でも実は室内は見ていないのである。まだ退去前ということで、間取り図と外観、ほぼ同じ広さの他の物件から判断した。まあ、大丈夫でしょう。

ここが4月からの職場。遠景に琵琶湖を臨むことができる。

帰りの新幹線の車内ではちょっと贅沢を。京都駅ビルの伊勢丹で買った、牛ひれタタキの寿司とウニ、カニ、イクラの海鮮丼。美味かった。ビールも飲んだことのない地ビールを試したのだけど、いい味でした。
懸案事項だった部屋探しが一段落し、ほっとして帰ってきたのでした。
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2008年02月11日
関西の不動産事情
4月からの大学勤務のために、部屋を借りなくてはいけない。地方ということで、首都圏や大都市圏に比べれば家賃相場は低いのだが、関西特有の商習慣に面食らっている。まだ、実際に現地の不動産屋を回ったわけではないのだけど、ここ最近はネットで物件を定期的にチェックしていて気がついたがことがある。
首都圏との大きな違いは、家賃以外の礼金、敷金、保証金の高さだ。家賃がそれほど高くなくても、契約時にかかる金額がかなりの大きさになってしまうことが考えられる。こちらの方だと、礼金1ヶ月または無し、敷金2ヶ月というのが、ほぼ共通した数字だと思うのだけど、関西の物件はとにかくばらばらだ。礼金のほうが敷金よりも高い場合もあり、5ヶ月分とか法外と思えるような金額を設定しているところもある。礼金って、まったく戻ってこない金額だし、そもそも根拠がない。敷居を高くして、入居者の選別をしているのかもしれないが、とてもまともな金額とは思えない。事務所でもないのに、保証金が必要というのも、関東では見たことがない。まあ、これは退去時にある程度戻ってくると考えていいのだろう。
今まで見ていて、べらぼうに高かったのが、家賃6万円ほどの一軒家。礼金25万、敷金25万。これに不動産屋の仲介手数料も必要となるから、とんでもない金額である。一方、礼金、敷金0の物件もあり、何が何だかよく分からない。
敷金は少々高くてもいいから、礼金は0か1ヶ月にしてくれないかなあ。最初から値切るのが前提になっているのだろうか。
今週、日帰りで部屋探しに行ってきます。
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2008年01月10日
芸大解剖学教室で集中講義4
今日は芸大での集中講義の最終日。月一とはいえ4ヶ月に渡った講義が終了。前回までは基本的な骨格の復元について解説してきたのだけど、今回は出来上がった骨格図のコラージュをもとに、自由な表現を目指してもらった。

一見、産状図のようなのだけど、中央に復元された骨格図がある。

ひたすら画面を埋め尽くそうするように描かれた骨格達。一部、ソラリゼーションのような表現もあって面白い。

丁寧にトレーシングペーパーに描かれた、オーソドックスな骨格図。尻尾が地面に着いてしまっているのが惜しい。全体のアーチ型を意識しすぎたか。骨格の部位によって色が塗り分けられている。

こちらはなんと刺繍による骨格図。まだ途中なので、どんな仕上がりになるのか。
僕の講義はこれで終わり。彼女達にとっては、まったく未知の世界の作業だったのだけど、これをきっかけに少しでも興味をもってもらえればと思う。
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2007年12月14日
芸大美術解剖学研究室で集中講義3
昨日は1ヶ月ぶりの集中講義の日。冷たい雨の降る、日中からとても寒い1日だった。

少し早く着いたので、音校の学食キャッスルで「ポークカツ」を食べる。ライスもついて600円(ほんとは610円のところまけてもらった)。学生のときから、多分値段も変わっていない。食券売り場の後ろのメニュ−表も変わっていない。おじさんも健在。注文してから揚げるので少し時間がかかるのだけど、肉厚のある豚肉はとてもやわらかく美味い。味も変わっていない。
今回で講義も3回目。いよいよ本格的な組み立てに入っていく。といっても紙の上でだけど。講義を受けている学生達は解剖学の知識はあっても、恐竜に関する知識はまったくない。僕にとってもどういった出来上がりになるか、非常に興味深い。かなり活発に質問があるので、基本的に間違った復元になることはないのだけど、関節のちょっとしたずれから微妙に異なった骨格図が出来上がりつつあった。
使用している骨格の図版も、化石をスケッチしたものなので、どうしても3次元的な変形がある。そのためきっちり関節させることができない部分があり、最適な妥協点を見つけていく必要がある。

