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2007年08月30日
「独学」についての追記
先日、ジョン・ハンターの伝記に絡めて、「独学」について書いたのだけど、もう少し述べてみたいと思う。
コメント欄でのやりとりもあったのだけど、僕は「独学」を否定しているわけではない。大切なのは、その分野において習得するべき「基礎」をきちんと修めているかどうかという点であり、学校に行く行かないの是非を問うているわけではない。ただ、学校というところは「基礎」を学ぶための、システマチックで効率的な体制が整っている事は確かである。しかし、入学したことに安心して自分から学ぶ意思がなければ、本末転倒でしかない。実際、そういうもったいないことをする人間が、少なからずいることも事実だ。
僕は美術についてしか語ることができないが、その「基礎」を習得するためには、膨大な時間とエネルギーが必要だった。もし、最初にゴール地点を示されて、そこに到達するまでにはこれだけのことをしなければならなない、という風に説明されていたら、最初から挫けてしまうか、逃げ出していたかもしれない。僕がアカデミックな訓練を始めたときに、先生からいわれた言葉が「素直でいなさい」ということだった。これは今でも通用する、大切なことのひとつだと思う。「基礎」の習得には反復する訓練など、面白みにかけるものも多いかもしれない。それでも、自分が出来るようになることを信じて、一心不乱に邁進する時期も必要である。そういった行為を繰り返してきた結果、「基礎」を習得する事が出来、後ろを振り返ってみると長い道のりだったことを実感する、という感じかもしれない。
僕はよく、「デッサンは100枚はやらないと」という話をする。この場合のデッサンは、一枚につき最低でも10時間以上の時間をかけた、じっくり描き込まれたものを指す。大きさも木炭紙大(500x650mm)と比較的大きなものである。10時間というと、二日で一枚の計算なので、1年は集中して描き続けなくてはならない。これ以外にも、クロッキーをしたり、エスキースを描いたりということを含めると、その何倍もの枚数になるのが自然である。
描きたくないものもあるかもしれない。苦手なものもあるだろう。それでも、ただひたすらに手を動かす時期というのは、とても貴重だ。
古生物の復元を手がけるようになって、必然的に生物や化石のことを勉強することになった。「独学」ということも憚られるほどの、ざるみたいな勉強のしかたなのだけど、研究者とコミュニケーションをとるためには大切である。でも、どれだけ多くの本を読んだところで、高校の生物程度の知識も怪しく、ましてや大学で基礎的訓練を受けていない僕の知識は、プロの研究者の足元には遠く及ばない。しかし、美術において「基礎」を習得することの困難さを経験しているので、素直に彼らを尊敬することができる。俄知識で、彼らを論破出来るなどとは、とても考えられない。
ちょっと話がずれるが、mixiのイラストレーション関係のコミュを見ていると、時々「教えてください」というトピックが立つことがある。たいていは「どうすればイラストレーターになれますか?」だったり、「プロになるためには学校にいかなくてはなりませんか?」といった類いの質問なのだけど、暖かい励ましのレスがつくことが多い。質問した本人は現在別の仕事をしているが、どうしても夢を諦めきれず・・・・というパターンが散見されるが、個人的には今の仕事を続けた上で、様々な方法を模索するべきだと思っている。なによりも生活を成り立たせる事が大事だからだ。そんなとき「独学」でも大丈夫か?という質問もかなりの確立でセットになってくるので、「すごく大変だから辞めたほうがいい」と書き込みをしたことがある。
そもそも、本気でどうにかしたいと考えている人間なら、もっと具体的に質問するべきだろう。現時点での作品を見せるわけでもなく、ちょっとネットで調べれば分かる事を、わざわざ質問している時点でおかしいと思う。イラストレーションや美術に関わる事は、何も作家になることでしか実現できないわけではない。それを作家になることだけに絞って、自分の可能性を狭めていくことは得策ではない。本音を言うと、喰えない貧乏な作家未満(かつて僕もそうだった)が増えても、社会的には損失のほうが大きい。まともに仕事についていれば、税金を納める事もできるし、まっとうな日常生活を送る事もできる。描き手ばかりが増えて、それを買ったり鑑賞したりする層が増えないのは、極めて不健全なことだ。
どんな経歴であろうとも、作品や論文を発表することは自由に出来る。「成果」が評価されるのであって、その人間がどんな経歴であるかは関係ない。とはいっても、誰が描いただの、何々会に所属しているだの、妙なレッテルで評価軸が変わってしまうのも事実ではある。
「独学にしては・・・」という物言いは、権威に対して唾を吐き、強大な壁に立ち向かっているように見せかけた、もっとたちの悪い「権威主義」に思えてならない。正統なアカデミックな道筋がなければ、「独学にしては・・・」という枕詞は何の意味も持たないのだから。
これから何かを始めようとする若い人たちや、子どもたちには、「基礎」を大切に「正道」を歩む事を強く勧める。世の中、「独学」でなんとかなるほど甘くない。
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投稿者 corvo : 2007年08月30日 10:58
コメント
「夢」って軽々しく言われますけど、それを実現するには莫大な時間と、途方も無い努力が必要なんですよね。
自分だけの力ででチョチョイと勉強して、あとはなんとかなるとか、そういう物ではないんですよね。
画家になるにしても野球選手になるにしても作家になるにしても、プロフェッショナルになるにはそれ相応のちゃんとしたところで勉強せねばならん、ということでしょうか。
僕にはまだこういう話に首を突っ込むのは早いのかもしれませんね。
投稿者 ニヤゾフ : 2007年08月30日 12:33
先日読んだ本に面白いことが書いてありました。
「教育から受益する人間は、自分がどのような利益を得ているのかを、教育がある程度進行するまで、場合によっては教育が終了するまで、言うことができない」
当たり前のことですが、これを応用すると例えばcorvoさんのコメントにあるmixiのイラストレータになりたい人達に感じるギャップも理解できないでしょうか。
彼らはまず、そんなことしてもイラストレータになれるかどうかわからない。
そんなわけのわからない作業に自分の大事な労力(時間)を払うことは出来ない。
なぜなら、無駄になってしまったら労力(時間)が勿体ないじゃないか。
という風に答えありきの考え方をするのではないでしょうか。
一見、石橋を叩いてわたる賢い生き方をしているようにみえますが「どういう利益が得られるかわからない」=「無駄なこと」ではないですよね。
「まだ」わからないことは、その教育なり訓練なりを達成した後に価値がわかるわけです。
禅問答のようですが、意味もわからないことをわからないまま経験した方が結果的に「得」をするというのは、なんか面白いですね。
投稿者 nijntje : 2007年08月30日 20:51
どうも、はじめまして。美大生です。
