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2007年08月30日
「独学」についての追記
先日、ジョン・ハンターの伝記に絡めて、「独学」について書いたのだけど、もう少し述べてみたいと思う。
コメント欄でのやりとりもあったのだけど、僕は「独学」を否定しているわけではない。大切なのは、その分野において習得するべき「基礎」をきちんと修めているかどうかという点であり、学校に行く行かないの是非を問うているわけではない。ただ、学校というところは「基礎」を学ぶための、システマチックで効率的な体制が整っている事は確かである。しかし、入学したことに安心して自分から学ぶ意思がなければ、本末転倒でしかない。実際、そういうもったいないことをする人間が、少なからずいることも事実だ。
僕は美術についてしか語ることができないが、その「基礎」を習得するためには、膨大な時間とエネルギーが必要だった。もし、最初にゴール地点を示されて、そこに到達するまでにはこれだけのことをしなければならなない、という風に説明されていたら、最初から挫けてしまうか、逃げ出していたかもしれない。僕がアカデミックな訓練を始めたときに、先生からいわれた言葉が「素直でいなさい」ということだった。これは今でも通用する、大切なことのひとつだと思う。「基礎」の習得には反復する訓練など、面白みにかけるものも多いかもしれない。それでも、自分が出来るようになることを信じて、一心不乱に邁進する時期も必要である。そういった行為を繰り返してきた結果、「基礎」を習得する事が出来、後ろを振り返ってみると長い道のりだったことを実感する、という感じかもしれない。
僕はよく、「デッサンは100枚はやらないと」という話をする。この場合のデッサンは、一枚につき最低でも10時間以上の時間をかけた、じっくり描き込まれたものを指す。大きさも木炭紙大(500x650mm)と比較的大きなものである。10時間というと、二日で一枚の計算なので、1年は集中して描き続けなくてはならない。これ以外にも、クロッキーをしたり、エスキースを描いたりということを含めると、その何倍もの枚数になるのが自然である。
描きたくないものもあるかもしれない。苦手なものもあるだろう。それでも、ただひたすらに手を動かす時期というのは、とても貴重だ。
古生物の復元を手がけるようになって、必然的に生物や化石のことを勉強することになった。「独学」ということも憚られるほどの、ざるみたいな勉強のしかたなのだけど、研究者とコミュニケーションをとるためには大切である。でも、どれだけ多くの本を読んだところで、高校の生物程度の知識も怪しく、ましてや大学で基礎的訓練を受けていない僕の知識は、プロの研究者の足元には遠く及ばない。しかし、美術において「基礎」を習得することの困難さを経験しているので、素直に彼らを尊敬することができる。俄知識で、彼らを論破出来るなどとは、とても考えられない。
ちょっと話がずれるが、mixiのイラストレーション関係のコミュを見ていると、時々「教えてください」というトピックが立つことがある。たいていは「どうすればイラストレーターになれますか?」だったり、「プロになるためには学校にいかなくてはなりませんか?」といった類いの質問なのだけど、暖かい励ましのレスがつくことが多い。質問した本人は現在別の仕事をしているが、どうしても夢を諦めきれず・・・・というパターンが散見されるが、個人的には今の仕事を続けた上で、様々な方法を模索するべきだと思っている。なによりも生活を成り立たせる事が大事だからだ。そんなとき「独学」でも大丈夫か?という質問もかなりの確立でセットになってくるので、「すごく大変だから辞めたほうがいい」と書き込みをしたことがある。
そもそも、本気でどうにかしたいと考えている人間なら、もっと具体的に質問するべきだろう。現時点での作品を見せるわけでもなく、ちょっとネットで調べれば分かる事を、わざわざ質問している時点でおかしいと思う。イラストレーションや美術に関わる事は、何も作家になることでしか実現できないわけではない。それを作家になることだけに絞って、自分の可能性を狭めていくことは得策ではない。本音を言うと、喰えない貧乏な作家未満(かつて僕もそうだった)が増えても、社会的には損失のほうが大きい。まともに仕事についていれば、税金を納める事もできるし、まっとうな日常生活を送る事もできる。描き手ばかりが増えて、それを買ったり鑑賞したりする層が増えないのは、極めて不健全なことだ。