胴椎のつながりが少し円弧を描くようにつながっている。ほんの少しだけど、ほ乳類的といえるだろうか、

少し前上がり気味の姿勢。ほんの数ミリずれるだけで印象ががらりと変わるのが面白い。

僕自身もいつも悩むのが、肩甲骨の位置。これはまだ自分のなかでも正解を見つけられないでいる。肩甲骨の位置と角度で、姿勢が激変してしまうので重要なポイントである。

簡単なスケッチをホワイトボードに描きながら説明。毎回、ボードを一杯までつかってしまう。
彫刻科出身の学生から、「復元彫刻を作る仕事というのは多いのですか?」という質問があったのだけど、正直に多くはないと答える。ただし、潜在的なニーズはあると思うし、必要だと思っている研究者や博物館関係者は多いだろう。予算などの制約でなかなか実現しないのかもしれないが、どうしてこんなものしか作れないのか?と思うような造形物を目の当たりにすると、きちんと知識と技術をもった作家に出て来てほしいと切に願うばかりである。

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2007年11月08日
芸大美術解剖学研究室で集中講義2
今日は先月に引き続き、集中講義の2回目。実際にアパトサウルスの各骨格を切り抜いてもらい、どうのようにつながるかを検討してもらった。学生達は、基本的にまったく恐竜や古生物に関する知識がないので、先入観なしに復元のプロセスを体験してくれている。

ひとつひとつ丁寧に切り離していく。黙々と淡々と作業を進めている。

ホワイトボードを使って、骨の構造を解説。

大まかに出来上がった状態。なんとなくどんな生物なのかイメージできてきたようだ。ここにきて、「あ、首の長い動物だったんだ!」。いい感じです。イメージや固定観念を持たずに、復元というプロセスを大切にしてほしいと思っている。

最後にお遊び。
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投稿者 corvo : 23:40 | コメント (7) | トラックバック (1)
2007年11月01日
成安造形大学で講義
ちょっとアップが遅くなってしまったが、30日の講義の様子を少し。
朝7時30分に家を出て、新幹線で京都方面へ向かう。車内で本を読もうと思っていたのだけど、ただひたすら眠い。京都駅からは湖西線に乗って移動。

湖西線のホームから。

味のある車内と車窓からの風景。

12時30分ごろには学校に到着。校内のカフェでランチを食べる。

昨年はスライドショーのデータが壊れていて大騒ぎしたのだけど、今回は大丈夫。講義前に無事テストも完了。必修の単位ということではなかったので、去年よりも生徒の集まりは少ないが皆熱心に聞いてくれて、居眠りしたり私語をしたりということは一切なかった。静かすぎて、ちょっと拍子抜けするぐらい。

夜は近くのイタめし屋で食事。前菜。

ムール貝とエビのアラビアータ。このディナーセットで1300円。味も満足。店の雰囲気も良い。
午後8時44分に雄琴駅を出て、自宅に戻って来たのは午前0時30分でした。
11月にはいって、忙しさに加速度がついてきました。がんがんいくですよ。
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2007年10月29日
昨年に続いて、明日は集中講義
昨年に続いて、明日は集中講義のために関西に出張。今回は日帰り。
昨年の様子はこちらで。前回、講義用のスライドショーのデータが壊れてしまっていて、大変な目にあったのだけど、今回はすでにノート上で動作確認は済んでいる。大丈夫。喋る内容はほとんど同じなのだけど、今年になってからの仕事の紹介もあるので、多分グレードアップしているはず。オースティンでのSVPの様子もスライドショーにまとめた。
大学の講義なので楽しんでもらうことを第一に考えなくてもよいが、退屈するような話はしたくない。天気も良さそうだし、車窓から琵琶湖畔の景色を楽しんできます。
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2007年10月12日
芸大美術解剖学研究室で集中講義1
昨日は一昨年以来の芸大での集中講義。修士1年生対象の必須課題らしい(ということを研究室に着いてから知る)。
院生4名とも女性ばかりとは、芸大も随分変わった。僕が学生のときは、男の方がずっと多かったはずなので、一つの研究室に女性ばかりが集まるというのは、とても珍しく感じる。