corvoさんのおっしゃる「独学にしてはすごい」という発言をしている人って具体的にどのような人を指しているのでしょうか?文中で具体的な説明を全くしてませんよね。
僕は美大生で油絵を専攻していますので、日本洋画の世界では「独学にしてはすごい」という物言いをしている人よりもアカデミックな勉強がしたくてもできなくて結果的に独学で勉強して「独学で、すごい」人はいらっしゃいますが(例えば、三嶋哲也さんなど)
まあ、逆に独学で勉強してひどい絵を描いている人もいますけど(僕とか)。
corvoさんのおっしゃる「独学にしてはすごい」という物言いをしている人たちはイラストの世界の人を指しているんでしょうか?そうだったら理解できますが。僕はイラストの世界のことはよく分かりません。
ちなみに東京芸大のカリキュラムはアカデミックな勉強を学べるものだったのかもしれませんが、美大によってはデッサンの授業がほとんどなかったり、古典技法を指導できる教員が一人もいないということもしばしばありますので、権威批判イコール、アカデミック批判ということにはならないですよね。
だから、学校が基礎を学ぶのに適しているとは限らないですよ。基礎教育を軽視し、新奇な表現を模索することが素晴らしいと指導している美術学校も少なからずあります。むしろ僕は美術学校が基礎を学ばせることを放棄しているからこそ、美術教育批判をしています。
その点では東京芸大は人物デッサンの授業に重点を置いていると聞いたことがありますし、技法に精通している先生もいらっしゃるようなので、基礎やアカデミックな教育を学ぶのに大変素晴らしい環境なのでしょう。
最後に<世の中、「独学」でなんとかなるほど甘くない>と締めくくっていますが、あれ、やっぱり独学を否定しているような・・・
ちゃんとした指導者がいるに越したことはないでしょうが、結果的に仕方なく独学で勉学に励んでいる方は世の中にたくさんいますよね。その上で成果を上げている人もたくさんいます。
corvoさんの今回の文章は、そういった人たちに対する配慮がやや足りないように思いました。ですので、あえて別の視点からコメントをさせていただきました。
投稿者 美大生 : 2007年08月31日 01:18
>ニヤゾフさん
なるためにもたくさん勉強したり、努力したりすることが必要ですが、それ以上にその職業についてから、やらなくてはいけないことのほうが多いです。
気を抜かずに、やってしくしかないです。
今からでも、少し意識していくと、これからの生き方にいい影響があるかもしれませんよ。
>nijntjeさん
よく分かります。エントリーやコメントでも書きましたが、僕もそのつどそのつど、言われるままにやっていたことが多いです。そのときは自分がどの位置にいるのかも分からないし、どこまで行けばいいかも分かりません。今だって、わからないのですよね。自分の目の前に見えた壁を、ひとつひとつクリアしていくしか、前に進む方法はないのだと思います。
とても「しんどい」事なのは、間違いないと思います。
>美大生さん
初めまして、コメントありがとうございます。
エントリ−内では具体的な例をあげていませんし、これからも上げるつもりはないのですが、主にイラストレーションや出版業界でのことです。
大学とは、学びたい側が選ぶ物だと思います。もちろん受験によって、うまくいかないこともあると思いますが、基本的には自分が学びたい内容のある大学を選ぶ物だと思います。現実に基礎をないがしろにする大学の風潮もあると思います。僕が学生のときは、インスタレーションが流行していた時期で、アカデミックな訓練を軽視する傾向も存在しました。
それでも必修として「技法材料」を学ぶ機会があったのは、大きな財産であったと思います。
「独学」をひとくくりにしているわけではなく、全面的に否定しているわけでも、肯定しているわけでもありません。
本当に学びたいと思う人が、その場所にいられるような、求めれば求めるだけ得られるような、そんな場がひとつでも増えてくれればと思っています。
「独学」でしかなしえなかいものもあるかもしれませんが、別の方法でもっと早くある領域に到達する事が出来るなら、そちらを勧めたいと思います。
もうすでに、成果をあげている人は、僕のエントリーを問題にしないだろうし、堂々と仕事をされていると思います。
僕はこれから何かを始めようという人たちに向けて、このエントリーを書きました。人生、遠回りをすることが大切なときがあるかもしれませんが、よりよい方法があれば選択肢として考えてほしいです。
僕もまだまだ勉強が足りません。自戒をこめてのエントリーでもあります。
投稿者 corvo : 2007年08月31日 12:57
>美大生さん
ブログ拝見しました。
面白かったです、頑張って下さい。
僕は三嶋哲也さんよりも、三嶋さんの講座の第一期生からプロとなった疋田正章さんのキャリアに関心を持ちました。
>corvoさん
僕が使ってた言葉に「目標は達成される為にある」というのがあるらしい(面白いことを言うと人に言われた)のですが、要は戦略と戦術、現在の己の能力と環境を把握し、今後のビジョンに繋げて行くのが重要だと思うんです。
例えばプロ未満の修行中、プロになっても売れなくて金銭的にマイナスでも、それを補う収入があれば達成するための目標を断念する事はありませんし、それに貧乏暇なしという言葉の通り、定職が無いと却って時間を取られてしまって自由がなくなると思いますので(僕の知り合いで大学を出てフリーターになった人がいて偶然会った当時「バイトだけで1日が終わる」と嘆いてました、その彼は今はそこの正社員になりましたけどね)、理想は一度社会人になってしまう事だと思うんですよ。美術だって明らかにビジネスで、そういった才覚を得るためには社会人になることがプラスに作用すると思うし。実際、本人の美貌や芸風というか、そういった物を全て含めた印象で作品をアピールしている作家もいるようですしね。アートであってもマーケティングは重要ですよ。
学校は基礎を学ぶのに重要な場合もありますが、学校の質、水準等によっては必ずしも効果的とはいえない場合もありますし、学校を出たらそこでオワリでは意味が無いので、要はどうやって基本を学んで色々人たちに触発されて「独り」にならないようにする環境を構築するかが重要なのかなと。
投稿者 アイスストーン : 2007年09月01日 12:26
>アイスストーンさん
僕自身、就職せずに来てしまったので、メリットもあったと思いますが、大きなデメリットもあったように思います。月々、きちんと給料をもらって、生活設計をたてて、余った時間で好きな事が出来るなら、そうしたほうがずっと実り大きいものになると思います。勤め人の時にしっかり貯金して独立される方も多いですしね。
僕なんか、貯金0からのスタートなので、とてもきつかったです。
美術と言っても、社会の中の活動なわけですから、アイスストーンさんがおっしゃることは至極もっともです。
わざわざ「独り」になることはないですよね。応援してくれるたくさんの仲間とともに歩む、そんな気持ちがあったほうがいいと思います。
学校にもそれぞれの特色がありますからね。学校を選ぶのは、本人の責任ですし、合格するための対策をたてるのもマーケティングに近いところがあると思います。
>美大生さん
どこの美術大学に通われていて、どこの美術予備校を出られたのか、おおよその目星がつきました。まったくの勘違いってこともあるかもしれませんが。