どんな経歴であろうとも、作品や論文を発表することは自由に出来る。「成果」が評価されるのであって、その人間がどんな経歴であるかは関係ない。とはいっても、誰が描いただの、何々会に所属しているだの、妙なレッテルで評価軸が変わってしまうのも事実ではある。
「独学にしては・・・」という物言いは、権威に対して唾を吐き、強大な壁に立ち向かっているように見せかけた、もっとたちの悪い「権威主義」に思えてならない。正統なアカデミックな道筋がなければ、「独学にしては・・・」という枕詞は何の意味も持たないのだから。
これから何かを始めようとする若い人たちや、子どもたちには、「基礎」を大切に「正道」を歩む事を強く勧める。世の中、「独学」でなんとかなるほど甘くない。
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投稿者 corvo : 2007年08月30日 10:58
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コメント
「夢」って軽々しく言われますけど、それを実現するには莫大な時間と、途方も無い努力が必要なんですよね。
自分だけの力ででチョチョイと勉強して、あとはなんとかなるとか、そういう物ではないんですよね。
画家になるにしても野球選手になるにしても作家になるにしても、プロフェッショナルになるにはそれ相応のちゃんとしたところで勉強せねばならん、ということでしょうか。
僕にはまだこういう話に首を突っ込むのは早いのかもしれませんね。
投稿者 ニヤゾフ : 2007年08月30日 12:33
先日読んだ本に面白いことが書いてありました。
「教育から受益する人間は、自分がどのような利益を得ているのかを、教育がある程度進行するまで、場合によっては教育が終了するまで、言うことができない」
当たり前のことですが、これを応用すると例えばcorvoさんのコメントにあるmixiのイラストレータになりたい人達に感じるギャップも理解できないでしょうか。
彼らはまず、そんなことしてもイラストレータになれるかどうかわからない。
そんなわけのわからない作業に自分の大事な労力(時間)を払うことは出来ない。
なぜなら、無駄になってしまったら労力(時間)が勿体ないじゃないか。
という風に答えありきの考え方をするのではないでしょうか。
一見、石橋を叩いてわたる賢い生き方をしているようにみえますが「どういう利益が得られるかわからない」=「無駄なこと」ではないですよね。
「まだ」わからないことは、その教育なり訓練なりを達成した後に価値がわかるわけです。
禅問答のようですが、意味もわからないことをわからないまま経験した方が結果的に「得」をするというのは、なんか面白いですね。
投稿者 nijntje : 2007年08月30日 20:51
どうも、はじめまして。美大生です。
corvoさんのおっしゃる「独学にしてはすごい」という発言をしている人って具体的にどのような人を指しているのでしょうか?文中で具体的な説明を全くしてませんよね。
僕は美大生で油絵を専攻していますので、日本洋画の世界では「独学にしてはすごい」という物言いをしている人よりもアカデミックな勉強がしたくてもできなくて結果的に独学で勉強して「独学で、すごい」人はいらっしゃいますが(例えば、三嶋哲也さんなど)
まあ、逆に独学で勉強してひどい絵を描いている人もいますけど(僕とか)。
corvoさんのおっしゃる「独学にしてはすごい」という物言いをしている人たちはイラストの世界の人を指しているんでしょうか?そうだったら理解できますが。僕はイラストの世界のことはよく分かりません。
ちなみに東京芸大のカリキュラムはアカデミックな勉強を学べるものだったのかもしれませんが、美大によってはデッサンの授業がほとんどなかったり、古典技法を指導できる教員が一人もいないということもしばしばありますので、権威批判イコール、アカデミック批判ということにはならないですよね。
だから、学校が基礎を学ぶのに適しているとは限らないですよ。基礎教育を軽視し、新奇な表現を模索することが素晴らしいと指導している美術学校も少なからずあります。むしろ僕は美術学校が基礎を学ばせることを放棄しているからこそ、美術教育批判をしています。
その点では東京芸大は人物デッサンの授業に重点を置いていると聞いたことがありますし、技法に精通している先生もいらっしゃるようなので、基礎やアカデミックな教育を学ぶのに大変素晴らしい環境なのでしょう。
最後に<世の中、「独学」でなんとかなるほど甘くない>と締めくくっていますが、あれ、やっぱり独学を否定しているような・・・