研究室はこんな感じ。この日はスライドショーを使って、僕の仕事の概略を解説。丸善のトークショーの時のデータを使ったので、トップのページに「丸善トークショー」の文字が掲載されたままだった。ちょっとかっこわるい。
1ヶ月に1回ずつ、4ヶ月に渡っての集中講義。今回もアパトサウルスの復元に挑戦してもらうことにした。前回は生体復元までやろうとしたのだけど、僕自身そのノウハウを人に伝えられほど理解が進んでおらず、うまくいかなかった部分も多かったので、骨格復元を最終目標にすることにした。やり方としてはいつもと同じように、ひとつひとつの骨を切り出して並べていく方法である。次回の講義時間までに、自主的に切り抜きをやってきてもらうことにした。どんな骨格復元図が出来上がるか楽しみである。
帰宅してから、ボクシングを観戦。ボクシングをというスポーツをしていたのは、チャンピオンだけだった。挑戦者には、そもそも同じ舞台に立つ資格はなかったと思われた。ジャブを出さないでボクシングになるわけがないと思うのだけど。明日のためにその1も、「ジャブ」だ。
序盤からレフェリーに見えないところで、度重なる反則行為も犯していたらしい。チャンピオンの右目上の出血も。パンチではなくバッティングによるものだったようだ。最後までボクシングに徹したチャンピオン。最初からボクシングで勝つ気のなかった挑戦者。そんな風に思えてしかたがない試合だった。
しかし、試合後の対戦者同士のハグはおろか握手もないとは。通常、勝っても負けても対戦者に敬意を払い、選手はセコンドへも挨拶に行くものである。あまりに酷い挑戦者と挑戦者サイドの態度には、心底呆れた。
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投稿者 corvo : 21:47 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年09月28日
お見積もり
よく言われる事だが、「絵には値段があってないようなものである」というものがある。
既に亡くなった芸術家の作品の場合は、その金額は天文学的な数字に上るものもあれば、生前に比べて価値が下がるものもある。
僕の仕事でも、クライアントへ見積書を提示することがある。そんなとき、「大体こんなものです」では通用しない。やはり、見積書にも合理的な内容が要求される。なので、簡単な計算式を自分なりに作って、数字を当てはめていき金額を算出するようにしている。絵の値段は明確にある。
気持ちとしては、「もっと欲しい!」というのが常ではあるのだけど、きちんと見積もりの内容を評価してもらったときは、嬉しい気持ちになる(ほぼ全ての場合、ディスカウントすることになるので、ほんとは嬉しくないことも多々あるのだけど、ぶつぶつぶつ・・・)。
もちろん、ギャラリーに並べて絵を売るとなると、まったく違った考え方をしなくてはいけないのだけど、こういったことを意識するようになって、制作をすることが随分と楽になった。
自分が出した見積もりの中で収められなければ、それは自分の責任であるし、仕事の仕方が下手なだけである。
僕が知る限りではあるが、こういったことをちゃんと教えている美術系の大学はほとんどない(皆無かな。知っている人いたら教えてください)。他にも、著作権のこと、契約書の書き方など、仕事をする上で重要なことはたくさんあるのに、美術教育のプロセスの中に入っていないのは、大きな問題だろう。
僕の場合、結局これらのことを、社会に出てから自分で勉強したり、人から教えてもらったりして、たくさんの失敗をして身につけてきたものだ。これは実に効率が悪かった。「独学」の弊害を痛感したものである。
絵を描く技術は、ある程度伝授することは出来ても、どんな絵を描けば良いかを教えることはできない。ましてや、良い絵の描き方、売れる絵の描き方は、自分自身で試行錯誤を繰り返し、模索するしかない。少し前に、骨王さんと話をしたのだけど、アメリカにある教則本(例えば、「シナリオライターになるには」とか)だと、契約書の書き方や、仕事の営業の仕方などに、多くの紙幅が使われているという事である。僕が持っている、サイエンティフィックイラストの本にも、契約の結び方や、契約書のフォーマットまで記載されている。日本のこういった類いの本には、欠落している部分ではないだろうか。