投稿者 corvo : 2007年09月01日 14:22
corvoさん、お忙しい中、ご丁寧にお返事いただきありがとうございました。
おかげでcorvoさんの意図することが分かりました。
確かに僕も、むやみやたらと独学で勉強するのは半ば無謀なことであると思っていますので、corvoさんと同じ意見です。
あー、最初は僕の勘違いかと思ってましたが、どうやら僕とcorvoさんは共通の知り合いがいるようですね。具体的なことを書かなくても多分通じますよね。
Aさんから、予備校時代に鳥などを描かせると凄まじい描写力と細密さで描いてしまう凄い教え子がいたと聞いたことがありましたが、多分、corvoさんのことですね。あの方は僕のブログを読んで怒っているかもしれませんが、あくまで僕という立場から見えた事実を書いているに過ぎないので、気になさらないでもらいたいです。corvoも僕のブログを読んで、感情を害されることやおかしな記述がありましたら、いくらでもご指摘いただいて結構です。ご批判、ご叱責もありがたく頂戴します。
corvoさんの作品画像を拝見させていただきましたが、イラスト作品、デッサンともにその圧倒的な技量の高さに感服しております。芸大は人物デッサンをたくさんやらされると耳にしたことがありますが、芸大時代はどの程度、人物デッサンをこなされたのでしょうか?すいません、質問してしまって。
>アイスストーンさん
はじめまして。僕のブログは面白いのでしょうか ?過去から現在にさかのぼるような感じで読んでもらえれば少しは面白いかもしれません。
半人前のくせに色々と語っており、鼻持ちならないかもしれませんが、所詮、画学生の駄文に過ぎないということで大目に見てください。
また、何かありましたら、僕のブログにコメントしていただければと思います。
疋田さんの作品は画像でしか見たことがありませんが、経歴が僕と少し似ていて、惹かれるところがあります。
彼は最近どんどん腕を上げていますね。僕もそうなれればいいですが。
投稿者 美大生 : 2007年09月02日 00:53
>美大生さん
Aさんには、大変お世話になっていますが、正確には僕は彼の教え子ではありません。僕は出身地は三重県ですし、通っていた美術予備校は名古屋と東京です。
「僕という立場から見えた事実」というのは、ちょっとおかしな表現です。事実とは客観的なものですから、美大生さんの視点で見ている事は主観であり印象です。
僕にとって彼は信頼出来る人間のひとりですので、どういったことを書かれようとも気にすることはないです。
美大生さんのブログを拝見しましたが、内容の多くは愚痴と言い訳のように感じました。
芸大では、申請すればヌードモデルを手配してもらうことができました。僕も何度か利用した事がありますが、頻繁にというほどではなかったです。自宅で自画像を描く事も多かったです。予備校生のときは毎週月曜日にチケット制のクロッキー会があって、そこで描いていました。最近もクロッキー会を見つけて、月一ぐらいで描きにいっています。後は解剖書を見るのも、骨をスケッチするのも大好きです。
きちんとした目的をもって描くなら、枚数に勝る物はないと思っています。質と量を徹底的に追及するのがよいと思います。
投稿者 corvo : 2007年09月03日 16:51
お返事どうもです。
事実とは客観的なもの、という発言は一応理解できるのですが、辞書で解説されているような意味では客観的なものでなければならないというわけではないようです。僕はむしろ嘘の反対語として使っています。例えば、法廷での証人の発言に対して使われる「事実か、嘘か」という事例を頭に思い浮かべていただければ理解できると思います。
「主観であり、印象」という発言に関してはこれといった異論はありませんが、主観をなるべく客観的なものに変えて語ることはできると思います。自分はそうしているつもりでしたが・・・。
僕のブログは愚痴を書いていることが多いですが、「言い訳」というのはちょっと理解しかねます(本当にそれについて具体的に説明できますか)。
今度機会があったら、僕のブログの、どの記事の、どのような文章が「言い訳」なのかご指摘いただければ、自分の悪いところを客観的に知る良い機会になると思いますので、お時間があれば、僕のブログにコメントをしていただければと思います。お願いします。
「デッサン、クロッキー、質と量云々」のお話は大変参考になりました。僕はデッサン力に難がありますので、corvo さんのお言葉を励みに精進します。
投稿者 美大生 : 2007年09月03日 20:47
再三にわたって失礼します。一つ追記したいことがありましたので。
どんなことであれ、肯定、批判それぞれの意見があってよいと思うのですが、肯定、批判にたどり着くまでのその途中の根拠となる考えや論理が最も重要と思うんですね。根拠を述べずに批判しても相手に何も伝わらないはずです。ですので、その点についても最低限言及していただきたいのです。それが社会的、人道的対話における絶対条件なのかもしれません。
投稿者 美大生 : 2007年09月03日 20:59
>美大生さん
「事実」という言葉の使い方に関して、独自の考えがあるということでしたら、それでもかまいませんが、そうであるならば、きちんと説明はしておいた方がよいと思います。美大生さんが、「事実」であるととらえた事も、他人にとっては「事実」とは違うという場合もあります。もちろん、主観を客観的なものに変えることは出来ますし、ブログなど公開する文書では、出来る限りその努力をするべきと思います。しかし、美大生さんは、それがうまく出来ていないように思います。
「言い訳」について説明します。
僕がとくに感じたのは「大学中退から現在までの経緯」の一連のエントリーでです。
「大学の法学部に進学するも授業がつまらなかったので、1年生でたくさん単位を落としてしまった。2年生で挽回しようと頑張るも、興味のないつまらない授業ばかりで、大学に通うのが嫌になってしまった。」こんな風に読めました。その後も、予備校に関して、美術教育に関して、美術大学の受験に関して、いつのときも自分で選択した結果であるのに、「自分の思っていたものとは違った」ということを繰り返し、悪循環に陥っているように思います。
自分の思っていたものとは違った、ということを、自分の責任であったと思うならば、僕は良いと思うのですが、いつのときも「自分以外のところに問題がある」とすり替えているように思います。そこが「言い訳」ばかりだと僕が感じたところです。
投稿者 corvo : 2007年09月04日 09:33
どうもです。美大生です。
確かに「悪循環に陥っている」というのはある意味的を得たお答えかもしれませんね。
美大受験の結果については何より僕の実力不足が最大の原因だと思っています。まだ、ブログで書いてませんが。
その上で、個人的な結果云々にかかわらず、受験システムに問題があると主張しています。
ただ、美術教育についての、「東京芸大、一流美大に進学してもプロの画家になれるのはごく一部、日本の美大では西洋アカデミーのようなきちんとした技術指導をしてもらえない、デッサン、基礎を軽視している」という考えは予備校時代にAさんが生徒に言い聞かせていた言葉でもあります。それを踏まえたうえで再考してもらえばちょっと違った見方もできるかもしれません。
