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2007年8月30日

「独学」についての追記

 先日、ジョン・ハンターの伝記に絡めて、「独学」について書いたのだけど、もう少し述べてみたいと思う。
 コメント欄でのやりとりもあったのだけど、僕は「独学」を否定しているわけではない。大切なのは、その分野において習得するべき「基礎」をきちんと修めているかどうかという点であり、学校に行く行かないの是非を問うているわけではない。ただ、学校というところは「基礎」を学ぶための、システマチックで効率的な体制が整っている事は確かである。しかし、入学したことに安心して自分から学ぶ意思がなければ、本末転倒でしかない。実際、そういうもったいないことをする人間が、少なからずいることも事実だ。
 僕は美術についてしか語ることができないが、その「基礎」を習得するためには、膨大な時間とエネルギーが必要だった。もし、最初にゴール地点を示されて、そこに到達するまでにはこれだけのことをしなければならなない、という風に説明されていたら、最初から挫けてしまうか、逃げ出していたかもしれない。僕がアカデミックな訓練を始めたときに、先生からいわれた言葉が「素直でいなさい」ということだった。これは今でも通用する、大切なことのひとつだと思う。「基礎」の習得には反復する訓練など、面白みにかけるものも多いかもしれない。それでも、自分が出来るようになることを信じて、一心不乱に邁進する時期も必要である。そういった行為を繰り返してきた結果、「基礎」を習得する事が出来、後ろを振り返ってみると長い道のりだったことを実感する、という感じかもしれない。
 僕はよく、「デッサンは100枚はやらないと」という話をする。この場合のデッサンは、一枚につき最低でも10時間以上の時間をかけた、じっくり描き込まれたものを指す。大きさも木炭紙大(500x650mm)と比較的大きなものである。10時間というと、二日で一枚の計算なので、1年は集中して描き続けなくてはならない。これ以外にも、クロッキーをしたり、エスキースを描いたりということを含めると、その何倍もの枚数になるのが自然である。
 描きたくないものもあるかもしれない。苦手なものもあるだろう。それでも、ただひたすらに手を動かす時期というのは、とても貴重だ。

 古生物の復元を手がけるようになって、必然的に生物や化石のことを勉強することになった。「独学」ということも憚られるほどの、ざるみたいな勉強のしかたなのだけど、研究者とコミュニケーションをとるためには大切である。でも、どれだけ多くの本を読んだところで、高校の生物程度の知識も怪しく、ましてや大学で基礎的訓練を受けていない僕の知識は、プロの研究者の足元には遠く及ばない。しかし、美術において「基礎」を習得することの困難さを経験しているので、素直に彼らを尊敬することができる。俄知識で、彼らを論破出来るなどとは、とても考えられない。

 ちょっと話がずれるが、mixiのイラストレーション関係のコミュを見ていると、時々「教えてください」というトピックが立つことがある。たいていは「どうすればイラストレーターになれますか?」だったり、「プロになるためには学校にいかなくてはなりませんか?」といった類いの質問なのだけど、暖かい励ましのレスがつくことが多い。質問した本人は現在別の仕事をしているが、どうしても夢を諦めきれず・・・・というパターンが散見されるが、個人的には今の仕事を続けた上で、様々な方法を模索するべきだと思っている。なによりも生活を成り立たせる事が大事だからだ。そんなとき「独学」でも大丈夫か?という質問もかなりの確立でセットになってくるので、「すごく大変だから辞めたほうがいい」と書き込みをしたことがある。
 そもそも、本気でどうにかしたいと考えている人間なら、もっと具体的に質問するべきだろう。現時点での作品を見せるわけでもなく、ちょっとネットで調べれば分かる事を、わざわざ質問している時点でおかしいと思う。イラストレーションや美術に関わる事は、何も作家になることでしか実現できないわけではない。それを作家になることだけに絞って、自分の可能性を狭めていくことは得策ではない。本音を言うと、喰えない貧乏な作家未満(かつて僕もそうだった)が増えても、社会的には損失のほうが大きい。まともに仕事についていれば、税金を納める事もできるし、まっとうな日常生活を送る事もできる。描き手ばかりが増えて、それを買ったり鑑賞したりする層が増えないのは、極めて不健全なことだ。

 どんな経歴であろうとも、作品や論文を発表することは自由に出来る。「成果」が評価されるのであって、その人間がどんな経歴であるかは関係ない。とはいっても、誰が描いただの、何々会に所属しているだの、妙なレッテルで評価軸が変わってしまうのも事実ではある。
 「独学にしては・・・」という物言いは、権威に対して唾を吐き、強大な壁に立ち向かっているように見せかけた、もっとたちの悪い「権威主義」に思えてならない。正統なアカデミックな道筋がなければ、「独学にしては・・・」という枕詞は何の意味も持たないのだから。
 これから何かを始めようとする若い人たちや、子どもたちには、「基礎」を大切に「正道」を歩む事を強く勧める。世の中、「独学」でなんとかなるほど甘くない。
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投稿者 corvo : 2007年8月30日 10:58