作品を作り上げるアプローチは、基礎という共通点はあっても、それぞれの作家に違いがあり、一つとして同じ物はないだろう。同じ轍を行ったとしても、どこかで違う道を行く事になるかもしれないし、ただのデッドコピーで終わる事になるかもしれない。
そうであるなら、絵というものを通して、どうすれば社会と繋がることができるのか、という実務の面を重点的に教育の中に取り入れるべきではないだろうか。自分は人気があるのか、ないのか、という抽象的な評価ではなく、自分の価値はいくらである、という明確な基準を持つ事がプロフェッショナルとして重要なことではないだろうか。
美術の問題だけに関わらず、他の分野でも大切な視点ではないかと、僕は思っている。
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投稿者 corvo : 23:50 | コメント (9) | トラックバック (1)
2007年08月30日
「独学」についての追記
先日、ジョン・ハンターの伝記に絡めて、「独学」について書いたのだけど、もう少し述べてみたいと思う。
コメント欄でのやりとりもあったのだけど、僕は「独学」を否定しているわけではない。大切なのは、その分野において習得するべき「基礎」をきちんと修めているかどうかという点であり、学校に行く行かないの是非を問うているわけではない。ただ、学校というところは「基礎」を学ぶための、システマチックで効率的な体制が整っている事は確かである。しかし、入学したことに安心して自分から学ぶ意思がなければ、本末転倒でしかない。実際、そういうもったいないことをする人間が、少なからずいることも事実だ。
僕は美術についてしか語ることができないが、その「基礎」を習得するためには、膨大な時間とエネルギーが必要だった。もし、最初にゴール地点を示されて、そこに到達するまでにはこれだけのことをしなければならなない、という風に説明されていたら、最初から挫けてしまうか、逃げ出していたかもしれない。僕がアカデミックな訓練を始めたときに、先生からいわれた言葉が「素直でいなさい」ということだった。これは今でも通用する、大切なことのひとつだと思う。「基礎」の習得には反復する訓練など、面白みにかけるものも多いかもしれない。それでも、自分が出来るようになることを信じて、一心不乱に邁進する時期も必要である。そういった行為を繰り返してきた結果、「基礎」を習得する事が出来、後ろを振り返ってみると長い道のりだったことを実感する、という感じかもしれない。
僕はよく、「デッサンは100枚はやらないと」という話をする。この場合のデッサンは、一枚につき最低でも10時間以上の時間をかけた、じっくり描き込まれたものを指す。大きさも木炭紙大(500x650mm)と比較的大きなものである。10時間というと、二日で一枚の計算なので、1年は集中して描き続けなくてはならない。これ以外にも、クロッキーをしたり、エスキースを描いたりということを含めると、その何倍もの枚数になるのが自然である。
描きたくないものもあるかもしれない。苦手なものもあるだろう。それでも、ただひたすらに手を動かす時期というのは、とても貴重だ。
古生物の復元を手がけるようになって、必然的に生物や化石のことを勉強することになった。「独学」ということも憚られるほどの、ざるみたいな勉強のしかたなのだけど、研究者とコミュニケーションをとるためには大切である。でも、どれだけ多くの本を読んだところで、高校の生物程度の知識も怪しく、ましてや大学で基礎的訓練を受けていない僕の知識は、プロの研究者の足元には遠く及ばない。しかし、美術において「基礎」を習得することの困難さを経験しているので、素直に彼らを尊敬することができる。俄知識で、彼らを論破出来るなどとは、とても考えられない。
ちょっと話がずれるが、mixiのイラストレーション関係のコミュを見ていると、時々「教えてください」というトピックが立つことがある。たいていは「どうすればイラストレーターになれますか?」だったり、「プロになるためには学校にいかなくてはなりませんか?」といった類いの質問なのだけど、暖かい励ましのレスがつくことが多い。質問した本人は現在別の仕事をしているが、どうしても夢を諦めきれず・・・・というパターンが散見されるが、個人的には今の仕事を続けた上で、様々な方法を模索するべきだと思っている。なによりも生活を成り立たせる事が大事だからだ。そんなとき「独学」でも大丈夫か?という質問もかなりの確立でセットになってくるので、「すごく大変だから辞めたほうがいい」と書き込みをしたことがある。