僕の個人的なことに関しては本人にしか分かりえない複雑な背景や事情、思いなどもあるということをちょっとだけ念頭においていただきたいと思っています。
かなり長い間、問答を繰り返し、corvo さんにご迷惑をおかけしてしまったと思いますので、とりあえずいったんお暇させていただきます。正直なご感想を聞かせていただき、僕もかなり学ぶことが多々ありました。ありがとうございます。
投稿者 美大生 : 2007年09月04日 18:09
>美大生さん
現在の美大受験や美術教育に、大きな問題があることは僕も同意しますし、改善されるべきことは多いと思っています。決してベストではないし、良いというわけでもないでしょう。
でも、批判するだけなら誰でも出来ます。そうではなくて、ではどうすればいいのか、新しいアイデアを出していくことが大切だと思います。また、もっと将来的なことですが、自分が受験や教育に影響力を持ちうるポジションにつこうとすることも、ひとつの方法であると思います。
現状だけ批判していても、損するのは自分ばかりです。
>僕の個人的なことに関しては本人にしか分かりえない複雑な背景や事情、思いなどもあるということをちょっとだけ念頭においていただきたいと思っています。
もちろん、僕にはすべてを知る事はできませんし、想像するにしても限界があります。逆に、上記のようなことを念頭に置いてしまうと、書かれた文章以上の意味を読み取ろうとしてしまい、かえっておかしな方向にいってしまうこともあります。
ネット上での発言は、公の場での発言と同義だと思っています。不特定多数の誰が読んでいるか分からない場です。だからこそ、出来るだけ正確に慎重に表現することを心がけなくてはいけません。書かれた文章から、判断するしかないのです。
>美大受験の結果については何より僕の実力不足が最大の原因だと思っています。まだ、ブログで書いてませんが。
ブログ上に掲載されたデッサンや油彩を拝見した限りでは、受験は厳しかっただろうと思います。
夏から予備校に通い、受験を迎えたのだとすると、描くべき枚数が圧倒的に足らないはずです。これから写実絵画を目指すのであれば、まだ基礎をみっちりやるべき段階だと思います。
投稿者 corvo : 2007年09月05日 03:08
愚直なまでにポリシーを貫いているところが面白いです。僕も我の強い相当頑固な人間ですが、美大生さんには勝てないかも。
というか、単に愚直なだけのようにも見えるので、ハタから見て果たしてそのまま通して大丈夫かと思うところもあります。例えば、受験の問題点を把握しているんだから、逆に言えば幾らでも対策が練れるように見えるのですが、ポリシーが強すぎてそれを邪魔しているように見えます。
美術に限らず受験システムに問題があるのは、恐らく受験した、若しくは受験しようとする誰もが理解していると思うのですが、じゃあ他に公正かつ効率的で画期的なシステムがあるかというと、残念ながら無いというのも多くの人々が理解している筈です。
というか、それは美術の大学を受験する以前に、幼稚園でも小中高校でも大学でも、一度でも受験すれば分かり切っている事で、残念ながらそれを受け入れなければ先の水準に進めない可能性が極めて高いし、二度目の大学生になってからそれを主張しても「今更?」と思われて言い訳と誤解されても致し方ないように思うのです。
「目的は達成される為にある」と先に書きましたが、例えば写実画家になるのが目的だとしたら、戦略として写実画を学ぶのに適した方向性を持った大学に入るのが重要であり、その為の戦術として、大学に入学するためのスキルにひたすら努めモノにするべきだと思うのですが、美大生さんのブログを見る限り、変える事が困難な、「問題ある受験システム」を受け入れず、結果として志望する大学に入れないという、失礼ながら当然ともいえる結果を呼び込んでいるのが、そして現在の大学生活での環境に影響を与えているように見えるのが、(個人的にはその姿勢は分からなくもないのですが、)とても心苦しく感じます。
志望校への編入を試みているようですが、若干ポリシーに反してたとしても、対策を練ってはいかがでしょうか?
そもそも大学に入ったのは誰かに教わる為だと思うのですが、それが望むようなレベルで無く、独学というか孤学を続けているとしたら、美大にいる意味さえ薄れてしまうんじゃないでしょうか?一度目の大学と同じように。
頑張ってください。
投稿者 アイスストーン : 2007年09月06日 00:33
今のところ、美大受験、美大教育についての批判しか書いておりませんので、批判ばかりで改善のための提言などは一切書いていないため、そのように受け止められるは、ごもっともかもしれません。
今後のあるべき美大受験や美大教育についての僕の考えは、機会があればブログで書こうと何度も思ってきましたが、多忙かつ、考えが十分にまとまっていないため、先送りにしてきました。すぐにという訳にはいきませんが、自分の考えについての概要くらいはそのうち書きたいと思います。
おっしゃるとおり、半年で成果を挙げるというのは非常に厳しいものがあったと思います。
現在指導してもらっている信頼できる先生からはとりわけ人物デッサンの修練を繰り返し行なうべきだと口をすっぱくしてしつこく言われてきました。個人的に行なっている人物デッサンや他学年の人物デッサンの授業に参加させてもらっていることは何より経験不足の人物デッサンの技量を補うためです。まだまだ不足を補うには十分ではありませんが。
投稿者 美大生 : 2007年09月06日 00:35
アイスストーンさん、すれ違ってしまいましたね。どうもです。
確かも対策を練ることもできたと思いますが、わずか半年という期間ではそれは難しかったように思います。2,3年間受験生をしていれば十分可能だったと思いますが。色んな意味で、僕は力不足でした。
<美術に限らず受験システムに問題があるのは、恐らく受験した、若しくは受験しようとする誰もが理解していると思うのですが、じゃあ他に公正かつ効率的で画期的なシステムがあるかというと、残念ながら無いというのも多くの人々が理解している筈です。>
この考えについては申し訳ありませんが、反対です。例えば、西洋アカデミーでは教授を学生が選び、その教授に選ばれて入学できるというシステムととっている場合が多いようです。教授に選ばれるには認めれもらえるような作品を描かなければなりませんが、日本のように5,6時間で描かせたりはしません。油彩画は本来時間をかけて重層的に描くものです。つまり、何が言いたいかというと日本と全く違う海外の入学システムをある程度応用したりなど、その他いくらでも改善の方法はあると思っています。
それと、できれば、僕の受験での結果と僕の美大入試、美大教育批判は別のものと考えてもらいたいと思っています。
今後、志望校の院入試受験も考えておりますが、アイスストーンさんの言うとおり対策をきちんと練りたいと思っています。現在在籍している美大は先生や助手の方に色々とお世話になっており、在籍している意味は十分あると思っています。
励ましのお言葉大変ありがたいです。前進あるのみだと思っています。
