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絵本「ティラノサウルス」が出来るまで

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真鍋真
◆絵本「ティラノサウルス」制作に参加した感想をおきかせください。
私たち古脊椎動物学者は,化石に直接触れ、骨と骨の関節の仕方や、その動き方を考察し、それを論文にする文筆業であると言っても良い。全身骨格の復元を行うこともあるが、それは三次元の造形的な作業になり、彫刻家など造形作家たちの仕事を監修するという場合が多い。
骨の表面に筋肉が付いていた痕が粗面になっている場合がある。骨の各部の形なども加味して、筋肉を特定し,その発達具合を復元できることがある。しかし、大きな筋肉があるのに、その痕跡が骨には現われない場合がほとんどである。さらに、骨から直接判るのは深層の筋肉であり、筋肉の上に発達する。体表に近い表層の筋肉のことはさらに判らない。そのため、軟組織の復元には限界を感じ,軟組織の復元を試みない研究者が多い。学術的な裏付けのないことを発言出来ないからだ。
個人的には,骨や骨格の形の美しさやおもしろさの方が魅力的で、肉をかぶせてしまってはもったいないと思っている。しかし、これは一部の研究者や一部のマニア的な発想であって、大多数の人達は生き物としての恐竜を見たいと思っているはずだ。小田さんたち画家の仕事は、恐竜ファンたちのそんな夢を実現させるのに最も近いものなのだ。
小田さんや復元画家の人たちは,出来るだけ学術的に正しい復元画を生み出したいと、日夜、研鑽を積んでいる。彼らは世界中の最新情報にも,インターネットなどでアンテナを張り巡らしていて、英語で話題提供の行われる研究会や、学会にも足しげく通っている。そうやって,研究者が出来ない、恐竜の復元を実現させてくれているのである。それは絵のうまさだけではない。絵のうまい研究者もいるが、研究者は学術的に誤りのない絵を描こうとすると、あたりさわりのない絵になってしまう。
だれが描いても同じような絵になるかも知れないが、それはアートとしてはつまらない。でもサイエンスとしては正解かもしれない。何故ならば、同じデータを元に実験をしたら、だれがやっても同じ結果になるのがサイエンスだからだ。小田さんのこの絵本の原案では、ティラノサウルスが、発見、発掘され、クリーニングを経て、組み立てられ、博物館に展示される。そして、そこからティラノサウルスの生態が説き明かされて行くような流れだった。
小田さんは、特定のティラノサウルス化石の発掘記ではないものを目指していたので、発見、発掘、クリーニングの過程については一般的なプロセスの紹介で、その分、リアリティにかけているように感じた。
小田さんは、石川県白山市の手取層群の化石調査に何年もボランティアで参加している。そして、化石が全身骨格の形をして見つかるなんてことはほとんどないことを、化石が岩石の中からクリーニングされるのに、小さな化石に何十時間もかかることがあることを知っている。そんな経験を今回の絵本に活かして欲しいとお願いした。
小田さんは、クリーニングが完了して、化石の形が明らかになって初めて、研究が始まることを知っているし、骨の形を比較し、その分類や機能が明らかにされて行くプロセスを身近に見聞きしている。研究成果が重要なのは言うまでもないが、それに至るまでの試行錯誤のプロセスが一番面白いことを肌で感じている。私は、小田さんがせっかくそんな現場の近くにいる人なのだから、その面白さをもっと紹介して欲しいとお願いした。また、私は恐竜だけを見ていても、恐竜の進化はわからないし、おもしろくないと考えている。恐竜は、当時の環境と、他の生物たちとの関連性の中で進化している。進み続ける時間と、移り行く空間における、恐竜の位置づけが感じられるような部分を盛り込んで欲しいとお願いした。そんな難しい注文に一生懸命応えてくれた、小田さん、デザイナー、編集者に心からお礼申し上げたい。
私は、恐竜の復元画を発表する時に最も重要なのは、どこまでがサイエンスで、どこからがアートなのかを示すことだと思う。どこが作家の個性やオリジナリティが発揮されるアートの部分であるかを説明することによって、その復元画の魅力が浮き彫りにされればなおさら良い。私は、恐竜や絶滅動物への想いを、絵としてグラフィカルに表現する機会を持っている小田隆さんを、とても羨ましく思っている。

まなべまこと[国立科学博物館・地学研究部]
1959年、東京生。横浜国立大学卒。米イェール大学大学院修士課程修了。英ブリストル大学大学院博士課程修了。PhD(理学博士)。1994年より国立科学博物館に勤務.現在に至る.