ちゃんとした指導者がいるに越したことはないでしょうが、結果的に仕方なく独学で勉学に励んでいる方は世の中にたくさんいますよね。その上で成果を上げている人もたくさんいます。
corvoさんの今回の文章は、そういった人たちに対する配慮がやや足りないように思いました。ですので、あえて別の視点からコメントをさせていただきました。
投稿者 美大生 : 2007年08月31日 01:18
>ニヤゾフさん
なるためにもたくさん勉強したり、努力したりすることが必要ですが、それ以上にその職業についてから、やらなくてはいけないことのほうが多いです。
気を抜かずに、やってしくしかないです。
今からでも、少し意識していくと、これからの生き方にいい影響があるかもしれませんよ。
>nijntjeさん
よく分かります。エントリーやコメントでも書きましたが、僕もそのつどそのつど、言われるままにやっていたことが多いです。そのときは自分がどの位置にいるのかも分からないし、どこまで行けばいいかも分かりません。今だって、わからないのですよね。自分の目の前に見えた壁を、ひとつひとつクリアしていくしか、前に進む方法はないのだと思います。
とても「しんどい」事なのは、間違いないと思います。
>美大生さん
初めまして、コメントありがとうございます。
エントリ−内では具体的な例をあげていませんし、これからも上げるつもりはないのですが、主にイラストレーションや出版業界でのことです。
大学とは、学びたい側が選ぶ物だと思います。もちろん受験によって、うまくいかないこともあると思いますが、基本的には自分が学びたい内容のある大学を選ぶ物だと思います。現実に基礎をないがしろにする大学の風潮もあると思います。僕が学生のときは、インスタレーションが流行していた時期で、アカデミックな訓練を軽視する傾向も存在しました。
それでも必修として「技法材料」を学ぶ機会があったのは、大きな財産であったと思います。
「独学」をひとくくりにしているわけではなく、全面的に否定しているわけでも、肯定しているわけでもありません。
本当に学びたいと思う人が、その場所にいられるような、求めれば求めるだけ得られるような、そんな場がひとつでも増えてくれればと思っています。
「独学」でしかなしえなかいものもあるかもしれませんが、別の方法でもっと早くある領域に到達する事が出来るなら、そちらを勧めたいと思います。
もうすでに、成果をあげている人は、僕のエントリーを問題にしないだろうし、堂々と仕事をされていると思います。
僕はこれから何かを始めようという人たちに向けて、このエントリーを書きました。人生、遠回りをすることが大切なときがあるかもしれませんが、よりよい方法があれば選択肢として考えてほしいです。
僕もまだまだ勉強が足りません。自戒をこめてのエントリーでもあります。
投稿者 corvo : 2007年08月31日 12:57
>美大生さん
ブログ拝見しました。
面白かったです、頑張って下さい。
僕は三嶋哲也さんよりも、三嶋さんの講座の第一期生からプロとなった疋田正章さんのキャリアに関心を持ちました。
>corvoさん
僕が使ってた言葉に「目標は達成される為にある」というのがあるらしい(面白いことを言うと人に言われた)のですが、要は戦略と戦術、現在の己の能力と環境を把握し、今後のビジョンに繋げて行くのが重要だと思うんです。
例えばプロ未満の修行中、プロになっても売れなくて金銭的にマイナスでも、それを補う収入があれば達成するための目標を断念する事はありませんし、それに貧乏暇なしという言葉の通り、定職が無いと却って時間を取られてしまって自由がなくなると思いますので(僕の知り合いで大学を出てフリーターになった人がいて偶然会った当時「バイトだけで1日が終わる」と嘆いてました、その彼は今はそこの正社員になりましたけどね)、理想は一度社会人になってしまう事だと思うんですよ。美術だって明らかにビジネスで、そういった才覚を得るためには社会人になることがプラスに作用すると思うし。実際、本人の美貌や芸風というか、そういった物を全て含めた印象で作品をアピールしている作家もいるようですしね。アートであってもマーケティングは重要ですよ。
学校は基礎を学ぶのに重要な場合もありますが、学校の質、水準等によっては必ずしも効果的とはいえない場合もありますし、学校を出たらそこでオワリでは意味が無いので、要はどうやって基本を学んで色々人たちに触発されて「独り」にならないようにする環境を構築するかが重要なのかなと。
投稿者 アイスストーン : 2007年09月01日 12:26
>アイスストーンさん