一つ申し訳ありませんが、corvoさんのブログを交流掲示板のように使ってしまうのはcorvoさんにご迷惑かもしれませんし、僕も頻繁にcorvoさんのブログにお邪魔できるわけではないため、できれば今度からは僕のブログに直接コメントをしていただければと思います。
ちなみに僕のブログは300字以上のコメントは投稿できないため、ご面倒かもしれませんが、長文の場合は300字以下で何度かに分けて投稿してもらわなければなりません。すいません。
投稿者 美大生 : 2007年09月06日 01:37
>アイスストーンさん
こういったことを繰り返していると、結局どこへ行こうとも、いつも何かが足らない、何かが違うという感想を抱き続けてしまうのかもしれません。
自分の周りの環境を作り上げていくのも、表現に携わる人間にとっては重要なスキルのひとつだと思います。常に文句ばかり、不満ばかり言っていると、協力してくれる人はどんどん減っていってしまいます。
今、置かれた状況がどうにもならないからといって別の場所に移動しても、今の状況をどうにかすることから逃げたのでは、同じ事を繰り返すだけでしょうね。
>美大生さん
人体を追求するのであれば、電車の中や喫茶店などで、お客さんをこっそりクロッキーするのも良い訓練になります。後は常に頭の中で描くイメージトレーニングをするなど、方法としてはいくらでもあります。わざわざ自分でモデルを雇うことに拘る事はないと思いますよ。
僕は高校1年生のときから、美術大学を目指しました。一浪しているので4年かけて準備してきたことになります。やはりそれぐらいの時間はかかるものだと思います。
欧米の入試の方法を、ある程度日本でも参考にすべきという考えはわかるのですが、大学への進学率、社会状況など、一概に比較出来ない要素が多いと思います。短時間で油彩を描いて、それだけで判断するのは、とても乱暴な入試方法かもしれませんが、美術大学に入るための唯一の方法だとしたら適応するしかありません。短時間で描いて完成しなくても、可能性を感じさせることは出来ると思います。短時間で魅力的なものが描けないのに、だらだらと時間をかけても良くなる事は少ないでしょう。入試では完成された作品は要求されていません。
それが嫌なら、欧米に留学すればよいのです。なぜ、しないのですか?写実を学びたいのであればスペインが良いのではないでしょうか?
>それと、できれば、僕の受験での結果と僕の美大入試、美大教育批判は別のものと考えてもらいたいと思っています。
それを別々に見る事は難しいですよ。よほど、うまく書かないと。読む側は密接に関係しているものとして捉えます。
ここを掲示板のように、議論の場にしていただいてかまいません、これまでもそのようにしてきました。僕抜きでのやりとりも歓迎です。
長文の制限もないので、どうぞ自由に使ってやってください。
投稿者 corvo : 2007年09月06日 10:24
ご助言、ご叱責どうもです。参考にさせていただきます。
投稿者 美大生 : 2007年09月06日 13:46
>美大生さん
今は、とにかく描いて描いて描きまくってほしいと思います。
投稿者 corvo : 2007年09月07日 01:31
お久しぶりです。美大生改めフジイです。
この文章を読まれた第三者の方が公正に判断できるように予備校教育、受験制度の問題について書かれた専門家の論文を紹介しておきます。
http://zeroken.org/thesis/index.html
独学についてのやりとりはあくまで見解の相違で問題はないと思っています。
ただし、その後のやり取りに関しては「教育制度の問題を個人の自己責任論にすり替えている」ことが問題なのです。
予め、言っておきますが、このコメントは特に事情がなければ、レスは頂かず、無視してもらってかまいません。
返答を頂いても、今のところ議論をするつもりはありませんので、こちらから返答はいたしません。
どうしても必要があれば、corvoさんに関してはメールでやり取りしようかと思います(第三者の方とは申し訳ありませんが、特にやり取りをするつもりはありません)。
以上です。
投稿者 フジイ : 2008年08月25日 16:19
>フジイさん
1年ぶりのレスありがとうございます。
コメントをするかどうかは、僕のblogですし僕の自由なのでつけておきます。ただ、僕としても議論をしないと宣言している相手と議論をするつもりはありません。
メールでのやり取りをする場合は、公開を前提に同意していただけるなら了解です。
フジイさんのblogのエントリーのURL貼っておきますね。
http://antihoneyisgreat.blog31.fc2.com/blog-entry-34.html
http://antihoneyisgreat.blog31.fc2.com/blog-entry-44.html
初めてここを訪れる方は、読まれてみてはいかがでしょうか。
早くプロになれるといいですね。がんばってください。
投稿者 corvo : 2008年08月26日 02:12
「教えてください」がやる気のアピールだと思い込んでる連中には学ぶ意思がありません。
「プロにしてもらえる」と勘違いしています。
「世界に一つだけの花」なんて「自分だけは特別教」という経済界の洗脳は一刻も早く廃止すべきです。
「自由」がどれだけ恐ろしいか、判った時には手遅れです。
こんなのを見つけました。
http://anond.hatelabo.jp/20080824041507
投稿者 村瀬 : 2008年08月31日 04:05
>村瀬さん
そのリンク先、実は以前に読んでます。
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_4927.html
TAKEASANさんのところで紹介されていて、僕も少しコメントしています。
投稿者 corvo : 2008年08月31日 11:58
突然、古い日記にコメントさせていただき申し訳けありません。
たまたま上の方がコメントを新しくされていて目に留まりました。
この考えにすごく共感します。
自分自身美大受験(すごく昔)で基礎を学んだ時、先生が厳しくて辛かったでのすが、その見返りはすごくあったと思っています。
でもそのきびしさのせいで一時期絵を楽しむことができなくなってしまったのも事実です。
今は寧ろ厳しくされても辛くてもその勉強をし直すことができるのならしたいと考えています。
今、家庭の事情が厳しいのですが、もし時間が出来次第、そうしたいと思っています。
ただ、それを経済的な面につなげられるかと考えるとそれは考えない方が身のためとも思っています。
でももっともっと描かないと駄目と自分に言い聞かせています。
特にここでコルボさんの力量を見る度に、その大切さを身にしみています。
いつも素晴らしいとか勉強になるとかいうコメントしか書けないのは、そういう所から来たりしています。
私ももっと基礎を勉強しなおさなくてはと思っている矢先で、大変失礼しました。
投稿者 satelier : 2008年09月01日 17:04
>三嶋哲也さん
最近、三嶋さんのプロファイルが画廊のArtisのサイトから削除されたのが気になります。
確か彼は腰を相当痛めていた筈です。
三嶋さんは、物凄い効率で画を描き上げるスキルに長けていたようなので沢山描かれていたし、講座も沢山開催されていらっしゃったでしょうから、そういった事も関係あるのでしょうか?