そもそも、本気でどうにかしたいと考えている人間なら、もっと具体的に質問するべきだろう。現時点での作品を見せるわけでもなく、ちょっとネットで調べれば分かる事を、わざわざ質問している時点でおかしいと思う。イラストレーションや美術に関わる事は、何も作家になることでしか実現できないわけではない。それを作家になることだけに絞って、自分の可能性を狭めていくことは得策ではない。本音を言うと、喰えない貧乏な作家未満(かつて僕もそうだった)が増えても、社会的には損失のほうが大きい。まともに仕事についていれば、税金を納める事もできるし、まっとうな日常生活を送る事もできる。描き手ばかりが増えて、それを買ったり鑑賞したりする層が増えないのは、極めて不健全なことだ。
どんな経歴であろうとも、作品や論文を発表することは自由に出来る。「成果」が評価されるのであって、その人間がどんな経歴であるかは関係ない。とはいっても、誰が描いただの、何々会に所属しているだの、妙なレッテルで評価軸が変わってしまうのも事実ではある。
「独学にしては・・・」という物言いは、権威に対して唾を吐き、強大な壁に立ち向かっているように見せかけた、もっとたちの悪い「権威主義」に思えてならない。正統なアカデミックな道筋がなければ、「独学にしては・・・」という枕詞は何の意味も持たないのだから。
これから何かを始めようとする若い人たちや、子どもたちには、「基礎」を大切に「正道」を歩む事を強く勧める。世の中、「独学」でなんとかなるほど甘くない。
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投稿者 corvo : 10:58 | コメント (19) | トラックバック (0)
2007年08月27日
『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』
以前に少し紹介したままになっていた本である。何週間か前に読了していたのだけど、なかなか時間がとれずこんなタイミングになってしまった。率直に言って、とてもおすすめな本である。350ページを超える分量があるが、どんどん先を読みたくなり、時間さえ許せば一気に読んでしまいたいほどだった。訳者もあとがきで『最終章を読み終えたときには「もう終わってしまうなんて、もっと読みたいのに」と思った』と告白している。この感想は実に的を得ている。
そう、これは「ジョン・ハンター」という不世出の外科医であり、類いまれな奇人を描いた伝記である。作者はイギリスの女性ジャーナリストである。おそらく膨大な資料にあたり、それらを丹念に紐解いていったのであろうことは、容易に想像がつく。ドラマチックに描かれているわけではないのだけど、ハンターの持つエピソードの凄さと、奇異さに、筆がどんどん引っ張られていくような印象がある。それほどに、興味深いエピソードが目白押しである。
18世紀の医学は近代的とは言いがたく、いまだにギリシャ時代の考え方が踏襲されており、麻酔もなければ消毒という概念もなかった時代である。また、外科医は一段下に置かれた、手を汚す職業であり、内科医に比べて権威も社会的地位も低かった。そんな時代に突如現れ、解剖を繰り返す事で人体の仕組み、神秘を解き明かそうとしたのが、ジョン・ハンターだ。兄が医者であったとはいえ、幼少のときは勉強が嫌いで、野山を駆け回り自然を観察することが大好きだったハンター少年。やがて兄の仕事を手伝うことになり、その観察力によって培われた、自然物に対する類いまれな探究心が花開くことになる。
兄からある種押し付けられるように、汚れ仕事である「解剖」を行う事になるのだけど、ハンターはこの作業に瞬く間にのめり込んでいく。手先も器用で手際も良く、標本作りの才にも長けていた。ここで面白いのが、いかに死体を手に入れるのか、という下りである。死刑執行された遺体を、遺族よりも先に奪い合ったり、非合法に墓堀職人と結託して墓地から盗み出したり。また、そのシステムをビジネスとして確立していくところも、不気味さとともに、死体確保に情熱を傾けるハンターたちの姿が生き生きと感じられる。