僕自身、就職せずに来てしまったので、メリットもあったと思いますが、大きなデメリットもあったように思います。月々、きちんと給料をもらって、生活設計をたてて、余った時間で好きな事が出来るなら、そうしたほうがずっと実り大きいものになると思います。勤め人の時にしっかり貯金して独立される方も多いですしね。
僕なんか、貯金0からのスタートなので、とてもきつかったです。
美術と言っても、社会の中の活動なわけですから、アイスストーンさんがおっしゃることは至極もっともです。
わざわざ「独り」になることはないですよね。応援してくれるたくさんの仲間とともに歩む、そんな気持ちがあったほうがいいと思います。
学校にもそれぞれの特色がありますからね。学校を選ぶのは、本人の責任ですし、合格するための対策をたてるのもマーケティングに近いところがあると思います。
>美大生さん
どこの美術大学に通われていて、どこの美術予備校を出られたのか、おおよその目星がつきました。まったくの勘違いってこともあるかもしれませんが。
投稿者 corvo : 2007年09月01日 14:22
corvoさん、お忙しい中、ご丁寧にお返事いただきありがとうございました。
おかげでcorvoさんの意図することが分かりました。
確かに僕も、むやみやたらと独学で勉強するのは半ば無謀なことであると思っていますので、corvoさんと同じ意見です。
あー、最初は僕の勘違いかと思ってましたが、どうやら僕とcorvoさんは共通の知り合いがいるようですね。具体的なことを書かなくても多分通じますよね。
Aさんから、予備校時代に鳥などを描かせると凄まじい描写力と細密さで描いてしまう凄い教え子がいたと聞いたことがありましたが、多分、corvoさんのことですね。あの方は僕のブログを読んで怒っているかもしれませんが、あくまで僕という立場から見えた事実を書いているに過ぎないので、気になさらないでもらいたいです。corvoも僕のブログを読んで、感情を害されることやおかしな記述がありましたら、いくらでもご指摘いただいて結構です。ご批判、ご叱責もありがたく頂戴します。
corvoさんの作品画像を拝見させていただきましたが、イラスト作品、デッサンともにその圧倒的な技量の高さに感服しております。芸大は人物デッサンをたくさんやらされると耳にしたことがありますが、芸大時代はどの程度、人物デッサンをこなされたのでしょうか?すいません、質問してしまって。
>アイスストーンさん
はじめまして。僕のブログは面白いのでしょうか ?過去から現在にさかのぼるような感じで読んでもらえれば少しは面白いかもしれません。
半人前のくせに色々と語っており、鼻持ちならないかもしれませんが、所詮、画学生の駄文に過ぎないということで大目に見てください。
また、何かありましたら、僕のブログにコメントしていただければと思います。
疋田さんの作品は画像でしか見たことがありませんが、経歴が僕と少し似ていて、惹かれるところがあります。
彼は最近どんどん腕を上げていますね。僕もそうなれればいいですが。
投稿者 美大生 : 2007年09月02日 00:53
>美大生さん
Aさんには、大変お世話になっていますが、正確には僕は彼の教え子ではありません。僕は出身地は三重県ですし、通っていた美術予備校は名古屋と東京です。
「僕という立場から見えた事実」というのは、ちょっとおかしな表現です。事実とは客観的なものですから、美大生さんの視点で見ている事は主観であり印象です。
僕にとって彼は信頼出来る人間のひとりですので、どういったことを書かれようとも気にすることはないです。
美大生さんのブログを拝見しましたが、内容の多くは愚痴と言い訳のように感じました。
芸大では、申請すればヌードモデルを手配してもらうことができました。僕も何度か利用した事がありますが、頻繁にというほどではなかったです。自宅で自画像を描く事も多かったです。予備校生のときは毎週月曜日にチケット制のクロッキー会があって、そこで描いていました。最近もクロッキー会を見つけて、月一ぐらいで描きにいっています。後は解剖書を見るのも、骨をスケッチするのも大好きです。
きちんとした目的をもって描くなら、枚数に勝る物はないと思っています。質と量を徹底的に追及するのがよいと思います。
投稿者 corvo : 2007年09月03日 16:51
お返事どうもです。
事実とは客観的なもの、という発言は一応理解できるのですが、辞書で解説されているような意味では客観的なものでなければならないというわけではないようです。僕はむしろ嘘の反対語として使っています。例えば、法廷での証人の発言に対して使われる「事実か、嘘か」という事例を頭に思い浮かべていただければ理解できると思います。