(三嶋さんの動画は昔Artisのサイトにありました。今はYoutTubeにアップされている物で見れます)
Artisはサービス業としての画廊に力を入れているみたいですから、
今の若い画家は画だけではダメなんだな、相当根性入れていかないと続かない物なのかな?
と思っていたので、チョット三嶋さんが今後どのような展開をされるのか気になります。
投稿者 アイスストーン : 2008年09月03日 00:00
>satelierさん
古いエントリーへのコメントも大歓迎です。
僕自身、とても厳しくししてもらいました。それが今でも非常に役立っています。未だに、まだまだと思うことがたくさんあります。常に努力し続けなくてはいけないです。
特に今年から大学で教えることになって、様々なことを勉強し直しています。
経済的につなげるのは、本当に難しいです。いろいろなタイミングが上手くかみ合ったとき、初めて少しずつ動き出すような感覚だと思います。これも、常に努力していないと気がつかないのだと思います。
>アイスストーンさん
絵を描くのは肉体的には過酷ですから、若くてもどこかにがたがくると思います。
忙しく移動も多いと、体を休める時間もとりにくいでしょうしね。その点、ずっと家で仕事をしていると疲労度は違うと思います。
昔から絵を売って収入にしている人は、相当な枚数を量産しているので、今も昔もあまり変わらないかもしれません。
でも、「写実」と呼ばれるジャンルの絵を、大量に描くのは本当に大変でしょうね。
投稿者 corvo : 2008年09月03日 03:16
いやーでも多産性に関しても、たとえば井上直久さんのように
好きなように沢山描かれる多産性とは違うと思うんですよ、
例えばこういった内容を見るとですが。
小売業からサービス業へ Artis Diary
http://artis.wablog.com/422.html
喩えるなら、写真が誕生する前のイラストレーター的な画家のような
感じを、もっと顧客寄りにしたようなものなのかなと。
顧客寄りというのは実は極めて古典的なアプローチだと思うのに、
何故か近代的で新鮮にも思えるなと。
お客さんとの遣り取りを楽しまれる画家なら全く問題ないけど、
例えば「俺は○画コースだからイラストレーターのような真似事は出来ない」
みたいな、アートが何かを理解せずに貴賎をつけるような、
単なるアーティスト気取りの人だったら通用しないと思うんですよね。
投稿者 アイスストーン : 2008年09月04日 23:30
>アイスストーンさん
絵画のばあい、厳密なマーケティングは不可能だと思います。
注文絵画であれば、それぞれの顧客に合わせることが出来ますが、自分の描きたい世界を描いて売っていくのは本当に難しいことです。
絵画とイラストレーションに、大きな差はないですよね。
自分だけの世界を構築することも大切だし、求められた世界を描けるようになることも重要だし、大きな能力を必要とされます。
僕自身、イラストレーションの仕事をするようになって、大きく変わりました。作品も良い方向にむかっているように感じています。
画家とイラストレーターを明確に区別する必要は、僕はまったくないと思っています。
投稿者 corvo : 2008年09月05日 16:49
http://antihoneyisgreat.blog31.fc2.com/blog-entry-34.html
http://antihoneyisgreat.blog31.fc2.com/blog-entry-44.html
どちらのエントリーも削除されてしまっていますね。
投稿者 corvo : 2008年09月16日 23:54
えーと、確かあっちの消えたエントリーのコメントで「corvoさんのとこから来た人の書き込みはみんなロクでもない」みたいな事が載ってたような気がするので、あっちに書かずにここに書いちゃいますね(確か僕もあっちのブログには「おめでとう」という内容のコメントをした事があるような)。
うーん、彼は何だかシューゲイザー系から始まった、彼が聴いている「90年代バンド」のTOP 40グループ?レディオヘッド並みに難解ですね。僕は当時のオルタナ及びその派生ムーブメントの多くは生理的に馴染めなかったのですが、あの時の感覚に似たようなスッキリしないものを覚えます。
ちなみにレディオヘッドは、パブロハニーとOKコンピューターとキッドAを持ってるんですが、どれも僕には生理的にダメです、特にキッドAは最初の数曲で聴くのが苦痛になって止めてしまいます(さっきもトライしましたがやはり無理です:苦笑)。同じ時期の同系列のバンドでもMUSEのSHOWBIZはゴシックっぽいところとか耽美的で気持ちよく聴けるんですけどね。
投稿者 アイスストーン : 2008年09月17日 23:05
また1年後にサプライズがあるのかも知れません。
投稿者 ミヤモト : 2008年09月18日 03:11
>アイスストーンさん
「おめでとう」コメント覚えています。彼が公募展に入選したときですね。とうとうコメント欄も閉じてしまいましたね。
>ミヤモトさん
どんなサプライズがあるのでしょうね。僕の方はコメント欄を閉じることはありませんしね。
投稿者 corvo : 2008年09月19日 02:04
コメント欄があっても無くても、彼の音楽ネタにコメントしてた人はいなかった様に思えるのですが・・・。
彼の音楽ネタは、前のブログの方がまだちゃんと書いてたように思えるのですが、今はネタの内容も文章も随分雑になったなあという感じしかないです、まあ当初から、昔は某雑読んでました、程度のネタの広がりしかなかったけど。
当初は「ゴミ音楽ばかり聴いている美大生たちに対し、怒り心頭の写実系画学生のブログ」というタイトルだったと思うのですが、その「ゴミ音楽」という言葉はもろ「ロッキング・オン」誌でのトム・ヨーク(レディオヘッド)へのインタビューの時に彼がコメントした(とされる)フレーズですからね。
・・・しかも今度は半年以上前のエントリーを、あたかも最新のエントリーのように最上位に上げてます。既に音楽ネタも完全なネタ切れなのかも。
投稿者 アイスストーン : 2008年09月20日 16:12
>アイスストーンさん
コメント欄でのやりとりもなかったことにしたいのでしょうかね。
「荒らし」がいたわけでもないのに、不思議です。
最新のエントリーは、もともと古いものなのですか。よく和買わないことしますね。
一番不思議なのは、自分の描いたものの画像をまったくアップしないことです。
投稿者 corvo : 2008年09月21日 00:07
http://antihoneyisgreat.blog31.fc2.com/blog-entry-34.html
こちらのエントリーだけ、復活していますね。
投稿者 corvo : 2008年11月17日 01:46
他にも「消してたけど復活しているエントリー」が幾つかありますよ。
正直、消したり復活させたりという不可解な行動が理解できないので、もしかしてmixiで何か面白い事でもしているかなとチェックしてみましたが、結局理由は分からず謎のままでした。
投稿者 アイスストーン : 2008年11月20日 22:40
>アイスストーンさん
復活させたのも、全てではないですよね。
どういう基準で選んでいるのか、よく分からないです。
投稿者 corvo : 2008年11月21日 00:39
ちょっと以前のことなのですが、こちらのコメント欄でもやりとりがあったので、興味のある方はご覧ください。
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_3bf9.html
投稿者 corvo : 2008年11月22日 03:09
えーと・・・
>「言い訳」について説明します。
>僕がとくに感じたのは「大学中退から現在までの経緯」の一連のエントリーでです。
このエントリーにある、2007年09月04日 09:33の投稿に該当するリンクも貼るべきじゃないですかね?