体系的な近代医学が確立されていなかった時代においては、解剖を通して独自に知識を貯えていくしかなかった。画家を雇って詳細なスケッチを制作したり、標本を作り保存する独自の方法を編み出したりして、未来につながる知の体系を次々と作り上げていった。彼はそれまでの、間違った説を妄信する権威に対して、果敢に立ち向かい、激しく戦いを挑んでいった。そのため、多くの優秀な弟子を排出し、彼らの多くにとても慕われていたが、同時に敵も多かった。およそ、処世術といったことには無頓着で、高所得と言ってよい稼ぎのほとんどを標本の購入や、死体の引き取り、珍しい動物の購入に、惜しみなくつぎ込んで行った。医学の世界に多大な貢献をしたが、多額の借金がたたって、ハンターの死後、遺族が不幸になってしまったのは、なんともやりきれないものがある。また、彼が残した遺恨によって、義理の弟の反撃にあい、多くの準備段階の論文が失われてしまった。
ここで、どんなにくわしく書いても、本書の魅力の1/10も伝わらないと思うので、是非手に取って読んでほしいと思う。
実はここまで長々と書いて来たのは、「独学」ということについて、ちょっと書いてみようと思ったからである。
ハンターのやってきた方法は、現在であれば「独学」に近い物であったと思う。彼は正規の医学の教育(その内容はお粗末だったとはいえ)を受けていなかったし、それまでなかった方法を開発して、解剖や標本作りをする必要に迫られた。そして、医学に「観察して、推論して、実験する」という科学的手法を導入した、初めての人であった。
超人的な体力と、たぐいまれな知的好奇心なくしては、とても実現できるような仕事量ではない。だからこそ「独学」というのは、生半可にできるものではないし、出来れば正規の教育を受ける道に進んだ方が良いと僕は思っている。
絵の世界や、イラストレーションの世界だけではないが、「独学」であることがもてはやされる風潮を感じる事がある。しかし、僕の専門である美術についても、体系的な勉強をしたほうがはるかに効率的だ。デッサンをすることは、地道な作業の連続で、自由な表現から遠いところにあると思うかもしれないが、これまでに積み上げられて来た先人の眼を追体験するように、とても多くのことを学ぶことができる。また、絵を描く事はフィジカルな行為でもあるので、手を動かす修練をするためにも不可欠である。ハンターの言葉を借りるなら「観察して、イメージして、実際に描く」といったところだろうか。
もちろん「独学」で到達できる人もいるかもしれないが、それは遠く険しい道のりだろう。それに、ひとたびプロになれば、「独学にしてはすごい」なんて枕詞は、なんの免罪符にもならない。見る人にとっては、そこにある画面が全てであり、極端に言えば良い絵かそうでないかだけである。
ただ、権威に無用な反発をし、進むべき正道を踏み外し、手近な自由を求めたとしても、その先に待っているのは暗い未来ではないだろうか。僕自身は、今日本で受けられる最もアカデミックな美術教育を受けて来た人間の一人だ。だからといって、権威に対して妄信的におもねっているわけではないが、今僕が身につけることができたスキルは、大いにその恩恵を受けている。本当に絵を描いていきたいと思うなら、その欲求を満たすだけでなく、目の前にある困難にも、嫌なことにも、まずは立ち向かっていってほしいと思う。
実を言うと、僕は油画科に入学したにも関わらず、受験生のときは油絵が大嫌いだった。どうにもあのねばねばとした素材が合わなくて、描く事が苦痛でしょうがなかったのである。そこで僕は、「まずは敵をよく知る事が大切だろう」と、油絵の成り立ちや技法書を徹底的に読み込み、その仕組みから理解しようとしてみた。そうなってくると、どんどん楽しくなってくる。やがては油絵に対するコンプレックスもなくなり、ある程度思い通りに描けるようになった。
勉強したといっても、大したことではなかったと思うのだけど、目の前の困難から逃げずに、立ち向かえたことは、今でも大きな財産になっていると思う。
現在は、正規に学べる環境が多く存在している。時間はかかるかもしれないが、「通信教育」という手段もある。「独学」などと言わず、まずはその道の体系的な教育を受けるべきだと思う。間違いなく、鍛えられる。
少々、教師とそりがあわなかったぐらいで学校を中退してしまったり、そっぽを向いてしまうなんてのは、「根性なし」以外のなにものでもない。
「独学にしては凄い」なんて、ものすごく恥ずかしい物言いだと、僕は思う。
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投稿者 corvo : 01:33 | コメント (10) | トラックバック (1)