「主観であり、印象」という発言に関してはこれといった異論はありませんが、主観をなるべく客観的なものに変えて語ることはできると思います。自分はそうしているつもりでしたが・・・。
僕のブログは愚痴を書いていることが多いですが、「言い訳」というのはちょっと理解しかねます(本当にそれについて具体的に説明できますか)。
今度機会があったら、僕のブログの、どの記事の、どのような文章が「言い訳」なのかご指摘いただければ、自分の悪いところを客観的に知る良い機会になると思いますので、お時間があれば、僕のブログにコメントをしていただければと思います。お願いします。
「デッサン、クロッキー、質と量云々」のお話は大変参考になりました。僕はデッサン力に難がありますので、corvo さんのお言葉を励みに精進します。
投稿者 美大生 : 2007年09月03日 20:47
再三にわたって失礼します。一つ追記したいことがありましたので。
どんなことであれ、肯定、批判それぞれの意見があってよいと思うのですが、肯定、批判にたどり着くまでのその途中の根拠となる考えや論理が最も重要と思うんですね。根拠を述べずに批判しても相手に何も伝わらないはずです。ですので、その点についても最低限言及していただきたいのです。それが社会的、人道的対話における絶対条件なのかもしれません。
投稿者 美大生 : 2007年09月03日 20:59
>美大生さん
「事実」という言葉の使い方に関して、独自の考えがあるということでしたら、それでもかまいませんが、そうであるならば、きちんと説明はしておいた方がよいと思います。美大生さんが、「事実」であるととらえた事も、他人にとっては「事実」とは違うという場合もあります。もちろん、主観を客観的なものに変えることは出来ますし、ブログなど公開する文書では、出来る限りその努力をするべきと思います。しかし、美大生さんは、それがうまく出来ていないように思います。
「言い訳」について説明します。
僕がとくに感じたのは「大学中退から現在までの経緯」の一連のエントリーでです。
「大学の法学部に進学するも授業がつまらなかったので、1年生でたくさん単位を落としてしまった。2年生で挽回しようと頑張るも、興味のないつまらない授業ばかりで、大学に通うのが嫌になってしまった。」こんな風に読めました。その後も、予備校に関して、美術教育に関して、美術大学の受験に関して、いつのときも自分で選択した結果であるのに、「自分の思っていたものとは違った」ということを繰り返し、悪循環に陥っているように思います。
自分の思っていたものとは違った、ということを、自分の責任であったと思うならば、僕は良いと思うのですが、いつのときも「自分以外のところに問題がある」とすり替えているように思います。そこが「言い訳」ばかりだと僕が感じたところです。
投稿者 corvo : 2007年09月04日 09:33
どうもです。美大生です。
確かに「悪循環に陥っている」というのはある意味的を得たお答えかもしれませんね。
美大受験の結果については何より僕の実力不足が最大の原因だと思っています。まだ、ブログで書いてませんが。
その上で、個人的な結果云々にかかわらず、受験システムに問題があると主張しています。
ただ、美術教育についての、「東京芸大、一流美大に進学してもプロの画家になれるのはごく一部、日本の美大では西洋アカデミーのようなきちんとした技術指導をしてもらえない、デッサン、基礎を軽視している」という考えは予備校時代にAさんが生徒に言い聞かせていた言葉でもあります。それを踏まえたうえで再考してもらえばちょっと違った見方もできるかもしれません。
僕の個人的なことに関しては本人にしか分かりえない複雑な背景や事情、思いなどもあるということをちょっとだけ念頭においていただきたいと思っています。
かなり長い間、問答を繰り返し、corvo さんにご迷惑をおかけしてしまったと思いますので、とりあえずいったんお暇させていただきます。正直なご感想を聞かせていただき、僕もかなり学ぶことが多々ありました。ありがとうございます。
投稿者 美大生 : 2007年09月04日 18:09
>美大生さん
現在の美大受験や美術教育に、大きな問題があることは僕も同意しますし、改善されるべきことは多いと思っています。決してベストではないし、良いというわけでもないでしょう。
でも、批判するだけなら誰でも出来ます。そうではなくて、ではどうすればいいのか、新しいアイデアを出していくことが大切だと思います。また、もっと将来的なことですが、自分が受験や教育に影響力を持ちうるポジションにつこうとすることも、ひとつの方法であると思います。