大学中退から現在までの経緯
http://hiroakifuj.exblog.jp/i6/
実はこれ見ると、「高校入学から大学入学までの経緯」が凄く気になるんですよ。つまり美術教育云々以前の話ですね。
・・・あくまで僕の知人や大学にいた時のサークルの人達の体験談ベースですが、大学の授業についていけない(置いていかれそうになる)子というのは、附属高校で遊んじゃって大学上がってきた子というパターンしか知らないです。
彼の大学が何処かは分かりませんが、受験をして文系の私大に行った事がある人なら、一般教養課程で単位を落とすような授業ってそんなにあったかな?と違和感を覚えるんじゃないかと思うのですが。それに、僕が卒業した時代から比べると、卒業までに必要な単位は何処も概ね40単位減ってますしね(私大だと160~140だったのが120~100くらいになってる筈です)。
投稿者 アイスストーン : 2008年11月22日 10:48
どうも、フジイです。これが最終確認です。
>メールをありがとうございます。
質問状の件ですが、いつ送っていただいても構いません。
公開に関しても、全てのやり取りが終わってからにしようと思
います。
「都合の悪い部分を非公開にしたり、言葉をすり替えたり」と
いったことはしませんので、ご安心ください。
当然、藤井さんも自分の過去の発言に責任を持ち、説明責任を
全うされる意思がおありですよね?
なお、今回いただいたメールも公開の対象といたします。もち
ろん僕の返信メールもです。
それでは、質問状をお待ちしております。
小田 隆
以上のように小田隆さん本人から、公開を条件とし、ご自分の発言の説明責任を全うすると約束されましたので 、3週間ほど前に、あなたの過去の発言と美術教育に関する質疑のメールを送りましたが、いまだに返事をいただいておりません。
もしかしたら、こちらが送信したメールが何らかの理由でそちらに届いていないか、または、返信いただいたメールが何らかの理由でこちらに届いていない可能性もあるかも知れないということで、ご連絡差し上げました。
メール自体が届いていないということでしたら、もう一度、同じ内容のメールを送ります。
返事をしたにもかかわらず、こちらに届いていないということでしたら、申し訳ありませんが、もう一度、同じ内容のメールを送ってください。
返事そのものをまだ書いていないということでしたら、返信がいつごろになりそうか、教えてください。
投稿者 フジイ : 2008年12月18日 07:17
先程のコメントで、メール欄に間違って自分のメルアドではなく、小田さんのメルアドを張ってしまいました。
今回のやり取りは美術教育問題、教員倫理に対する大変貴重な資料となるはずです。
私の発言の真偽と小田さんの発言の正当性を証明するまたとない機会です。
ご返答、心よりお待ちしております。
投稿者 フジイ : 2008年12月18日 07:32
フジイさん、こんばんは。
僕の上の子が絵を描くのが好きなので、画家になりたい言い出した時にどう対応しようかというシミュレーションの為にチョット関心を持ってます。
以前、こちら
美大生の画学生日記:僕の美大受験制度と美大教育批判についての読者の解釈
http://hiroakifuj.exblog.jp/6395814/
で「東京芸大を卒業された方で、プロの画家として活躍されているのではなく、その卓越したスキルを活かし、別の分野で活躍されている方」と書かれてたようですが、このコメントには激しい違和感を覚えます。
フジイさんは、野田弘志さんがイラストレーターだったのはご存知ですよね?
Wikipediaを見る限り、藝大卒業から34歳まではイラストレーターという肩書きだったようです。
しかも肩書きを変えた後も、野田さんはイラストレーターの仕事をされてましたよ。
ネットで確認したレベルでも、80年代に単行本の表紙を描かれていたりしてましたし。
野田弘志さんは学生時代から画でも積極的に活動されてたようですが、彼の知名度を飛躍的に広めたブレークスルーは、実は朝日新聞連載小説の挿絵だったようです。
挿絵という、指定された納期に条件を満たした画を納品していた行為はまさに「イラストレーターの仕事」と捕らえるべきではないでしょうか?
僕が認識する限り、画家としての野田弘志さんの画は場合によっては1年以上掛かっていたものもあると思いますが、時間と売上及び所得の相対を推定する限り、これでは藤井さんが定義した画家の
「絵の収入で生計を立てているというが一般的にもっとも支持されている考え」とは
必ずしも合致しません。
イラストレーター、大学等の講師・教授等の収入が支えていた可能性が極めて高いからです。
僕は画家は職人であり芸術家だと思います。
この概念は別のアート、例えば音楽の演奏者に於いても共通項が見出せると思います。
野田さんは職人と芸術家のバランスが良かったように思えるのです。
奇しくもcorvoさんにも野田さんとの共通点を見出せます
(白日会の創設者、中沢弘光さんも挿絵を沢山されていたような)。
そういえば、以前話に出したことのある疋田正章さんは、ブログを拝見する限り注文制作のお仕事も随分とされているようです。
僕から見れば注文制作がイラストレーターとどう違うのかよく分かりません。
そもそも画家というのは写真の無い時代に肖像画の仕事を請けていた職人だったワケですから、注文制作を積極的に行う事は自然のようにも思えます。
写実の方は注文制作の習作というかプレゼンのような画だけで注文制作はされないような方が殆どのようですが、僕からすると凄く不自然に感じます。
フジイさんもブログで「洋画の世界では画家とイラストレーターは別と考えている方が多勢」と書かれてましたが業界では芸術家を意識しすぎて妙な境界線でも構築されているのでしょうか?
僕はcorvoさんの本「掘りたて恐竜展」(2001年)を持っているのですが、失礼ながら当時のcorvoさんより今のほうが画力が上だと思います。
描き続ける事でスキルが上がってるのではないかと思います。
画家としての自分を向上させるのは、要は姿勢の問題なのではないでしょうか?
偏見を持っていては色々なチャンスは増えませんよ。
最後に蛇足ですが、フジイさんは今年度で大学を卒業されると思いますが、進路はどうされるのですか?
北海道伊達市では野田塾というものがあるようですがご存知ですか(以前は野田さんのお弟子さんの永山さんで「野田・永山塾」だったようです)?
投稿者 アイスストーン : 2009年01月11日 01:03
アイスストーンさん
何の事かよく分からないでしょうが、私と小田さんは過去のやり取りに関してお互い、自分の発言の説明責任を全うすることを約束して、私はメールで質問状を送りました。
事前に約束を取り交わしたにもかかわらず、彼は約束を反故して、それ以降、私のメール、コメントを無視し続けています。
約束を反故した上に、私のコメントを無視し、責任を放棄した方が管理人をしているブログでは質疑に応じることはできません。
それに、記事本文と話題が完全にかい離しています。
あなたの過去の発言ですが、
>「corvoさんのとこから来た人の書き込みはみんなロクでもない」
私が申したのは、小田隆さんのブログから私のブログに来た方には、議論やコミュニケーション上のモラルやルールを守れない方が少なくないということです。
小田さんのお友達のTAKESANという人物は、私が初めてコメントしたら、「どうでもいい。出てけ。」という態度をとりましたよ。小田さんと彼が一方的に私を批判していたのに、本人がコメントしたら、これですからね。困ったものです。
A-WINGという方も単純な誤読が原因で私のブログにコメントしたにもかかわらず、誤読に対して謝罪の言葉の一つもありません。
彼女は小田さんの言い訳発言に同意したと発言したので、その論理的根拠を尋ねましたが、どうでもいいという態度を取っています。このような、人のことは責めても、ご自分の発言の責任をとらない方とはやり取りは出来かねます。
現実社会とネット社会でここまで、人のモラルに差がつくものなのかと頭を抱えております。
知り合いの作家からのアドバイスを受け、私は現在、匿名の方からの質疑には応じない、という態度を取っています。匿名の人物は発言の責任を取らないからです。
もし、私に用件があるならば、氏名と本人確認が可能な所属先を明記した上でご連絡ください。
ミクシィの私のページを覗いたことがあるなら、連絡先は分かっているはずです。
ちなみに、あなたの過去の発言には、逆に私に詰問されても仕方がないような発言が混じってますが、上記の条件と合わせて、それらの発言の説明責任と発言そのものの責任を負うと誓うのであれば、質疑に応じましょう。
ただし、現在、多忙を極めているため、質疑に応じることができるのは、春先になります。それでも構わないのであれば、どうぞ。
ご質問の件ですが、一つヒントです。
「イラストレーターと画家の違い」でネットで検索すれば、大体の世間一般での見解は分かると思います。
私は、イラストレーターだからということで、卑下したり、見下しているわけではありません。
画家とイラストレーターで、求められる能力や作品に一定の差異があるのは、否定できません。それは事実です。
それに、イラストレーターと一口に言ってもいろんなタイプの人がいるんですけどね。
小田さんの恐竜のイラストと山本タカトのイラストでは同じイラストでもかなり違うタイプのものです。
今後はこちらのブログでは質疑に応じませんので、件の条件のもと、私宛にご連絡ください。
投稿者 フジイ : 2009年01月12日 23:26
>小田さんのお友達のTAKESANという人物
存じ上げておりますよ、丁重にお引取り願われた件ですよね?
フジイさんがどんな目に遭われたのか関心があって、だいぶ前に検索して見つけました(上記の件の検索でTAKESANのブログを初めて知りました)。
Interdisciplinary: やれ、やれ、は鬱陶しい
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_3bf9.html
こういう言い方は失礼かもしれませんが、TAKESANが取られた対応は、フジイさんがブログのエントリーで紹介されている、内田樹氏がなさったという対応に似ているなあ、という印象しかないです。
内田樹氏のコラムより引用
http://antihoneyisgreat.blog31.fc2.com/blog-entry-31.html
>「イラストレーターと画家の違い」でネットで検索すれば、大体の世間一般での見解は分かると思います。
こういう言い方は極めて失礼なのを承知で申し上げますが、正直そんな分かりきったステレオタイプはどうでもいいですよ。それは成功者の論理ではないと思います。僕は成功者から分析した、いち方法論を主観でコメントしただけですから。
投稿者 アイスストーン : 2009年01月13日 00:15
TAKESANさんとA-WINGさんの名誉のために申し上げておきますが、彼らは大変に信頼のおける誠実な方々です。
もちろん、僕の主観によるものなので、個々の判断は読者の皆様にお任せします。
TAKESANさんのblog
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/
A-WINGさん
http://www.infosakyu.ne.jp/~ayame/index.htm
http://www.infosakyu.ne.jp/~ayame/logwing.cgi?id=weblog
A-WINGさんとフジイさんのやりとり
http://antihoneyisgreat.blog31.fc2.com/blog-entry-34.html
がこちらにあったのですが、コメント欄が消えていますね。
(2009年1月13日4時28分現在)
>アイスストーンさん
この場で大いにやりとりしてもらってかまいません。
しかし、匿名で発言しておいて、匿名であることを非難するとは、本末転倒ですね。
投稿者 corvo : 2009年01月13日 04:33
こんにちは。
>corvoさん
私は、フジイさんとの建設的なやりとりは不可能であろうと判断したので、やりとり止めたのですが、私の名前(ハンドル)が出ているので、少し場所をお借りいたします。
>フジイさん
>誤読に対して謝罪の言葉の一つもありません。
フジイさんが、件の記事のコメントを読めないようにされているようなので、確認できませんが、誤解については、謝罪の文を記したと私は記憶しております。
はじめにお断りしておきますが、以下は私個人の見解ですので、決してフジイさんに選択を押し付けるものではないことを、ご理解ください。
フジイさんは、件の記事のコメントを、何度か表示したり非表示に(削除?)したりを繰り返しておられるようですが、そのようなことをなさると、第三者による事実の確認が困難になるだけでなく、記事のオリジナル性に対する客観的な信頼度も下がってしまうので(改変があったのではないかという疑義が生まれてしまう)、よろしくないのではないでしょうか。
第三者にやりとりを確認してもらいたいのなら、改行などの多少の修正はあったとしても、まったく見えなくしてしまう、というのは、あまりよろしくないのではないかと、個人的には思います。
失礼しました。
投稿者 A-WING : 2009年01月13日 12:25