現状だけ批判していても、損するのは自分ばかりです。
>僕の個人的なことに関しては本人にしか分かりえない複雑な背景や事情、思いなどもあるということをちょっとだけ念頭においていただきたいと思っています。
もちろん、僕にはすべてを知る事はできませんし、想像するにしても限界があります。逆に、上記のようなことを念頭に置いてしまうと、書かれた文章以上の意味を読み取ろうとしてしまい、かえっておかしな方向にいってしまうこともあります。
ネット上での発言は、公の場での発言と同義だと思っています。不特定多数の誰が読んでいるか分からない場です。だからこそ、出来るだけ正確に慎重に表現することを心がけなくてはいけません。書かれた文章から、判断するしかないのです。
>美大受験の結果については何より僕の実力不足が最大の原因だと思っています。まだ、ブログで書いてませんが。
ブログ上に掲載されたデッサンや油彩を拝見した限りでは、受験は厳しかっただろうと思います。
夏から予備校に通い、受験を迎えたのだとすると、描くべき枚数が圧倒的に足らないはずです。これから写実絵画を目指すのであれば、まだ基礎をみっちりやるべき段階だと思います。
投稿者 corvo : 2007年09月05日 03:08
愚直なまでにポリシーを貫いているところが面白いです。僕も我の強い相当頑固な人間ですが、美大生さんには勝てないかも。
というか、単に愚直なだけのようにも見えるので、ハタから見て果たしてそのまま通して大丈夫かと思うところもあります。例えば、受験の問題点を把握しているんだから、逆に言えば幾らでも対策が練れるように見えるのですが、ポリシーが強すぎてそれを邪魔しているように見えます。
美術に限らず受験システムに問題があるのは、恐らく受験した、若しくは受験しようとする誰もが理解していると思うのですが、じゃあ他に公正かつ効率的で画期的なシステムがあるかというと、残念ながら無いというのも多くの人々が理解している筈です。
というか、それは美術の大学を受験する以前に、幼稚園でも小中高校でも大学でも、一度でも受験すれば分かり切っている事で、残念ながらそれを受け入れなければ先の水準に進めない可能性が極めて高いし、二度目の大学生になってからそれを主張しても「今更?」と思われて言い訳と誤解されても致し方ないように思うのです。
「目的は達成される為にある」と先に書きましたが、例えば写実画家になるのが目的だとしたら、戦略として写実画を学ぶのに適した方向性を持った大学に入るのが重要であり、その為の戦術として、大学に入学するためのスキルにひたすら努めモノにするべきだと思うのですが、美大生さんのブログを見る限り、変える事が困難な、「問題ある受験システム」を受け入れず、結果として志望する大学に入れないという、失礼ながら当然ともいえる結果を呼び込んでいるのが、そして現在の大学生活での環境に影響を与えているように見えるのが、(個人的にはその姿勢は分からなくもないのですが、)とても心苦しく感じます。
志望校への編入を試みているようですが、若干ポリシーに反してたとしても、対策を練ってはいかがでしょうか?
そもそも大学に入ったのは誰かに教わる為だと思うのですが、それが望むようなレベルで無く、独学というか孤学を続けているとしたら、美大にいる意味さえ薄れてしまうんじゃないでしょうか?一度目の大学と同じように。
頑張ってください。
投稿者 アイスストーン : 2007年09月06日 00:33
今のところ、美大受験、美大教育についての批判しか書いておりませんので、批判ばかりで改善のための提言などは一切書いていないため、そのように受け止められるは、ごもっともかもしれません。
今後のあるべき美大受験や美大教育についての僕の考えは、機会があればブログで書こうと何度も思ってきましたが、多忙かつ、考えが十分にまとまっていないため、先送りにしてきました。すぐにという訳にはいきませんが、自分の考えについての概要くらいはそのうち書きたいと思います。
おっしゃるとおり、半年で成果を挙げるというのは非常に厳しいものがあったと思います。
現在指導してもらっている信頼できる先生からはとりわけ人物デッサンの修練を繰り返し行なうべきだと口をすっぱくしてしつこく言われてきました。個人的に行なっている人物デッサンや他学年の人物デッサンの授業に参加させてもらっていることは何より経験不足の人物デッサンの技量を補うためです。まだまだ不足を補うには十分ではありませんが。
投稿者 美大生 : 2007年09月06日 00:35
アイスストーンさん、すれ違ってしまいましたね。どうもです。
確かも対策を練ることもできたと思いますが、わずか半年という期間ではそれは難しかったように思います。2,3年間受験生をしていれば十分可能だったと思いますが。色んな意味で、僕は力不足でした。
<美術に限らず受験システムに問題があるのは、恐らく受験した、若しくは受験しようとする誰もが理解していると思うのですが、じゃあ他に公正かつ効率的で画期的なシステムがあるかというと、残念ながら無いというのも多くの人々が理解している筈です。>
この考えについては申し訳ありませんが、反対です。例えば、西洋アカデミーでは教授を学生が選び、その教授に選ばれて入学できるというシステムととっている場合が多いようです。教授に選ばれるには認めれもらえるような作品を描かなければなりませんが、日本のように5,6時間で描かせたりはしません。油彩画は本来時間をかけて重層的に描くものです。つまり、何が言いたいかというと日本と全く違う海外の入学システムをある程度応用したりなど、その他いくらでも改善の方法はあると思っています。
それと、できれば、僕の受験での結果と僕の美大入試、美大教育批判は別のものと考えてもらいたいと思っています。
今後、志望校の院入試受験も考えておりますが、アイスストーンさんの言うとおり対策をきちんと練りたいと思っています。現在在籍している美大は先生や助手の方に色々とお世話になっており、在籍している意味は十分あると思っています。
励ましのお言葉大変ありがたいです。前進あるのみだと思っています。
一つ申し訳ありませんが、corvoさんのブログを交流掲示板のように使ってしまうのはcorvoさんにご迷惑かもしれませんし、僕も頻繁にcorvoさんのブログにお邪魔できるわけではないため、できれば今度からは僕のブログに直接コメントをしていただければと思います。
ちなみに僕のブログは300字以上のコメントは投稿できないため、ご面倒かもしれませんが、長文の場合は300字以下で何度かに分けて投稿してもらわなければなりません。すいません。
投稿者 美大生 : 2007年09月06日 01:37
>アイスストーンさん
こういったことを繰り返していると、結局どこへ行こうとも、いつも何かが足らない、何かが違うという感想を抱き続けてしまうのかもしれません。
自分の周りの環境を作り上げていくのも、表現に携わる人間にとっては重要なスキルのひとつだと思います。常に文句ばかり、不満ばかり言っていると、協力してくれる人はどんどん減っていってしまいます。
今、置かれた状況がどうにもならないからといって別の場所に移動しても、今の状況をどうにかすることから逃げたのでは、同じ事を繰り返すだけでしょうね。
>美大生さん
人体を追求するのであれば、電車の中や喫茶店などで、お客さんをこっそりクロッキーするのも良い訓練になります。後は常に頭の中で描くイメージトレーニングをするなど、方法としてはいくらでもあります。わざわざ自分でモデルを雇うことに拘る事はないと思いますよ。
僕は高校1年生のときから、美術大学を目指しました。一浪しているので4年かけて準備してきたことになります。やはりそれぐらいの時間はかかるものだと思います。
欧米の入試の方法を、ある程度日本でも参考にすべきという考えはわかるのですが、大学への進学率、社会状況など、一概に比較出来ない要素が多いと思います。短時間で油彩を描いて、それだけで判断するのは、とても乱暴な入試方法かもしれませんが、美術大学に入るための唯一の方法だとしたら適応するしかありません。短時間で描いて完成しなくても、可能性を感じさせることは出来ると思います。短時間で魅力的なものが描けないのに、だらだらと時間をかけても良くなる事は少ないでしょう。入試では完成された作品は要求されていません。
それが嫌なら、欧米に留学すればよいのです。なぜ、しないのですか?写実を学びたいのであればスペインが良いのではないでしょうか?
>それと、できれば、僕の受験での結果と僕の美大入試、美大教育批判は別のものと考えてもらいたいと思っています。
それを別々に見る事は難しいですよ。よほど、うまく書かないと。読む側は密接に関係しているものとして捉えます。
ここを掲示板のように、議論の場にしていただいてかまいません、これまでもそのようにしてきました。僕抜きでのやりとりも歓迎です。
長文の制限もないので、どうぞ自由に使ってやってください。
投稿者 corvo : 2007年09月06日 10:24
ご助言、ご叱責どうもです。参考にさせていただきます。
投稿者 美大生 : 2007年09月06日 13:46
>美大生さん
今は、とにかく描いて描いて描きまくってほしいと思います。
投稿者 corvo : 2007年09月07日 01:31


